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094 信也の決意

 


「コホンッ」


 純子がひとつ咳払いをした。


「盛り上がってるところを悪いけど……沙月ちゃん、さっきの話の続き。成仏のお話」


「あ……はい、そうでしたね。それで私、光に包まれたんだけど……これで終わりなんだ、この世界から消えるんだ、そう思ったんだ。

 そしたら突然、光がパンッてはじけて」


「そうだね。沙月さん、花火みたいにはじけたもんね」


「それで気が付いたら、ここに戻ってて」


「……」


「それから純子さんに会って、説明をしたんだ」


「と言うことは、沙月さんもどうして戻って来たのか、分からないと」


「うん、そう。何が起こったのか、全く分からなくて……純子さん。私たちって、いつまでこの世界にいるんですか」


「……ごめんなさい、私にも分からないの」


「そうなん……ですか」


「だって私、これまで誰ともお別れしてないし……長くこの姿でいるってだけで、あなたたちと同じなんだから」


「……でももし沙月ちゃんが消えてたら、想い人に認めてもらえたら成仏出来るってことになって……そうなら純子さんも早希さんも、とっくに成仏してないとおかしいですよね」


「確かに……私もそのこと、考えてなかったよ」


「だから何か、違う形で成仏するんだと思う……私たちがまだ、知らない方法で」


「と言うか、涼音さんは成仏したいんですか?」


「……私まだ、この世界が好きだから……たとえ想い人に認められなくても、この姿のままだとしても……私はここにいたい」


「純子さんは?」


「……」


「……純子さん?」


「……え? ごめんなさい、何かしら」


「大丈夫ですか」


「ええ、大丈夫……ちょっと別のことを考えてて」


「純子さんは成仏、したいって思いますか」


「難しい問題よね……今の暮らしに満足してるし、やりがいも感じてる。この世界で迷ってるって気持ちもないし」


 信也の中に、以前純子が湯飲みを割った時と同じ、妙な違和感が生まれた。

 純子さんは何かを知っていて、隠してるんじゃないか。そう感じた。

 しかしそれを考えるのは後だ、そう思い、早希に視線を移した。


「早希は?」


「私にも聞くんだ、それ」


「あ、いやその……一応な」


「私は……信也くんとずっと一緒だよ。信也くんに好きな人が出来たら別だけど。遠藤さんみたいに」


「怒るぞ早希。冗談でも」


「あははっ、ごめんなさい……でもね、生きてる人は生きてる人と一緒になった方が幸せなんじゃないのかなって……そんな風に思ったんだ。今日の遠藤さんを見て」


「早希……」


「だから純子さんも、想い人と別れる決断したんだし」


「……」


 信也が早希を抱き締めた。


「……信也くん?」


「ありがとな。死んでからも俺のこと、そこまで思ってくれて……でも俺、お前のことしか考えられないから。俺の嫁は、お前だけだから」


「信也くん……」


「……決めた。純子さん、俺、もっとみんなの力になりたい。由香里ちゃんや涼音さんも、元の姿に戻してあげたい。勿論みんなの気持ちが一番だけど……それが出来るのは俺だけだと思うんです」


 信也が、真剣な眼差しを純子に向ける。


「たとえ死んでいたとしても、幸せになる権利はある。だから俺、やりたいんです」


「信也さん……」


「信也さん、ありがとうございます……その気持ちだけでも私、嬉しいです」


「だからこれからも、よろしくお願いします」


 笑顔でそう言った信也に、純子も満足そうにうなずいた。


「本当、信也さんは変わった人ね。うふふっ」


「それでシン、これからどうするんだ?」


「少しずつでいいからみんなのこと、知っていかないとね。勿論プライバシーに関わることだから、今日みたいな力技はなしで」


「じゃあ私のことも、もっと知ってもらわないとね」


 そう言って、沙月が腕を絡ませる。


「さ、沙月さん、近すぎますって」


「だってさ……私、シンのおかげでこの姿に戻れたんだぜ? ちゃんとお礼、したいじゃない」


「いやいやいやいや、お礼なんていいですから。というかいらないから」


「私が成仏出来なかったのって、ひょっとしたらシンがいたからかもしれないし」


「それってどういう……」


「だーかーら」


 信也の手を取り、自分の胸にそっと重ねた。


「ぎっ!」


「あーっ!」


「あらあら」


「……沙月ちゃん、大胆……」


「シン……私のこと、好きにしてもいいよ……シンにだったら私、どんなことをされてもいいから」


「そ、そういうことではなくてですね……手、手を離してもらえませんか」


「なんだよ……ほら、もっと触ってみて。早希より大きいだろ? シンは大きい胸、好きじゃない?」


「あ、あのその……好きとか嫌いとかじゃなくてですね、その……」


「あーっ! もう限界だ限界っ!」


 そう言って早希が、勢いよく宙に浮いた。


「ここは比翼荘、みんなの家。そう思ってたから我慢してたし、これだけは駄目って思ってたんだけど……信也くん、鼻の下が伸び過ぎて、溶けたチーズみたいになってるし!」


 そう言うと天袋を開け、中からハリセンを取り出した。


「おまっ……ここにも隠してやがったのかよっ!」


「そんなこと言える立場なのかな。ちゃっかりまだ触ってるし……覚悟してもらうからね!」


「ひっ、ひいいいっ!」


 信也が顔面蒼白で後ずさる。

 沙月は早希の剣幕にあっさり手を離し、口笛を吹きながら信也から離れていった。


「あ、あのその……沙月さん? 沙月さんはその……助けてくれないんでしょうか」


「夫婦喧嘩犬も食わずって言うからな。それに早希のハリセン、一度見てみたいと思ってたんだ。ふふっ」


「そ、そんなぁ……」


「よいしょっと」


 純子は湯飲みをトレイに乗せ、台所に向かう。


「夜も遅いから、ご近所にご迷惑かけないようにね」


「はーい」


「純子さんまで……」


「信也さん、ファイト、ですよ」


「涼音さん……」


「さあ信也くん、みんなにお別れは済んだかな。じゃあ今日は……七倍増しっ!」


「ひっ……」


 信也が四つん這いになって逃げる。

 しかし早希に回り込まれ、あっさり退路を断たれた。


「信也くんの……馬鹿ああああああああっ!」


「ひょええええええええっ!」


「ぷっ……あははははっ! おい早希、これ、思った以上に笑えるな」


「そう……でしょ! これ……がっ! 私たち……のっ! 最高……のっ! コミュニケーション! なんですっ!」


「おまっ、普通に会話しながら殴ってんじゃねーよっ! てか沙月さん、助けて」


「まだ言うかな、この期に及んで沙月さんって……八倍増しに増額っ!」


「あひゃあああああああああっ!」





 この日の信也の叫びは、通りかかった人の耳に届き、ここにはやはり何かいる、夜中に男の悲鳴が聞こえたと、比翼荘の新しい怪談として語られることになったのだった。




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