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24  婚約者から元婚約者になる前夜 ④

 報告書を破り捨てたミフォンは勝ち誇った笑みを浮かべて叫ぶ。


「残念だったわね、リリス。こんなもの証拠にならないわ! ただの紙よ!」

「書類を破っても無駄よ。それは控えだから」

「……え?」

「だって、あなたならそうするだろうと思ったの。だから、たった一枚しかないものを渡すわけがないでしょう? 元々の原書もあるけれど、まだ複数枚、同じことを書かれた紙が別の場所にあるわ」


 リリスが微笑むと、ミフォンは顔を真っ赤にして怒る。


「性格が悪すぎるでしょう! リリス! どうして、わたしにそんな嫌なことばかりするの!」

「嫌がらせなんてしていないわ。真実を認めようとしないから証拠を集めてもらっただけ。大体、どうして報告書を破る必要があるの? そんなことをしたら書かれていることが真実だと自分で認めているようなものよ」

「ち、違うわよ! でたらめだと思ったから破っただけよ!」


 どういう理屈で、報告書を破ればそこに書いてあったことがなかったことにできると思うのか、いまいちリリスには理解ができなかった。これ以上話しても無駄だと判断したファラスがリリスに話しかける。


「このまま話をしていても夜が明けるだけだ。というか、こんな相手と日数をかけて話をしても平行線のままだろう。あとは俺とディルに任せて、今日はもう宿に行くといい。明日は忙しいぞ。ジョード伯爵家に婚約を破棄することを伝えにいかないといけないんだから」

「そうですね。では、お言葉に甘えてそうさせていただきます」


 リリスは頷くと、彼女たちのやり取りを興味深そうに見つめていたステラたちに頭を下げる。


「茶番にお付き合いいただき、誠にありがとうございました」


 リリスたちがやった行為も夜会を台無しにしてしまったことは間違いないが、このために開いてもらった夜会だ。詫びるのではなく礼を伝えた。すると、ステラは苦笑してリリスからミフォンに視線を移す。


「面白い余興だった。……といっても、まだ問題は残ってはいるが」

「そうよ、リリス! あなただけ勝手に納得して帰ろうとしないで!」

「やめろ」


 リリスに掴みかかろうとするミフォンの腕をディルが掴んだ。


「君と俺との婚約についての話にリリス嬢は関係ないだろ。報告書を見せたのは君の浮気相手が、彼女の婚約者だからだ」

「ディル! 騙されないで! リリスはあなたとわたしの仲を引き裂きたいだけよ!」

「引き裂くような仲でもないだろ」

「……引き裂くことはできないってこと?」


 どこまでもポジティブ思考のミフォンにディルだけでなく、リリスたちも呆れて眉根を寄せた。


「違う。今までの君の行動を顧みてくれ。夜会に一緒に出席してくれと頼んでも、君はジョード卿と行くと言って断ってきた。俺と会う約束をしても、君は病気だと言って当日に断ってきた。そういえば、見舞いに行ったらジョード卿と一緒にいたこともあったな。そんな人間に愛情が湧くと思うか?」

「ご、ごめんなさい! ディルがそんなに傷ついているなんて思わなかったの! でもね、それは全部シンに脅されていただけなのよ!」


 ミフォンはディルの腕を振り払い、しがみつこうとしたが彼は彼女から触れられることを拒み、後ろに下がった。


「今日、気分が悪いと言って出て行った時はそうは思えなかった。それともあれか? ジョード卿は医者なのか?」

「違う、違うのディル!」


 ミフォンの中ではディル以外は遊びの男にしか過ぎない。そう伝えたかったが、今は大勢の人間がいる。そして、さすがのミフォンもそれがこの場で発言しても良い行為ではないということはわかっていた。


「賢くない獣は暴れるからな。取り押さえてもらおう」


 ファラスが言うと、すぐにステラが反応し騎士にミフォンを捕まえるように命令した。


「ちょっと! やめてよ! 嫌! 触らないで! わたしが何をしたって言うのよ!」

「夜会から抜け出して、主催のステラ殿下だけでなく陛下たちまでここに足を運ばせているんですから、何もしてないことはないでしょう」


 騎士にそう言われたミフォンは『わたしが頼んだわけじゃない!』と叫ぼうとしたが、不敬だと言われても困るので何とか口を閉じた。騎士に取り押さえられたミフォンを見ながら、ステラが笑顔で口を開く。


「とりあえず今晩は牢の中にでも入ってもらって、冷静になってもらったらどうだ?」

「ろ、牢!? どうしてわたしが捕まらないといけないんですか!?」

「話し合いがしたいだけだ」


 ステラではなくディルがミフォンにそう答えると、リリスに近づく。


「とにかく君の婚約が破棄できることは間違いない。相手の両親は必死に許してくれと懇願してくるだろうが許すなよ」

「もちろんです。今日はありがとうございました」

「こちらこそ」

「……ミフォンを何かの罪に問うことはできますでしょうか」

「浮気では刑事罰にならねぇ」

「ミフォンも夜会を台無しにした一人ですけど、シン様が庇うでしょうしね」


 地面に座り込んだままのシンを見て、リリスは大きな息を吐いた。


(シン様がここまでミフォンを庇うとは思っていなかった。彼のミフォンへの気持ちを見誤っていた。ただ、とりあえず、私とディル様の目的は達成できそうね)


 リリスが立ち去ろうとした時、騎士に引きずられていた、ミフォンが叫んだ。


「ディル! あなたもしかして、リリスのことを好きになったんじゃないでしょうね!」

「「はあ?」」


 本来ならば『はい?』と聞き返さなければならないところを、あまりの驚きでリリスとディル、二人共が間抜けな声を上げてしまった。

 

「違うの!? ならリリス! あなたが悪いのね! ディルは渡さない! 私たちはおばあさま同士の約束で繋がっていただけでなく恋人同士なのよ!」

「俺は君の婚約者だったが、恋人だったことは一度もない。君の恋人はジョード卿だろ」

「ち、違うわ! シンに恋愛感情なんてない! わたしが愛しているのはディルだけよ!」

「……ミフォン」


 ミフォンの言葉はシンの心に傷を負わせたが、傷つけた本人はまったく気にする様子はなかった。


「ディル、信じて!」

「そうか。それならもう俺のことは忘れてくれ。君の愛に応えるつもりはない」


 ディルは冷たく答えると、ミフォンを捕まえている騎士たちに指示をし、彼女を騎士団が管理している牢に連れて行くように命じたのだった。



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