10 婚約者との話し合い ①
コレットの雰囲気が先ほどまでと全く違うため、シンは慌てる。
「ご、誤解です! 僕はリリスのことを大事にしています」
「大事にしていれば良いというものではないわ。リリスさんよりもミフォンちゃんを優先するなんておかしいでしょう。それに、ミフォンちゃんの婚約者は私の孫のディルなのよ? それにしても、ディルは彼のことを何も言わなかったのかしら」
「あ、あの、ディルには言っていないんです!」
慌ててミフォンがシンを助けに入った。
ミフォンはリリスの具合が悪いと聞けば、自分も具合が悪くなったと言って、シンを家まで呼び寄せていた。ただ、シンの気を引くための演技なので、ディルを呼べるはずがない。
「どうして婚約者のディルには何も言わずに、お友達のジョード卿に連絡するの?」
コレットは犯罪だけでなく、浮気や不倫などが大嫌いだ。のほほんとした性格ではあるが、そのような話を聞くだけで虫酸が走る。自分がやらなければ他の人はどうでもいいという人もいるが、コレットの場合、自分のことはもちろんだが、他の人の場合でも許せなかった。
「で、ですから、僕はその、ミフォンと仲が良いだけで、リリスを悲しませるようなことは……」
シンの言葉が止まってしまったのは、あの夜のことを思い出したからだろう。
「おばあさま、シンは幼なじみを大切にする人なんです。だから、わたしの所に来てくれたんです。それから、私がディルに連絡しなかったのは心配かけたくなかったからなんです」
ミフォンはコレットのことを内心は馬鹿にしていた。自分の言うことを信じ、どれだけワガママを言っても怒らない。今回もこれで乗り切れると思っていた。
ディルのことは男性の中では一番好きで恋愛感情もあるが、彼女の中では自分が楽をして生きていくための道具の一つでしかない。そして、コレットも彼女にとってはその一つだった。それなのに、今、明らかに彼女は自分の思っていたものとは違う反応をしていた。
「……申し訳ないけれど、信じられないわ」
「おばあさま、そんなに怖い顔をしないでください。リリスは嘘をついているんですよ! 信じないで!」
「私は嘘なんかついてないわ。コレット様、私の話を疑われるようでしたら調べていただいて結構です。シン様は口を開けばミフォンの話しかしません。ミフォンもわざわざ彼を呼ぶくらいです。嫌な気持ちではないのでしょう」
「……調べる。そうね、ちゃんと調べなければいけないわ。だって、ミフォンちゃんは良い子なんだもの」
コレットの発言を聞いたリリスは、ディルが苦労している理由に納得した。ミフォンを疑う心はあるものの、彼女の前でのミフォンは『少しワガママなところはあるけれど、優しい良い子』なのだ。コレットは仮の姿のミフォンをずっと信じてきた。今さら、そうじゃないと認めることが嫌だった。ミフォンとの婚約を嫌がるディルに何度も責めるような発言をしてしまったから余計にだ。
「もし、ディルの言う通りだったとしたら私は……」
コレットの息がどんどん荒くなり、前のめりになって言葉を発することができなくなった。
「おばあさま? いきなりどうしたの?」
「過呼吸になってるんじゃないか?」
困惑しているミフォンにそう答えると、シンは立ち上がってリリスを指さす。
「君のせいだぞ! お年寄りの心にストレスをかけるようなことを言うなんて、人間として最低だな!」
「今はあなたと言い争っている場合じゃないわ」
リリスはシンのほうは見ずに言い返すと、コレットの隣にしゃがみ、彼女の背中を優しく撫でながら自分に彼女の意識を向けさせる。
「コレット様、ゆっくり息をしましょうね」
「ご……、ごめんなさいね。私は……、こんなことくらいで」
コレットの呼吸は少しずつ整い、言葉を話せるようになった。
「こんなことなんかではありません。嫌なお話を聞かせてしまい申し訳ございません」
「……いいのよ。……わかってる。……こんなことになるということは、わ、私はリリスさんの言っていることが本当のことだと……思っている証拠だわ」
リリスの手を取り、コレットは続ける。
「詳しいお話が聞きたいわ。あなたとジョード卿の二人にね」
「お、おばあさま! わたしもいますよ!」
焦って手を挙げるミフォンに、コレットは笑顔を作って答える。
「……ごめんなさいね、ミフォンちゃん。今は……、リリスさんと……ジョード卿とお話がしたいの。……シーオのマカロンを買ってきているから、メイドに言って別室で……食べながら待っていて」
(シーオってたしか有名な洋菓子店の名前よね)
リリスが考えたと同時、ミフォンが飛び跳ねて反応する。
「シーオのマカロン!? ああ、あのお店のマカロン! 予約が五十日待ちなの! やったぁ!」
能天気なミフォンが部屋を出て行くと、コレットは笑顔を消してシンを見つめる。
「……あなたとミフォンちゃんの関係を正直に話しなさい。嘘をついたらどうなるかわかっているでしょうね」
「……は、はい」
シンはコレットの怒気に圧されて、すとんとソファに腰を下ろした。
(おばあさんに圧倒されるなんて、この人、いつまでたっても騎士見習いなんじゃないかしら)
そう思いながら、リリスが元居た場所に戻ろうとすると、コレットに自分の横に座ってほしいと頼まれた。断る理由もなかったので横に座ると、コレットはソファとクッションの間から、なぜかシルバートレイを取り出した。リリスは目を丸くして尋ねる。
「シルバートレイがどうしてここに?」
「護身用に持っていたの。ジョード卿はすぐに手を出してきそうなタイプだから、あなたが持っていて」
「承知いたしました」
コレットがリリスに差し出したのは、使用人たちが飲み物などを運ぶ時に使っている丸いシルバートレイで、リリスが胸に抱きかかえられるくらいの大きさのものだ。
(なんでシルバートレイ?)
リリスは疑問に思いながらも、膝の上にシルバートレイを置いて、シンとの話し合いを始めることにした。