076 早希がしたいこと、応援するよ
食事が終わると、リビングのソファーで二人はくつろいでいた。
早希は信也の腕にしがみつき、嬉しそうに笑っている。
「いつも以上に甘えたさんモードだな」
「この腕は私のなんだから、いつでも好きにしていいんです」
「これは俺の腕だと何度言えば」
「この腕にこうしてるだけで私、戻ってよかったって思う」
「そう……なのか? ま、まあいいか、そんなにお気に入りなら、今日は好きにしていいよ」
「ありがと。大切に使わせてもらいます」
「しかし……穏やかな休日だよな」
「そうね。もう夕方だけど」
「それは先ほども申しましたように、ほんと、申し訳ございません」
「まあ、それだけ信也くんの寝顔見れたからいいんだけどね。悪戯も出来たし、結構楽しかったから許します」
「おいおい、変なことしてないだろうな」
「どうでしょう、ふふっ」
「それでさっきの続きなんだけど」
「そうだったね、さっきの続き。何かな」
「いや、な……早希、昨日何かあったよな。帰りも遅かったし、泣いてたし」
「アライグマですけどね」
「ま、まあそれは置いといて……どうだ? 俺に言えることか?」
「うん。純子さんもいいって言ってたし、隠すようなことじゃないよ」
「入籍した日、早希が会ったって人か」
「流石信也くん、よく覚えてたね」
「そりゃ、早希が話したことは覚えてるよ」
「な……も、もぉーっ! また信也くんってば、そんな嬉し恥ずかしいこと言っちゃって!」
「いってぇーっ! だからお前、その突っ込みはやめてくれと何度も」
「あはははっ、ごめんごめん」
「それで? その純子さんがどうしたんだ?」
「……なんかすごい話だな」
「でしょ? 私もびっくりしたんだから」
「比翼荘か……」
「あやめちゃんから聞いてはいたけど、近くにそんな場所があるなんて、思ってもみなかった」
「その屋敷なら知ってるよ。たまたま見かけたんだけど、かなり印象深かったから」
「外からだと、幽霊屋敷そのものでしょ」
「だな。わざわざ中に入ろうとは思わないな」
「でもね、中は驚くぐらい綺麗なんだよ。みんな大切に使ってるから」
「一度ご挨拶にと言いたいところだけど、どっちにしても俺には見えないんだよな」
「そうだね。純子さんもそう言ってたし」
「でもよかったな。仲間が出来て」
「特に由香里ちゃん。あの子とは気が合いそう」
「霊体の子か」
「うん。それで由香里ちゃんに、いつか一緒に旅に行きませんかって誘われて」
「いいじゃないか。行ってこいよ」
「ほんとに? 場所によったら、何か月も帰ってこれないんだよ?」
「この言い方が合ってるのか分からないけど、早希も生きてるんだ。俺との生活を大切に思ってくれるのは嬉しい。感謝してる。でもそのことにとらわれ過ぎて、自分がやりたいことを我慢するのは違うと思う。そりゃあ早希がいないと寂しいけど、俺は早希を縛りたくないんだ。
それに前に話したことがあったろ? 何か熱中出来る物はないのかって。一緒に探そうって言ったけど、もし由香里ちゃんと世界を回る、それが早希にとって楽しいことなんだとしたら、俺は行くべきだと思う。応援するよ」
「信也くんっ!」
「どわっ!」
「抱き締めてもよかですか?」
「抱き締めてる抱き締めてる」
「じゃあこれも」
唇を重ねると信也も腕をまわし、早希を抱き締めた。
「ふふっ、幸せ」
「それで? 早希が一番考えてしまったのが、沙月さんだったか」
「うん。沙月さん、いつか私も裏切られるって」
「なんか、自分の話を聞いてるみたいだな」
「そう思うよね。だから私、沙月さんと仲良くなって、いつか彼氏さんとも話をしたいの」
「話してどうするんだ?」
「沙月さんとちゃんと向き合ってもらいたいの。もしそれが出来たら沙月さん、元の姿に戻れるんじゃないかと思って」
「確定した状態をひっくり返すのか。でもそんなこと、出来るのか?」
「正直分からない。やってみないと」
「そっか。前例がある訳じゃないんだな」
「でもね、あの姿はあまりにも可哀想だと思うの」
「だよな。見てないから何ともだけど、女の子には酷だな」
「だから何とかしてあげたいの。その為にも仲良くならないと」
「ちょっと待った」
「何?」
「彼氏と話したいって言ったよな」
「うん」
「出来ないんじゃないのか?」
「あ……そうだった」
「あのなぁ……作戦、穴だらけじゃないか。早希が話せるのは俺とあやめちゃんだけ。その彼は沙月さんとしか話せない。となるとこの話、詰んでないか」
「信也くんに話してもらおう!」
「やっぱりそうなるのか」
「……駄目?」
「いや、駄目ってことはないけど……まあでも、昨日会ったばかりなんだ。まずは仲良くなるところからだな」
「そうだね、頑張るよ」
「俺のことは気にしなくていいから、いつでも行ってきていいんだぞ。それに夜。早希だけじゃなくて、みんな寝る必要がないんなら、会って来てもいいんだからな」
「いいの?」
「早希が自分の世界を広げていく為なんだ。俺も協力しないとな」
「ありがと。理解ある夫で嬉しい」
「それで明日からなんだけど、本当にどこにも行かなくていいのか?」
「うん。この連休は、信也くん充電祭りということで」
「どんな祭りなんだか……でもあやめちゃん、そろそろ来るんじゃないか」
「そうだった忘れてた! 勉強会、準備しないと」
慌てて浮き上がり、テーブルの上を片付け始める。
「洗い物は俺がするから、早希は教科書の用意しておいで」
「ありがと、信也くん」
頬にキスをすると、早希が嬉しそうに信也の頭上をぐるぐる回った。
「ははっ……これ、なんか可愛いな」




