099 迷い
その後リビングでしばらく話し、信也は秋葉を駅まで送っていった。
その間、早希は和室に閉じこもっていた。
気になった信也が一度だけ顔を見せたのだが、
「ちょっと感傷的になっちゃって……私は大丈夫だから、信也くんは秋葉さんのこと、お願い」
そう言って笑っていた。
信也は道中も、そんな早希の様子が気になっていた。
「早希さんが……ね」
「え……あ、ああ、早希がどうかしたか」
「変な感じなんだけど、あの家にまだいるんだなって思ったの」
「……そっか」
「あんなに早希さんと話したの、初めてだった。一度目は信也と付き合いたいって話だったし、二度目も結婚のお祝いだったから。
でもあの時ね、私思ったんだ。もしかしたらこれから、早希さんともっともっとお話し出来るのかもって。そう思ったら嬉しくて」
「……」
「でも、あれが最後のお別れになっちゃって……だから今日、いっぱいお話ししたの」
「ありがとな」
「不思議な感じだった……本当に早希さんが傍にいて、私を抱き締めてくれたような気がして」
「うん……」
「早希さんの匂いもいっぱい残ってた。そっか、早希さんは亡くなってからも、信也のことを見守ってるんだ……そう思ったらね、ちょっと嬉しかった」
「……今日はありがとな。なんか、姉ちゃんが変な気をまわして悪かった」
「ううん、怒らないであげて。折角の誕生日なんだし」
「そうだったそうだった。秋葉、悪いけどこれ、姉ちゃんに渡しておいてくれないか。誕生日プレゼント」
「ふふっ。ちゃんと用意してたんだ」
「ずっとポケットに入れてたんだ。手ぶらで行ったら蹴られるからな」
「確かにね、ふふっ……でも信也、ありがとう」
「何が?」
「今日、付き合ってくれて。すごく楽しかった……だから私、知美ちゃんに感謝してるよ」
「俺も楽しかったよ。お前とこんなに話したの、久しぶりだったしな」
駅に着き、改札前で秋葉が振り返った。
「またね、信也。ちゃんとご飯、食べるんだよ」
「分かってるよ」
「それから……あ、そうだ。信也、ひょっとして煙草やめた?」
「いや、やめてないけど」
「そう、なんだ……今日は煙草吸ってるの、見なかったから」
「見たら怒るだろ。別にそこまで中毒な訳でもないし、一日ぐらいなら我慢出来るから」
「我慢出来るんだったらやめないと。駄目だよ、体に悪いんだから」
「そうだな。楽しみが減るのは寂しいけど……考えてみるか」
「本当!」
「あ、いやその……考えるだけで」
「嬉しい。信也の口から禁煙って言葉が出て来た」
「いやいや、捏造しないでくれませんか。考えるだけですから」
「分かってるよ、ふふっ……でもね、信也にまで何かあったら私、受け止めきれないから」
そう言うと、秋葉が額を信也の胸に当てた。
「……秋葉?」
見ると、指で袖をつかまれていた。
「こうして信也と話せて……嬉しかった」
「俺もだ」
「ありがとう、信也……またね」
そう言って信也から離れると、小さく手を振って改札に入っていった。
「またな、秋葉」
「うん。またね」
そう言って駅に入った秋葉を、信也は姿が見えなくなるまで見送った。
「気に入ってもらえたかな、私のプレゼント」
遊歩道を歩きながら。信也は知美に電話していた。
「いやいや、今日は姉ちゃんがもらう方だから。そこ、間違えるなよ」
「にゃはははっ、細かいことはいいんだよ。それよりどうだった? 秋葉とのデートは」
「楽しかったよ。秋葉も言ってたけど、久しぶりに色々話せた」
「そうかそうか、それはよかった」
「でもな、姉ちゃん……誕生日に言いたかないけど、もうこういうのはやめてくれよな」
「こういうのって?」
「早希が死んで半年しか経ってないんだ。それなのにこういう……見合いみたいなの、困るっていうか」
「楽しかったんだろ? だったらいいじゃない」
