表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/134

082 プレゼント

 


「純子さーん、たっだいまーっ」


「どうも、こんにちは」


「あらあら、いらっしゃい。いつも一緒で、本当に仲がいいわね」





 信也はあの日以来、時間があれば比翼荘を訪れるようになっていた。

 ここには何といっても、早希の仲間たちがいる。

 自分とあやめにしか見えなかった早希に出来た、大切な仲間たち。

 彼女たちは、同じ境遇である早希を迎えてくれた恩人だ。

 しかし彼女たちもまた、想い人以外には存在を認められない孤独な存在なのだ。

 自分にしか出来ないことがあるはずだ。少しでも彼女たちの力になりたい。信也がそう考えるようになるのに、時間はかからなかった。


「あはっ、こんにちはお兄ちゃん。今日も来てくれたんですね」


「こんにちは、由香里ちゃん」


「由香里ちゃん、私には?」


「お姉ちゃんには、おかえりなさいです」


「はい、ただいま。ふふっ」


「今日はお土産を持ってきたんだ」


「お土産ですか?」


「うん、ボーナスが入ったんで」


「え、なになに?」


「ふふふのふ、驚くんじゃないわよ由香里ちゃん」


「そう言われると、ちょっと身構えちゃいますね」


「身構えなくても大丈夫だよ。気に入ってくれるといいんだけど」


 そう言って信也が袋から箱を取り出した。


「純子さん、このテレビって使えるんですよね」


「テレビ? ええ、みんなよく観てるけど」


「じゃあちょっとお借りしますね」


 信也が中身を取り出すと、早希から手渡されるコードをテレビに接続していく。


「お兄ちゃん、これって」


「ブルーレイのレコーダーだよ」


「ブルーレイ?」


「由香里ちゃんが元気だった頃にはなかったかな。ビデオは分かるよね」


「はい。カセットテープですよね」


「そうそう。それが今は、こんな円盤になってるんだ」


 信也がディスクを取り出すと、由香里は興味深々な顔で覗き込んできた。


「綺麗ですね」


「中の映像も綺麗だよ」


 そう言ってディスクを挿入すると、モニターに映像が映し出された。


「……」


 穏やかな音楽と共に映し出された景色。

 由香里が息を飲んだ。


「これって……」


「世界遺産。行ったところもあると思うけど、早希の話を聞いて、これを見せてあげたいって思ったんだ」


「私……ここ、行ったことあります……」


 由香里が食い入るようにモニターを見つめる。

 南米ペルーの世界遺産、空中都市のマチュ・ピチュ遺跡だった。


「綺麗だな、やっぱり……」


 モニターを見つめる由香里の横顔に、信也と早希がハイタッチして微笑んだ。


「あらあら由香里ちゃん。なんだかすごいプレゼント、もらっちゃったわね」


「あっ! そうでしたお兄ちゃん、ありがとうございます! ついつい見惚れちゃって……でもこんなすごいもの、もらっていいんですか」


「いいよこれぐらい。いつも早希がお世話になってるんだから」


「そうそう。なんたって由香里ちゃんは妹なんだし」


「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」


 由香里が目を潤ませる。


「今ほど体が欲しいって思ったことはないです……体があったら私、お兄ちゃんとお姉ちゃんに抱き着けたのに……」


「私はいいけど、信也くんには駄目だよ」


 そう言って微笑み、早希は由香里の体を両手で包み込んだ。


「お姉ちゃん……」


「世界遺産の全集、ゆっくり見ていってね。そしていつか、私も連れてってね」


「うん……お姉ちゃん、ありがとう……」





「あんた、また来てたのかよ」


 部屋の入り口で、沙月が腕を組んで立っていた。


「他にすることはないのかよ。どんだけ暇なんだ」


「ははっ、どうも」


「早希さん、それに信也さん。こんにちは」


「こんにちは涼音さん。えーっと、沙月さんの隣にいるんですよね」


「はい、そうです……ごめんなさい、いつも見えなくて」


「いやいやいやいや、そんな返しはいりませんから。大丈夫、涼音さんとこうして話してて、なんとなくですけど分かって来てますから」


「あ……ありがとうございます」


「で? それは何だ。レコーダーか?」


「由香里ちゃんへのプレゼントだそうよ」


「ちっ、相変わらず余計なことを……大体そんなもんやっても、由佳里には触れないだろ。どうやって操作するんだよ」


「それはほら、沙月さんに」


「なんでだよ。持ってきたお前らが責任持てよ」


「そうなったら俺たち、ここに住むことになるんですが」


「……」


「沙月さん?」


「……いたらやってやるよ」


「ありがとうございます。あと涼音さん、これなんですけど」


「え……私にもですか」


「涼音さん、前に早希と話してましたでしょ。クラッシックが好きだって。だからこれ」


 CDプレイヤーとクラッシックの全集だった。


「もしよければ、お暇な時にでも聞いてみてください」


「嬉しい……今まで聞きたくても聞けなかったから……」


「これも操作は沙月さんに」


「分かったよ……ったく、手間ばっかり増やしやがって」


「ごめんね、沙月ちゃん……」


「あ、いや、今のは涼音さんに言ったんじゃなくて」


「あはっ。沙月さんが涼音さんをいじめてますです」


「うっせえ由香里、シメるぞ」


「はいはいそこまで。喧嘩しないで仲良くね」


「純子さん。よければこれ、使ってもらえませんか」


「私に?」


「はい。純子さんには特にお世話になってますから」


 差し出された木箱を開けると、中には深みのある暗緑色の湯飲みが入っていた。


「……」


「先週、滋賀県の信楽で買ったものなんです。一目見て、純子さんにぴったりだと思ったので」


「これを私に……」


「はい。気に入っていただければ嬉しいんですが」


「……ふぅっ……」


 純子が小さく息を吐く。


「プレゼントなんて久しぶり。でも……こんなに嬉しいだなんて忘れてたわ。信也さん、ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」


「いつも嫁が世話になってますので」


 純子が湯飲みを胸に、幸せそうに微笑んだ。


「嬉しい……ありがとう……」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