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1,(仮)ですが、売られました2

「返してよ!!!」

自分の声で目が覚めた。目の前には心配そうなカイトの顔。

「大丈夫ですか?とてもうなされていました。何度も声をかけても起きられないので心配していました」

言いながらカイトは竹筒を差し出してくる。

水を飲む気になれず、胃のあたりがむかむかしている。私は差し出された竹筒を受け取らずに、ただ見つめる。

状況が、よく理解できない。今のは夢だったの?夢?本当に?じゃあ、今のこの状況は?なんでまたここに戻ってきてるの?

気づけばもう夜のようだ。辺りは暗闇に包まれていて、また焚火があって、自分はまた地べたに寝転がっている。外でも寒くないのは、今の季節は夏なのだろうか。遠くのほうで、奇妙な鳥のような鳴き声が聞こえてくる。その鳴き声の主は日本に、いや地球上に存在している生き物なのだろうか。ここは、地球なのだろうか。もしかしたら、地球ですらないのではないだろうか。そんなことありえるのだろうか。地球とは別の世界が存在しているなんて。

ここがどこかすらわからないが、多分、これは夢じゃ、ない。多分、私は、私の体は

「乗っ取られた、、、」

声に出した途端、急に胸が締め付けられるような感覚になる。息が、息がうまくできない、、、。

うまく空気が吸えない。なにこれ、苦しい、助けて。

「アルドラムダ様、大丈夫ですか?大変だ」

カイトは素早く布を竹筒の水で浸し、私の口元のあてる。そして優しく手を私の背中にあててくれる。背中にじんわりと温かい熱を感じた。

「大丈夫です。ゆっくり息を吐いてください。吸うのではなく、吐くのです。そう、ゆっくり。ゆっくり」

過呼吸だ、、、

カイトの対応に自分の体の異変を知る。カイトの腕に震える手で必死にしがみつきながら、私はできるだけ息を吐くことに集中する。

呼吸することがこんなにも大変だと思ったことはなかった。息をただ吐くというだけなのに、うまく吐き出せない。そんな私に、カイトはずっと背中をさすりながら声をかけてくれている。誰かがそばにいてくれることが、こんなにも心強く感じたことはなかった。今まで、自分のことは自分でやってきた。誰かを頼ったことなど、そういえばなかったのかもしれない。相談するようなことはあっても、誰かに助けを求めたことなど、、、、そう思った時、苦い思い出が頭をよぎる。そういえば、あった。誹謗中傷で他人が家まで押しかけてくるから、近所迷惑になると家を追い出された時、初めて人を頼ったんだった。両親も友人だと思っていた人たちも、みんな反応は同じようなものだった。相談にはのってくれても、誰もうちにおいでよと言ってくれた人はいなかった。ホテルとかウィークリーマンションとか勧められた。お金なら少しは貸せると言ってくれた友人もいたが、私はあの時、誰かに傍にいて欲しかったのだと今、思う。怖くもあり、寂しかったのだ。知らない人がいきなり自分に向かって敵意を表してくる。道を歩いていても、誰かに襲われるのではないかとすら感じていた。批判をしてくるのは、どこにでもいる一般市民なのだ。道ですれ違うあの人もこの人も、全員にみられているような、全員が自分を否定的にみているのではないか、人の笑顔も善意もすべてに裏があり、陰で私の誹謗中傷をしているのかもしれない。誰を信用したらいいのかわからなくなっていた。

呼吸が落ち着いてきたら、今度は、涙が止まらなくなった。

私は、カイトにしがみつきながら声をあげて泣いた。子供のようにわんわんと大きな声をあげて泣いた。身体が乗っ取られたとか、異世界にきたかもしれないとか、そんなことはどうでもよくて。ただカイトの優しさにカイトのぬくもりに、誰かがいてくれることに、自分という存在をみてくれる人がいたことに、堪らなく涙が溢れた。

