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ずっとずっと【改稿版】  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第4章 過去と未来と
97/134

097 久しぶり、だね

 


「やりやがったな、姉ちゃん……」


 10月27日日曜日。

 知美が待ち合わせ場所に指定した、梅田のHEP NAVIOエレベーター前。

 遅れると蹴られる。そう思い30分前から待っていたのだが、そこに現れたのは知美ではなく、秋葉だった。

 すぐに知美の携帯に電話を入れたのだが出てもらえず、代わりにメッセージが届いた。

『ごめーん。急に予定が入ったから、秋葉のエスコートよろしく~』





「ったく……秋葉は知ってたのか?」


「私は知美ちゃんに、映画に行こうって言われて」


「姉ちゃん、なんてベタな真似を……」


 秋葉の服装に目をやる。ブラウンチェックのプリーツスカートに白のロングシャツ、肩にベージュのセーターをはおっていた。

 相変わらず、人形みたいなやつだな……そう思っていると、視線に気付いた秋葉が頬を染めてうつむいた。


「……信也見すぎ。恥ずかしい」


「あ、ああ、すまん……」


 秋葉の反応に、信也も顔を赤くした。


「にしても秋葉。姉ちゃんと映画なのに、えらく気合い入ってるな」


「……知美ちゃんがね、誕生日をエスコートしてほしいから、それなりの服装で来てくれって……デートだって」


「なるほどな。それで二人共、まんまと引っかかったって訳だ」


「そう、みたい……ごめんね」


「なんで秋葉が謝るんだよ。それでどうする? 映画」


「信也は……どうしたい?」


「だよな」


 信也が頭をかいて息を吐いた。

 昔から秋葉は、こういうことになると必ず信也の意見を聞いてきた。そして信也が決めたことに、いつも従っていた。自分の意思に関係なく。


「折角ここまで来たんだし。観ていくか」


「うんっ!」


 秋葉が嬉しそうにうなずいた。


「チケットは知美ちゃんから預かってるから」


「ちなみに何の映画だ?」


「これ」


 秋葉が差し出したチケットは、漫画原作の恋愛物だった。


「これか……漫画は読んでるよ。ちょっと気になってたんだ」


「私も。このお話、好きだから」


「ハッピーエンドだしな」


「うん」


 そう言って笑う秋葉は、やはり可愛かった。





 映画が終わると、二人はレストランエリアへと向かった。

 信也から「何か食べて行こう」と言われた時、秋葉は意外そうな顔をした。しかしすぐに笑顔を見せ、嬉しそうにうなずいた。

 とは言え、信也に梅田のエスコートは無理だった。知っているのはファストフード店ぐらいだった。


「面目ないです」


 うなだれる信也に苦笑し、秋葉が先導したのだった。


「信也は何が食べたい?」


「そうだな。今なら馬一頭、丸かじり出来るぞ」


「じゃあ馬、買ってくるね」


「どこに?」


「どこだろう」


「適当だな、お前」


「ふふっ」


「ははっ」


 そう言って、以前早希と同じ会話をしたことを思い出した。返しまで同じだった。


 ――早希が戻って来た時、交わした言葉。


「……」


「どうしたの? 急に黙って」


「あ、いや……今の話、早希ともしたなって思ってな」


「そう、なんだ……ごめんね」


「だからなんで謝るんだよ。色々おかしいだろ」


「そうかな」


「そうだって。それになんだ……いい思い出だから問題ない」


「そうなんだ……」


「ああ。それで? 何にする?」


「お昼だし、しっかり食べないと。信也は男の子だし」


「お前……俺を何歳だと思ってるんだ」


「おかしかった?」


「それ、成長期の息子がいてるお母さんの思考だ」


「そう?」


「そ・う・だ」


「ふふっ……でもそうだね。私、信也といるとそんな感じ、あるかも」


「ちなみに秋葉、今でも夜はあまり食べないのか」


「うん。だって夜は寝るだけだし、ほとんど食べないよ」


「腹減って寝れなくなったりしないのか」


「よく聞かれるけど、慣れだと思う。代わりに朝はしっかり食べるよ」


「それがその体型を維持する秘訣か」


「信也……ちょっとおじさん、入って来てない?」


「かもな、はははっ」


「否定してよ、ふふっ」





「食った食った」


 ステーキを平らげた信也が、満足そうに言った。


「ふふっ。信也、幸せそう」


「そうか? まあ、ステーキなんて久しぶりに食ったからな」


「そうなんだ」


「これが食えただけでも、今日の姉ちゃんの悪だくみ、許してやるか」


「ふふっ、何それ」


「秋葉も今、幸せそうだぞ」


「そう?」


「ケーキ食ってる秋葉。これ以上にないくらい幸せな顔してる」


「……あんまり見ないで。恥ずかしいから」


「ははっ、悪い」


「でも信也、本当に変わったね」


「そうか?」


「うん。昔……高校ぐらいからかな。ご飯食べててもつまらなそうな顔してたから」


「早希にも出会ったばかりの頃、似たようなこと言われたな」


「そう、なんだ……やっぱり信也が変わったのって、早希さんのおかげなんだね」


「あいつと出会うまでは、実は幸せが身近に転がってるんだなんて、考えたこともなかった。と言うか、信じたくなかった。飯はただの栄養補給って思ってたし、娯楽にも興味なかった」


