1,仮)ですが、売られました5
それにしても私たちの旅は奇妙だった。
まずは行動時間。なんと昼に休んで、夜に歩くのだ。
カイトに聞いても、もちろん理由など教えてはくれない。
雲が空を覆い、月明かりのない夜は、足元が見えずに危ないとカイトに言ったのだが、カイトには「自分の後ろを付いてくれば大丈夫です」と作り物のような笑顔で一蹴されてしまった。
でも、カイトの言う通り、まるで昼間に歩いているかのようにカイトの足取りは揺ぎ無く、危なそうな窪みや木の根など、気を付ける箇所はすべて教えてくれる。
カイトは夜目がすごくきくのだ。そのおかげで、夜に森の中を歩いていても、それほどの苦労は感じない。
とはいっても、夜に歩くのは、昼に歩くのよりもやっぱり気を使うし、疲れる。
そして、それよりももっと奇妙なのは、街道があってもカイトは絶対に使わないことだ。
なぜかひたすら、道のない、草の生えた森を進むのだ。
街道というからには、もちろんそこを使う人がいる。というか、人が安全に行きかうための道だ。
ちゃんと歩きやすい道があるのに、とにかく徹底して、カイトは街道を使用しなかった。
まるで、人目を気にして隠れるように私達の旅は進んでいる。
どうせ聞いてもカイトは教えてくれないことがわかっているので聞かないが、私達二人は、それとも私かカイトのどちらかは誰かに追われているのだろうか、それとも犯罪者で指名手配にでもされているのだろうか。
これについては考えてもわからないので、考えることはやめた。
この旅で嬉しいこともあった。
この世界には村が存在し、人々が生活していることを知れたことだ。
村の大きさは大小あれど、どれも日の出から日没まで歩けば、必ず1つの村に到着できるようになっていることに気づいたときは驚いた。
なんだろう、旅人が野宿をしたりしないで済むように考えられているのだろうか。そのおかげで、森の中を歩いていても、水に困ることはなかった。村に寄って、井戸を借りることができるからだ。
このような村の整備には、日本のガソリンスタンドを思い出したりもした。
たしか高速道路とかでは、ガソリンが途中で切れないように50㎞間隔くらいで、ガソリンスタンドが配置されていたはずだ。
この世界の村の配置は、そういうことを考えて整備されているのだろうか。
カイトに聞いたら、「そうですね」とまた作り物の張り付いたような笑顔で返されてしまった。
カイトの表情からは、そんなことはどうでもいいから、早く行きますよ、という圧力を感じる。
ちょっとくらいは教えてくれてもいいのに、カイトは一貫してできるだけ早く医師のいる町を目指している。
ちなみにこちらの世界では、月は真っ二つバージョンか、満月バージョンのどちらかでしかない。
日本のような月の満ち欠けはなく、月の明かりが届かないのは、雲が空を隠している時だけだった。
そして昼間も月はうっすらとその存在を空の中に置いていた。
昼間でも満月の時は、魔物とやらはやってくるのかカイトに聞くと、「そうですね」という返答があった。
魔物が私達を襲ってくることはないかと聞いたら、それに対しての返答はなく、前を歩くカイトの背中がその質問を拒絶しているように感じて、それ以上のことはカイトに聞くことはできなかった。
夕食を終えたら、ここからが私たちの旅の本番だ。
これから日の出までをひたすら歩くのだ。
今は、少し小高い森の中腹にいるようで、少し遠い眼下にはちらほらと明かりがみえる。
きっと村の明かりだ。
村の人々は夕食の準備の時間なのだろう、竈に火を入れたり、火を明かりとして使用しているのだ。
今は暗くてあまり見えないが、どの村にも立派な田んぼや畑があった。
肌で感じる気候的には、初夏のようだと感じでいたが、どの田んぼも畑もまだ茶色い部分が多く、これから多くの稲穂が育ち、緑から黄金色へと変化をしていくのだろうことが想像できた。
最初にその光景をみたとき、思わず「稲作だ」とつぶやいた。
昔の地球も、狩猟民族や農耕民族がいたが、こちらの世界は稲作で、村を作り、基本的にはそこに定住して暮らしているようだ。
もっと人々の暮らしを間近でみたくて、井戸を借りに行くときにカイトと一緒に行くといったのだが、却下されてしまった。いつも私はお留守番だ。
それでも木造や石造り、レンガ造りの家、茅葺の屋根はみることができた。
村の人々は、遠めだがアジア人っぽい感じの人が多いと思う。髪色も黒か茶色っぽい感じだった。