「落ち着きましたか?」

頭の上から声がする。

涙が枯れるまで、延々と泣き続けた。気が付くと、カイトの胸の中にいる。自分の両腕はカイトを抱き締めて離さない。

「ご、ご、ごめんなさい」

慌ててカイトから離れた。体が離れたと同時に、カイトのぬくもりもすっと消えてしまう。寂しいという感情が沸く。ずっとこのまま抱き合っていたかった衝動に駆られる。もちろん、また抱き付くとかそんなことはしないけど。

人肌、恐るべし。人のぬくもりって、こんなに気持ちのいいものなのね。生まれてこのかた、そんな相手もいなかったし、知らなかったわ。

別に好きで女の操を守ってきたわけでもなく、気が付いたらこの年になっていただけだ。学生時代は、異性に融通が利かないとか頭が固いとか言われたことはあっても、好意を向けられたことはなかった。大学時代、好きだった先輩がいたが、自分から告白とかはしなかった。その先輩からは、裏で陰口を叩かれていた。私が、先輩に授業のノートを貸して欲しいと頼まれた時に断ったからだ。意地悪をしたかったわけではない、先輩に授業をしっかり受けてほしいという思いがあった。それが先輩のためだと思えばこその言動だった。でも、私の真意は先輩に届くわけもなく、裏で頭固すぎの加藤と言われているのを知ってしまった。あだ名はカトゥだった。固いと加藤を合わせたそうだ。

男なんて、なんて幼稚な生き物なんだろう、と私は先輩への思いごと自分の恋心に蓋をした。昔のいやな記憶がなんで今さら思い出されるのか。

そんなことを思っていると、カイトが優しく泣き腫らした私の顔を拭いてくれる。お母さんかよ、と突っ込みたくなるが、自分の口からは違う言葉を発してみる。

「そんなに優しくすると、惚れるわよ」

軽くカイトを睨む。

カイトは出していた手を引っ込めて、万歳のポーズをとった。

「御冗談を・・・」

その反応、むかつくわね。もちろん冗談だけど。というか、この体の持ち主とカイトってどういう関係だったのかしら。雰囲気的に主従関係にみえるのだけれど。それはそれで、どんなものなのか。部長と部下、金持ちと奉公人、伯爵と執事、先生と生徒、ホームズとワトソン、、、

あーーー、わからないことだらけだわ。1つ前進できたのに、100歩くらい後退した気分になってうなだれる。

そんな私の態度に、何を勘違いしたのか、カイトが慌てて声をかけてくる。

「アルドラムダ様は大変魅力的で素晴らしい人物ですので、私のような人間には持ったいないです。えっと、その、つまりですね、何が言いたいのかといいますと」

なんと言っていいのか困惑しているカイトの姿に、私は笑顔をみせる。

「冗談だから、安心して」

「やっぱり、そうですよね。驚かさないでください」

月明かりに照らされる美しい顔、うっかり惚れないように気をつけないと、この人の顔面って凶器のようだわ。今日は月の明かりが強いのか、周りがほんわりと明るい。

あれ、月?月が出てる??

私は、頭上を見上げた。暗闇に浮かぶ、大きな満月がこちらを見つめている。その姿や形は、日本でもずっと見慣れたお月様そのものだ。月の周りはぼんやりと青みを帯びていて、神秘的な美しさを感じる。

「月よ!!月だわ!!そうよね、そんな異世界とか、ファンタジーなことが起こるなんてありえるはずないじゃない。もう、脅かさないでよ。やっぱりここは、、、」

地球なのね、という言葉を紡ぐ前に、カイトが月を睨む。

「また満月です。また魔界の門が開いている。門の開く頻度が多くなっています。開くたびに魔物がこちらへやってくる。この世界はどうなってしまうのでしょうか。新しい王はどうなっているのか」

「はい?」

マカイノモンって何?マモノって何ですか?

私のここは地球である、私は日本に、自分の家に戻れるかもしれないという淡い期待は、カイトのたっぷりファンタジー要素を含んだ言葉で、木っ端みじんに吹っ飛ばされていった。





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