「早希さん……もう半年になるんだね」


「ああ」


「最後に会ったのが、ついこの前みたい」


「それって、入籍の前の日だよな」


「うん……あの時の早希さん、本当に幸せそうだった……言ってたよ、今は何をしても楽しいんだって。辛いことも、信也と一緒なんだって思ったら全然辛くないって」


「そうなんだ」


「あ……なんかごめん。ちょっと無神経だったよね」


「そんなことないぞ。そうして秋葉が早希のことを話してくれるの、俺は嬉しいよ」


「……ありがとう」


「お前とはこうして、何でも話せる関係でいたいからな。タブーはひとつで十分だ」


「え……」


「あ、すまん。今のなし、今のはなしで」


「う、うん……なんかごめん」


「いやいや、今のは俺が謝るところだから」


「……」


 決まりが悪くなった信也が、慌ててコーヒーを口にした。


「……なんかすまん、変なこと言って」


「ううん、大丈夫」


「……仕事は順調か」


「うん。最近新人さんも入って来たし、少しシフトに余裕も出てきたの」


「忙しかったみたいだもんな。49日も来れなかったし」


「ごめんね」


「今のは忙しいなって話だ。なんでもかんでも謝るんじゃねーよ」


「……ごめん」


「ほらまた」


「あ、ご……」


「うん?」


 信也が意地悪そうに顔を覗き込む。秋葉は慌てて口を閉じ、そして信也を見て笑った。


「考えてみたら秋葉と会うの、早希の葬式以来なんだな」


「うん……そう思ったらね、不思議な感じがするの」


「不思議な感じ?」


「早希さんとはついこの前会ったみたいな感覚なんだけど、信也とはずっと会ってなかったような気がするの」


「そういう物なのかな。死んだ人のことを思い出すと」


「でもよかった。信也、元気そう」


「塞ぎこんでたら、早希に怒られちまうからな。ハリセンで」


「あ……ごめんなさい」


「だからなんで……って、そうだ思い出した! お前あの時、俺をボコボコに」


「昔のことだから、よく覚えてないかも」


「いやいやいやいや、秋葉さん? ついこの前のことって言ったばかりですよね」


「このケーキおいしい」


「てっめえ」


「ふふっ」


 そう言ってケーキを頬張る秋葉に、胸が少し高鳴った。


「そう言えばその眼鏡、まだ使ってるんだね」


「ん? ああこれな。なんだかんだで長い付き合いだよ」


「でも、まだ綺麗だよね。レンズに傷もないし」


「レンズは一回交換した。ちょっと視力が落ちてたから、一昨年(おととし)ぐらいに」


「テレビ、近くで観てるんでしょ」


「お前は俺の母ちゃんか」


「暗いところで本、読んでない?」


「だから母ちゃんかって」


「夜中にエッチなゲームしてるとか」


「ほんとすいません、勘弁してくださいお母さん」


「ふふっ……でも大事に使ってくれて嬉しい」


「お前が選んでくれた物だしな」


「そういう言い方は……恥ずかしいから駄目」


「本当のことだろ。それに俺も気に入ってるし」


「うん。やっぱりそれ、信也に似合ってると思う。多分」


「多分って何だよ、そこはフォローしろよ……ってそれ、買った時にも言わなかったか?」


「そうだったかな。でも信也なら言いそう」


「秋葉もな」


「ふふっ」





 店を出た二人は、梅田の街を歩いていた。


「しかしここはいつもながら……こんだけの人間、どこから集まってくるんだか」


「それ、私たちも一緒だよ」


「そうなんだけどな。でもみんな、楽しそうだ」


「信也は楽しくない?」


「う~ん、こんだけ人が多いと、楽しむ前に酸欠になっちまう」


「何それ、ふふっ」


「早希と初めてのデートもここだったんだ。その時も俺、酸欠でへばっちまって」


「格好悪い。男のくせに」


「いやいや、酸欠に男も女もねーだろ」


「デートの時ぐらい、見栄張らないと」


「まあでも、おかげでちょっとは慣れたけどな、こういうのにも」


「早希さん……やっぱりすごい人だな。信也がこんなに変われたなんて」


「変わったか? あんまり自覚ないんだけど」


「それは早希さんに失礼だよ。信也はもっと、早希さんに感謝しないと」


「あ、はい、すいません」


「よく笑うようになったし」


「昔は?」


「口元だけで無理して笑ってたから、結構不気味だったよ」


「そういうの、その時に言ってほしいんですけど」


「ふふっ。でも今の信也、自然に笑えてる。それに」


「それに?」


「人生を楽しもうとしてる。さっき気付いたんだけど信也、コーヒーに砂糖、入れるようになったんだね」


「ああ、いつからだったかな。入れてみたら、案外うまかった」


「信也がコーヒーを飲み出したのって、お父さんのことがあった頃だったと思う。飲めもしないのにブラック飲んで、いつも苦そうな顔してた」


「早く大人になりたかったのかもな。まあ今でも、寝起きはブラックだけど」


「それもあると思うけど……あの時の信也、楽しむことを捨てたんだって思ったの。おいしく飲む方法が目の前にあるのに、それを否定する。食べ物だって、調味料もほとんど使わないようになった。それに手を出したら堕落してしまう、みたいな感じで」


「そんな風に思ってたのか」


「どうだった? 砂糖入れてみて」


「うまかった。と言うか、ほっとした」


「でしょ。それだけ見ても、信也は過去に勝てたんだと思う」


「大袈裟だな」


「人生を楽しまないことが、信也の過去への復讐なんだって思ってたから……私のも含めて」


「……」


 信也が秋葉の頭を荒っぽく撫でた。


「……信也?」


「これからどうする? 行きたいところ、あるなら付き合うぞ」


「本当?」


「ああ。考えたらサボテンのお礼もしてなかったしな」


「まだ育ててくれてるんだ」


「お前からのプレゼントなんだ。大事にしてるよ」


「そうなんだ、ありがとう」


「で? どこか行きたいところあるか?」


「じゃあ……信也の家に行きたい」


「俺の家に? なんでまた」


「その……早希さんにも会いたいし……」


「……そっか、分かった。早希も喜ぶよ、きっと」




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