083 デレ子爆誕
「ちっ……お前ら人ん家で、何感動ごっこやってんだよ」
和やかな雰囲気の中、沙月が悪態をつく。
そんな沙月に意味深な笑みを向け、早希がひとつ咳払いをした。
「でわでわ皆様! 盛り上がってきたところで、本日のメインイベントといきましょう!」
「おいおい早希、ハードル上げすぎ」
「メインイベント? 何かしら早希ちゃん」
「でわ信也くんっ、ずずいと!」
「はいはい……えーっと、これは沙月さんに」
信也の言葉に、沙月が顔を強張らせる。
「なっ……なんだよお前、気持ち悪い」
「はいはい沙月さん、ツンなツン子はいいですから。とりあえず受け取ってもらえるかな」
「……」
信也が差し出す小さな袋を、沙月が恐る恐る手にする。
「でわでわ、すずいと開けて」
「ちっ、何でお前に指図なんか……」
中を開けると、そこにはハートの中に猫と宝石が装飾されたネックレスが入っていた。
「え……」
呆然とネックレスを見つめ、沙月がその場にへなへなと座り込んだ。
「な、なんだよこれ……なんでこんなもん、私なんかに……」
「私なんかじゃないっすよ、沙月さん。なんかって言ったら変な男に怒られるっす。沙月さんは『なんか』じゃないっす。信也くんはこれを見て、絶対沙月さんに似合うって言ってたんす」
「早希、ここで篠崎の真似しても誰も分からないぞ。まあ、言いたいことは分かるけど」
「な、なんでこんな……こんな……」
「沙月さん。よければ受け取ってもらえませんか」
見上げると、微笑む信也の顔があった。
「きっと似合うと思いますよ」
「つけてあげるね」
早希がネックレスをかけ、手鏡を沙月の前にかざした。
「……」
胸に光るネックレス。沙月がそれを指でなぞる。
「似合ってるよ、沙月さん」
「あらあら本当。沙月ちゃん、とってもよく似合ってるわ」
「あはっ、沙月さんが可愛いです」
「すごく……いいと思う……」
鏡に映る自分の姿に、沙月はいつの間にか笑みを浮かべていた。
「あらあら沙月ちゃん。信也さんのプレゼント、お気に召したみたいね」
「そ、そんなこと……」
「お礼、ちゃんと言わないとね」
「いやいや純子さん、お礼を言うのは俺たちの方です。いつもお世話になってるんですから」
「胸があったかい……こんな気持ち、まだあったんだな……ありがとな」
沙月がそう言って、照れくさそうに微笑んだ。
「おおっ! ついにツン子ちゃんがデレ子ちゃんにっ!」
「早希、調子に乗りすぎ」
「えへへへ」
「信也さん。いくらボーナスって言っても、こんなにたくさんのプレゼント、大変だったでしょ」
「あー、いいんですいいんです。うちの旦那、お金には全っ然執着のない人なんで。みんなに買ってなかったらこの人、どうせ全額貯金するだけですから。それで貯金したことも忘れてしまう、そんな人ですので」
「それはそれは……なんともまあ、不思議な人ね」
「それに私も、みんなにこうしてお礼が出来て嬉しいんです。まあ、信也くんのお金なんですけど」
「お姉ちゃんも、何か買ってもらったんですか?」
「ふっふーん、ふふふのふ、だよ由香里ちゃん。私はなんと、可愛い可愛い服を買ってもらいました! 純白のワンピース、今度着てくるね」
「純白……早希さんに似合うと思う」
「信也くんってばその服を見てね、私が着るはずだったウエディングドレスみたいだ、どうしてもこれを着てほしい、なんて言っちゃって。きゃっ」
「……早希、それぐらいにしておいてくれ。恥ずかしくて悶絶しそうだ」
「でもでもー、信也くんが初めて選んでくれた服なんだよ? 服のことなんか何にも分からない信也くんが選んでくれたんだよ? 嬉しいに決まってるじゃない! って、どしたの?」
信也が頭を抱えて身悶えていた。
「た……頼むから早希……勘弁してくれ……」
「あはっ。やっぱりお兄ちゃん、面白いです」
「うふふふっ。ほんと、二人は見てて飽きないわね」
「でも……信也さん、本当にありがとうございました。私もすごく嬉しいです」
「お兄ちゃん、私も嬉しいです。これで私、いつでも世界に行けます」