少しづつだが、わかってきたことがあると嬉しい。
そろそろ半分くらい歩いただろうか。
同じ旅を何日間も続けていると、自分の歩いた大体の距離や休憩する時間もわかるようになってくる。
いくら男性の体で、女性より体力があっても、昼夜逆転の旅を何日も続けていると疲労は溜まる。
そろそろカイトの淹れてくれるお茶で一息つきたいと思っていた時、前を歩いていたカイトの背中が止まった。
そして、半分顔をこちらへ向けると、人差し指を自分の口元へあて、静かに、という合図を送ると同時に耳を澄ましている。
「何を」と呑気に言いかけたとき、鋭いカイトの視線に睨まれ、慌てて両手で自分の口元を覆った。
なんだろう、と自分も耳を澄ましてみる。
遠くの方で、微かに、男女の歓声?のような複数の声が聞こえてくる。
これまでの数日間で、旅の人々は野宿はしないで、村に場所を借りていたように見えたので、こんな夜更けに、しかも村と村の真ん中あたりの場所に人がいることはとても珍しいのではないかとぼんやりと考えていた時、耳に届いていた声は、歓声ではないような、悲鳴に近いものを感じ、背筋にひやっとしたものが一気に広がった。
勝手にキャンプファイヤーでパーティをしている人々を想像していた自分に、ここは日本ではないのに、という思いが蘇る。
今までの旅がとても安全で、カイトにまかせっきりの頼り切りできていたから、自分が異世界にいることを忘れてしまっているのか、平和ボケしているのか、どちらにせよ、急に目の前に危険な状況が現れて、心臓が跳ねだす。
男女の悲鳴や断末魔のような声に交じって、獣のような音も聞こえてくる。
もしかして、これが魔物なのだろうか、魔物が人々を襲っているのだろうか。
カイトはゆっくりと足を折りその場にかがむと、荷物から敷物を出し、私に座るように目くばせをする。
私は言われた通り、草の上に敷物を敷き腰を下ろす。
カイトも地面に座り、動かない。ただ視線は鋭く、じっと声の行方を追っている。
「た、助けにはいかなくていいの?」
まだ悲鳴が風にのって聞こえてくる。どうしたらいいのか、このまま見殺しにすることに抵抗を感じて、何もわからずに聞いたのだが、カイトはびっくりした表情で私をみる。
「アルドラムダ様、それは、命令ですか?」
「え?」
「アルドラムダ様は、私に、彼らを助けに行けと言っているのですか?」
「え、そういうわけじゃ」
カイトはゆっくりと息を吐き、少し間をおいて話しだす。
「今、彼らを襲っているのは、声から察するに普通の獣とは違う。魔物の可能性が高い。魔物1匹に普通の兵が10人いても勝てるかどうかわからないというのが、魔物です。」
「彼らを助けに行くというのは、こちらも命を落とす危険が高いのです。私が命を落としたら、アルドラムダ様は一人になります。そして、今の私にとって優先すべきは、彼らではなく、アルドラムダ様なのです」
カイトの真剣な瞳に、私はうなだれる。
ああ、馬鹿だな、私は。
ただこの声の人たちを見殺しにすることに自分が耐えられなくて、その責任をカイトに押し付けようとしていた、自分の浅ましさに気が付いた。
カイトに助けに行かないのかと聞くことは、その答えがどのようでものであろうとも、少なくとも自分は彼らのために何かできないか考えてはいるんだというポーズを取りたかっただけだ。そうすることで、決して見殺しにしたわけじゃない、出来なかった、仕方がなかったという、何かしらの理由が欲しかっただけだ。
だって、いま、実際に近くで人が襲われている。そんなこと、平和な日本じゃ考えられなかったのだもの。
「あの魔物が、こちらへ来たときはどうするの?」
恐怖で声が震えている。
次は自分たちの番かもしれない。こんなところで、私は死んでしまうのだろうか。
「魔物がこちらへくることはありません。絶対に」
そういって、カイトは胸元の服の下にある何かを握りしめる。
まただ。今までもカイトは頻繁に胸元にある何かを握りしめていた。何かはわからないが、首ひもが見えるので、ペンダントか何かなのだろうが、何かのお守りみたいなものなのだろうか。
絶対ってなによ、、、と疑問が頭をよぎるが、カイトに聞いてもどうせ答えてはくれないのだろうから、私は、体を縮こませ、両手で耳をふさいだ。
複数あった悲鳴はすぐにやんだ。魔物の声も聞こえなくなった。
ただの静寂がひどく耳に痛く、やんだはずの悲鳴がずっと耳に響いていた。