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079 信也、比翼荘へ

 


「ただいまー!」


「お……おじゃまします」


 玄関先で信也が恐縮していると、早希が腕を取り中に入れようとした。


「待て待て。靴脱ぐから」


「ああそっか、そうだったそうだった」


「お前、相変わらずフリーダムだな」


「何言ってるのよ。ここは私たちみんなの家。だから私の家でもあるのよ」


「……確かにそうか」


「あらあら早希ちゃん、久しぶりね」


 純子が現れ、笑顔で早希を迎える。

 しかし隣の信也を見て、表情を強張らせた。


「早希ちゃん……どういうことかしら」


「初めまして純子さん。いつも早希がお世話になっております。早希の夫、紀崎信也と申します」


 そう言って信也が頭を下げる。


「え……」


 信也の言葉に固まり、純子が声にならない声を漏らした。


「やたっ! やっぱ信也くん、見えるんだ」


「ああ。早希が話してた通り、綺麗な人だな」


「純子さん、あのその……信也さん、私たちのことが見えるみたいで……いきなりですけど連れてきました……」


「純子さん?」


 固まったまま動かない純子の体を、早希が揺する。


「……」


 ようやく純子が我に返り、改めて信也を見た。


「あの、純子さんでいいんですよね」


「え……あ、はい……信也さん、私たちのことが見えるって……」


「はい。理屈は分かりませんが、早希に触れていると見えるみたいで」


「そ、そうなのね、ふふっ……ふふふっ……」


「……純子さん?」




「えええええええええええっ!」




「え? え? なになに、純子さんが壊れちゃった?」


「こんな純子さん、初めてかも……」


 純子が長い長い驚愕の声をあげ、やがてその場にへなへなと座り込んだ。


「どうした!」


 純子の叫びに、沙月が壁をすり抜けて現れた。


「な……!」


 沙月の目に信也が映る。


「な……なんで人間がここに」


「今の声、純子さんですよね。何があったんですか」


 沙月に続いて由香里も現れる。


「……お姉ちゃん? これってどういう……」


「早希、お前の仕業かっ! 人間なんか連れてきやがって!」


 沙月が早希の胸倉を荒々しくつかむ。


「ち、違うの沙月ちゃん、話を聞いて」


「涼音さんも一緒なのかよっ! なんで止めなかったんだ!」


「ぐ……ぐるじい……じんやぐん、だずげで……」


 早希が信也に助けを求める。

 早希の声にはっとすると、信也は間に割って入り、ゾンビ沙月の腕をつかんだ。


「沙月さんですよね。すいませんがこいつ、俺の嫁なんで。離してもらえませんか」


 信也が沙月の目を見据える。


「何が嫁だ! ふざけるなっ!」


「それ以上するなら、お仕置きしますよ」


「てめえ、ごちゃごちゃうるさいんだよ! いい加減に」


「沙月さん沙月さん」


「なんだよ由香里、ちょっと黙ってろ! 今このふざけた野郎を」


「沙月さん。その前に驚くこと、あると思いませんか」


「ああんっ! 何がだよっ!」


「その人、私たちが見えてませんかね。それに沙月さんの腕、ちゃんとつかんで……」


「え……」


 由香里の言葉に、沙月の視線がつかまれた腕に向く。


「な……なななな、なんでだ! なんで私が見える! なんで触れる!」


 沙月が動揺し、慌てて早希から手を離す。

 そして信也の手を振りほどくと、腕を押さえて後退(あとずさ)った。


「大丈夫か?」


「う~、幽霊になって、初めて死ぬかと思ったよ」


「その様子なら大丈夫だな、よしよし」


 そう言って頭を撫でると、早希は思い出したように信也に抱き着いた。


「信也くんっ!」


「どわっ! な、何ですか早希さん」


「抱き締めても」


「それはなしで」


「冷たいなぁ」


「いや、今日の分は終了」


「それより信也くん、もう一回言って」


「もう一回?」


「こいつ、俺の嫁なんで……って」


「いやいや、何で声のトーン下げてんだよ。そんなに俺、格好つけてないから」


「格好よかったもんっ!」


 そう言って、胸に信也の顔を押し付ける。


「ふが……ふがふが……」


「信也くんってば、ほんと格好いいんだから!」


「あのぉ……お姉ちゃん、そのままだと信也さん、死んじゃいますよ」


「え?」


 信也が早希の背中を叩き、必死に訴えていた。

 慌てて離すと、信也はその場に崩れて咳き込んだ。


「あはははっ……ごめんね」


 そんな信也を、腰砕けの沙月が呆然と見つめる。

 そしてそれは、純子や由香里にしても同じだった。




 ーー自分たちが見える人間。




 玄関を沈黙が包む。

 その中にあって早希だけが、そんな空気にお構いなく頭をかきながら笑っていた。


「あ……あはははっ……」




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