「この湯飲みで飲むお茶、きっとおいしいと思うわ」
「や……やめてください本当……お願いします……」
信也が赤面し、畳の上を転がる。その光景に沙月が小さく笑う。
「ったく、この男は……おい信也、それから早希。今日のところは礼を言っといてやる。でもな、あんまり馴れ馴れしくすんじゃねえぞ。私は別に、お前らを受け入れた訳じゃないんだからな」
「沙月ちゃん……そんな風に言うの駄目だって」
「でも……由香里と涼音さんのやつは操作してやる。心配すんな。じゃあな」
そう言って壁の中に姿を消した。
「あ……待って沙月ちゃん、私も行くから……それでは信也さん、早希さん、ありがとうございました。失礼します」
涼音も沙月の後に続いた。
「じゃあ早希、俺たちもそろそろ帰ろうか」
「そうだね。あやめちゃんも待ってるだろうし」
「あらあら、お茶だけでも飲んでいかない? せっかくだし、私もこの湯飲みで飲んでみたいの」
純子がそう言って、台所へ向かった。
信也は由香里の隣に座り、一緒にモニターの映像を見つめた。
「こうして見てると、旅もいいもんだなって思うね」
「旅はいいですよ。特に歴史を感じさせる物は、見ていて楽しくなります。昔の人たちの思いが込められてますから」
「なるほど。そういう見方もあるんだな」
「でもここにお兄ちゃんが行くのは一苦労ですね。標高二千メートルですから」
「高っ!」
「まあ、私は飛べますので関係ないのですが」
「そう言うところはいいよね、って言ってもいいのかな?」
「はいです。私はこの体を最大限に活かしてますから」
「早希はどうだ? こういうのを見てると行きたくなるか?」
「私、旅なんてしたことなかったし、興味はあるんだ。いつか行けたらいいなって」
「行きましょう、お姉ちゃん」
「そうだね。いつかきっと」
信也が早希の頭に手をやる。
「……信也くん?」
「前にも言ったけど、早希がいないと寂しい。でも、俺のわがままで早希を縛るのは嫌だ。折角戻ってこれたんだ、早希にはこれからの人生を思いきり楽しんでほしい。その為だったら、俺はいくらでも協力するよ。それにほら、旅行代タダだし。お得だろ?」
「ありがとう、信也くん」
「俺こそいつも、ありがとな」
その時、台所から食器の割れる音がした。
三人が驚いて向かうと、床に割れた湯飲みが転がっていた。
「大丈夫ですか純子さん」
「……」
純子は自分の手を見つめ、固まっていた。
「……純子さん?」
信也がもう一度声をかけると、純子ははっとした表情を浮かべた。
「あらあら……ごめんなさいね、びっくりさせちゃって。慌てた訳でもないのに」
「怪我してないですか」
「ええ、それは大丈夫。だって私、幽霊ですから。うふふっ」
「あはっ。純子さんがこんな粗相、珍しいですね」
「私、片付けますね」
「ありがとう早希ちゃん。でもよかったわ、割れたのが信也さんにもらった湯飲みじゃなくて」
「本当に大丈夫ですか? 顔色もよくない気が」
「顔色が悪いのは当然でしょ。何と言っても私、幽霊なんですから」
「いやいやそうなんですけど……とにかく純子さん、向こうで休んでてください。お茶は俺が用意しますんで」
「お客様にそんなこと」
「早希、片付け終わったか」
「終わったよ信也くん」
「じゃあ早希、純子様を居間にお連れして差し上げるのだ!」
「了解っ!」
「ちょ……ちょっと待って早希ちゃん、私なら大丈夫だから」
「いいから純子さん、ここは私の旦那にまかせて」
早希が純子を強引に居間へと連れて行く。
「……」
辺りを確かめるが、特に気になるところはなかった。
単に純子さんが慌てただけなんだろうか。
しかし信也には、純子が理由もなくそんな失敗をするとは思えなかった。
プレゼントに気持ちが高揚して失敗したのだろうか。それなら問題ない、と言うか嬉しい。
だが信也の中に、何か言い様のない不安がうごめいていた。
「なんだ、この妙な感覚は……」
そう小さくつぶやく。
しかしその不安を内にしまい込み、
「今持って行きますね」
明るくそう言って笑顔を作り、居間へと向かった。




