第12話 変わる老舗、変わらぬ誇り
「……! どうしてわかったんですか?」
「当然だ。こっちは何年商売をやってきたと思ってる」
私は小さく息をのんだ。言いかけた言葉をぴたりと当てられて、胸の内がざわつく。
「おじい様、足りないものって……?」
ホリーが不安そうに問いかける。その声には、戸惑いとほんの少しの緊張がにじんでいた。
「平民でも、紅茶とセットで買えるような価格帯の商品。そうだろう」
「……仰る通りです」
現状、『ゴールデン・ローフ』のお菓子は高級すぎる。紅茶とのセット販売を実現するには、より手に取りやすい価格の商品が必要だった。
「私たちの紅茶は一杯銅貨5枚で販売しようと思っています。それに対して『ゴールデン・ローフ』のお菓子は少し高価すぎます。量は少なくてもいいので、銅貨10枚……いえ、出来れば銅貨5枚程度の商品を検討して頂きたいんです」
「それは無理だ」
エドマンドは即答した。その声音に、一切の迷いはなかった。なおも私は食い下がる。
「どうしてです? 私たちは一日に90杯の紅茶を売ることを目標に、これから必死に頑張るつもりです。もしその半数でも『ゴールデン・ローフ』のお菓子とセットで売れれば、そちらも一日に銅貨225枚分の売り上げを得ることができます。さらにセット販売で『ゴールデン・ローフ』のお菓子の良さを感じたお客様が——」
「それでも無理だ」
しかし、私の話を遮るように、エドマンドがきっぱりと断言した。
「私は店で出す商品すべてに誇りを持っている。それを安売りするわけにはいかない」
「でも、まずはその素晴らしい味を知ってもらわなければ、お客様にその価値を訴えることはできないのでは?」
「分からないなら、それでいい。その程度の客なんかに、うちの商品を買ってもらう必要はない」
私は内心でため息をつく。エドマンドは思った以上の職人気質で、信念に反することは絶対にしない性格のようだ。
このままでは話が進まない——そう思った矢先、ホリーが口を開いた。
「おじい様、あのクッキーの袋……1枚ずつバラして売ればシエナさんのいう通りの商品になるのでは?」
「1枚だけ味わってもらっても、このクッキーの良さは分かってもらえない。この形以外での提供はしない」
「じゃあ、このスコーンを4分の1に切って……」
「それでは口に入れた時の印象が全く違ってしまう」
話しがまた振り出しに戻る。エドマンドの頑なな表情が、まるで目の前に厚い壁となって立ちはだかっているように感じ、思わずため息がこぼれそうになる。
それでも、諦めるわけにはいかない。せっかく『ゴールデン・ローフ』の隣で紅茶を販売できるようになったのだ。お菓子とセットで出せるかどうかは、売り上げに直結する大事な要素になる。
(けど、この頑固おやじをどう説得したらいいのか……)
一度仕切り直して、明日もう一度話すべきか――そんな弱気が頭をもたげかけた、そのときだった。
「……おじい様、いい加減にして下さい!」
突然のホリーの叫びに、私は思わず目を見開く。あの穏やかなホリーが、こんなにも強い口調で叫ぶなんて、思っても見なかった。
「今までと同じやり方じゃ上手く行かないって、本当はわかっているでしょう? 何もしないまま、おじい様の素敵なお菓子が売れ残る姿を見たくない……」
そう言って、ホリーはぽろぽろと涙をこぼす。ホリーのその姿に、流石のエドマンドもたじろぐ。
「……そんな、泣かなくてもいいだろうに」
「だって、おじい様のお菓子が最高に美味しいってこと、私は知ってるから……」
エドマンドは、ホリーの涙を前に何かを言おうとして、しかし言葉を呑み込んだ。しばらくホリーに目をやっていた彼は、やがてゆっくりと私に視線を移した。
「シエナ嬢。安売りするのは誰でもできる。だが、一度安くした商品は、もう二度と高く売れなくなるものだ。数は減ってしまったが、未だにうちのお菓子を贔屓にして下さるお客様もいらっしゃる……お前さんは、それでもうちに安く売れというのか?」
「高級品だからといって、手に取ってもらえなければ、やはり意味がないでしょう。『ゴールデン・ローフ』なら、その格式を保ったまま新しい商品が作れる。先ほど、素晴らしい出来栄えのスコーンを食べて、そう確信しました」
真っ直ぐにエドマンドを見つめながらそう伝えると、 彼はゆっくりと目を伏せた。橙色の夕陽がその厳しい横顔に影を落とす。私の胸が高鳴る。どうか、納得してほしい……!
永遠にも感じる沈黙のあと、そして——
「今の商品をどうこうするつもりはない。……しかし、新しくそちらの価格帯にあう品が作れるかは検討しよう」
その言葉を聞いた瞬間、私は思わず「やった!」と叫びそうになった。けれど、ここで飛び上がるわけにはいかない。ギリギリのところで踏みとどまり、気持ちを整える。そして、もう一歩だけ踏み込んでみる。
「できれば明日、招待客に紅茶の試飲をしていただくのでその時に出せるとありがたいのですが……」
「明日か……急だが、祭りの日数も限られる。検討しよう」
「本当に、ありがとうございます!」
やった、交渉成立だ!
「おじい様……本当に?」
ホリーが信じられないというように目を潤ませて尋ねると、エドマンドはふっと小さく笑った。それは頑固一徹の職人という仮面が、ほんの一瞬だけ外れたような、柔らかい笑みだった。
「ああ、店に帰って考えよう。お前も手伝いなさい」
「……はい!」
ホリーは改めて屋台の片付けに取りかかり、やがてエドマンドとともに恐らく『ゴールデン・ローフ』の店舗へ戻っていく。
周囲を見渡すと、祭りの熱気はすでに遠のき、通りは静けさに包まれていた。誰もいないことを確認してから、私はこぶしを握って空に掲げた。
「よし! これで『執事の最強ティーワゴン計画』の第二段階は完遂ね!」
ぐっと拳を握る。交渉は成功 これで、紅茶屋台と『ゴールデン・ローフ』のコラボが実現する。
勝負は明日——屋台初日。
「明日は、絶対に執事の紅茶を大ブレイクさせてみせるんだから!」
ふと空を見上げると、いつの間にか夕日はすっかり姿を消し、夜の帳が静かに降り始めていた。