「いや、そういう問題じゃなくて……俺のことを心配してくれるのは嬉しいよ。でも」
「あんたの為って訳じゃないよ」
「どういう意味だよ」
「秋葉と早希っちの為なんだよ」
「姉ちゃん、だからそういうのは」
「別に私は、あんたらを無理に引っ付けようとしてる訳じゃない。大体そんなことしたって、あんたらどっちも頑固なんだし、どうしようもないことぐらい分かってる。でもな、きっかけを作るぐらい、してもいいだろ」
「きっかけって」
「後はあんたら次第ってことだよ。それでどうにもならないんなら、それもよし。でも、最初から何もしないってのは、嫌いだから」
「姉ちゃんだって怒るだろ、俺にそんなことされたら」
「私? にゃはははっ、どうだろうね」
「姉ちゃんだって裕司さんのこと、まだ忘れられないんだろ? あれから何年経ってると思うんだよ。それでも姉ちゃんから男の話、全然聞こえてこない。だったら分かるだろ、俺の気持ち」
「私には勇太がいる。それだけで満足してる。今は勇太のことしか考えてない」
「でも」
「まあいいじゃないか。今日は愛する姉ちゃんの誕生日、そんな声出すなって」
「……分かったよ。じゃあ家に着いたから」
「そっか。じゃあ早希っちにもよろしくな」
「ああ。じゃあまた」
「おう、また」
「誕生日おめでとう」
「にゃははははっ」
信也と秋葉が家を出てすぐに、由香里がやってきた。
「おじゃましますね……あれ? お姉ちゃん?」
「……由香里ちゃん。いらっしゃい」
「どうしたんですか、電気もつけずに」
「うん、ちょっと……ね」
そう言って部屋の灯りをつけた。
「由香里ちゃんが来るなんて珍しいね」
「お姉ちゃん、やっぱり変です」
「何が?」
「夕方には来てくれるって言ってたじゃないですか。いつまで経っても来ないから、心配になって来たんですよ」
「あ……ごめんごめん、そうだったね。お客さんが来てたから、うっかりしちゃってたよ」
「お客さんって、お兄ちゃんのですか?」
「うん……信也くんの幼馴染」
「それって、前に話してた」
「そう、秋葉さん……私にお花を持ってきてくれたんだ」
「大丈夫ですか、お姉ちゃん」
「大丈夫よ。ただ、久しぶりだったから興奮しちゃって。少し疲れたみたい」
「お姉ちゃん、その秋葉さんって」
「それで? もしよかったら今から行くけど、話って何だったのかな。比翼荘で聞いた方がいい?」
「……お姉ちゃん」
「ほんとに大丈夫だってば。はい、変な空気はここまで。次いってみよーっ」
「……分かりました。お姉ちゃんがそう言うなら、これ以上は聞きません」
「ありがと」
「実は私、そろそろ旅に出ようかなって思ってるんです」
「旅に?」
「はいです。沙月さんも、元の姿に戻って楽しそうにしてます。涼音さんも、前より元気に歌を歌ってます。
お兄ちゃんに、元の姿に戻りたくないかって聞かれて……まだちょっと悩んでます。でも私も、新しい一歩を踏み出したい、そう思って」
「そうなんだ」
「それでですね、こうして悩んだ時は私、旅に出るって決めてるんです。そうすれば何か見えて来るんじゃないかと思って」
「旅かぁ……いいな、私も行ってみたいな」
「それで、なんですけど……よかったらお姉ちゃん、一緒に行きませんか」
「え」
「前に言ったじゃないですか、いつか一緒にって。今回は近場で、二週間ぐらいでって思ってます。それぐらいなら、ひょっとしたらお姉ちゃんも行けるかなって」
「旅……そうだね。うん、いいかも」
「本当ですか!」
「勿論、信也くんにオッケーもらえたらだけど」
「分かりましたです。嬉しいな、お姉ちゃんと一緒に行けるんだったら、すっごく楽しい旅になると思います。あはっ」
「旅で色んなものを見て、自分自身を見つめなおす……これからどうしていくのか、どうやっていきたいのか」
「……お姉ちゃん?」
「だから私、由香里ちゃんと一緒に行くよ。行きたい!」




