表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/134

074 あなたに会えてよかった

 


「はぁ~」


「あはっ。お姉ちゃん、疲れましたですか」


「まあね。なんか今日は色々と、刺激が強すぎたわ」


「うふふっ。一日でこんなに比翼たちと会ったの、早希ちゃんが初めてかもね」


「純子さんが幽霊ってだけでも驚いたのに、由香里ちゃんに沙月さんに涼音さん。個性豊かな面々にもうお腹いっぱいです」


「うふふふっ、大丈夫よ。早希ちゃんも負けず劣らず個性、強いから」


「そうですか? 私、結構普通だと思ってるんですけど」


「……お姉ちゃん、それはないと思うよ」


「ひっどーい。由香里ちゃんまでそんなこと言うんだー」


「だってお姉ちゃん、沙月さんを見ても怖がらなかったし」


「びっくりはしたよ。でも別に、怖くはなかったかな」


「うふふっ、早希ちゃんに声をかけてよかったわ」


「純子さん。沙月さんのあの姿って、やっぱり」


「ええ。私たちはみんな、想い人によって存在を決められるの」


「どうしてゾンビなんかに……いくらなんでも酷すぎませんか」


「そうよね。私も初めて会った時は驚いたわ。でも沙月ちゃん、あんな姿だけど優しい子なのよ。あの話し方だって、今の姿になってからなんだと思う。最初の頃は時々敬語が混じって面白かったんだから。

 沙月ちゃんね、涼音ちゃんととても仲がいいの。自分と同じように、想い人にあんな姿に変えられてしまったから。私は生前のままだし、由香里ちゃんは実体がないけど、面影は残ってる。でもあの二人は違う。涼音ちゃんは存在自体を否定された。そして沙月ちゃんはあの通り」


「……」


「涼音ちゃんから聞いたんだけど、沙月ちゃん、彼氏さんと大恋愛だったらしいの。彼氏はとても優しくて、沙月ちゃんのことを本当に大切にしてた。愛してた……でも沙月ちゃんが戻って来た時、信じられないくらい怯えたらしいの。怖いものが苦手みたいで、ホラー映画とか観たら一人でトイレにも行けない人なんだって。だから沙月ちゃんを見た時、泣きながら逃げたそうよ」


「そんな……いくら怖がりだって言っても、相手は恋人だった人なんですよ。ゾンビにするなんて酷すぎます」


「大好きで大好きで、もう一度会いたい、そう思って戻って来たのに、想い人は自分を拒絶してゾンビにした。裏切られたって思ったそうよ。

 だから沙月ちゃんは恋愛を、人を憎んでる。彼を信じて戻って来たのに、あんな姿になって彷徨(さまよ)うことになってしまった……こんなことなら、好きにならなければよかった。愛さなければよかった、そう後悔した。

 沙月ちゃんは早希ちゃんのことが嫌いな訳じゃない。むしろ同じ比翼として受け入れようとしてる。だからこそ、早希ちゃんが今も旦那さんを愛してることが許せないんだと思う。早希ちゃんもいつか裏切られて絶望する、そう思ってるから」


「……」


 純子の言葉。

 早希にはどれも聞いたことのあるものだった。

 そしてそれは、早希にある決意をさせた。


「早希ちゃんはどう思う?」


「……私は」


 そう言って顔を上げた早希の瞳に、純子が思わず息を呑んだ。


 ――強い強い意志を持った、その瞳に。


「今の話を聞いて思ったことはひとつです。沙月さん、かつての信也くんと同じことを言ってます。

 信也くんもそうでした。お父さんに裏切られて、大切な思い出も失って。大切な人もたくさん無くしてしまった……信也くん、私が片想いだった頃によく言ってました。人を信じれば裏切られる、だから俺は誰も信じないって。

 でも私は諦めませんでした。なぜなら信也くん、心のどこかでまだ、人を信じる気持ちを持ってたから。だから私、頑張りました。どれだけ信也くんが嫌がっても、拒絶されても諦めませんでした。

 沙月さんも同じだと思います。沙月さんはきっと優しくて温かい人。面倒見がよくてちょっと寂しがり屋さん。だから私、沙月さんのこと、好きです」


「お姉ちゃん、すごいです」


「うふふっ。やっぱり早希ちゃんを連れてきてよかったわ」


「そうですか?」


「早希ちゃんが来てくれたことで、この比翼荘がどう変わっていくか。楽しみだわ」


「私も楽しみです。あはっ」


「とにかく純子さん、由香里ちゃん。これからよろしくお願いします」


「はいです。お姉ちゃん、こちらこそよろしくお願いしますです」


「ここはいつ来ても大丈夫だから。気軽に来てちょうだい」


「分かりました!」


 笑顔の早希を見て、純子も嬉しそうに微笑んだ。





「やばいやばいやばい、信也くん、もう帰ってるよね」


 全速力でマンションに戻る。


「ただいま! ごめんね、遅くなっちゃった」


「おう、おかえり。散歩でもしてたのか」


「え……」


 中に入ると、味噌汁の匂いがした。


「……信也くん?」


「今出来たところだから、座って待ってろよ。久しぶりにあれ、作ってみたから」


「あれって何を」


「ふっふっふ、ハンバーグ様」


「ええええっ? 信也くん、ハンバーグ作ってくれたの?」


「いつも早希にばっか作ってもらってるからな、たまにはいいだろ。とりあえず手、洗っておいで。幽霊でも病気になるかもしれないし、健康管理はちゃんとしないとな」


 そう言って早希の手を取った。


「おいで。一緒に洗お」


 そのぬくもりに、心が揺れる。


「……早希?」


「あ……あれ……」


 早希の目から、ボロボロと涙がこぼれる。


「どうしたどうした、外で何かあったのか?」


「ううん、違う……違うの……」


 とめどもなく流れる涙。拭えば拭うほどに、早希の中で何かが大きくなっていく。


「おいおい、ほんと大丈夫か?」


 そう言って、信也が頭を撫でる。




 ーーああ、私は幸せだ!




「信也くん!」


 胸に飛び込み、力いっぱい抱き締める。

 そして訳の分からないままに、その感情があふれ出した。


「うわああああああっ!」


 子供のように泣きじゃくる。


「うわああああああっ! うわああああああっ!」


 信也くんの匂い。信也くんのぬくもり、信也くんの笑顔。

 私は本当に幸せだ。

 この人に出会えて、本当によかった。

 このぬくもりがあれば、どんなことにでも耐えていける。

 私はこの人と共に生きていく。

 この人と、ずっとずっと生きていく。


「信也くん、大好き……愛してる……」




「ぷっ……」




「……え?」


「おまっ……お前、その顔……ぷっ……」


「……えええええええっ?」


「すまんすまん、ちょっとタイム……ぷっ……お前、涙でずぶ濡れのアライグマになってるから」


「ア……アライグマ?」


 信也の言葉に涙が止まる。

 感動が一気に冷める。


「……信也くん」


「え? 早希? 早希さん?」


「……っとにもうね……普通笑うかな、この状況で……私ってば、すっごく感動してたのに。台無しだよ、ほんと」


「さ……早希さん? 浮き上がってどうしたのかな。手を洗ってご飯、一緒に食べませんか? 俺、頑張ったんだよ?」


「あのね、信也くん。女の子ってのはほんと、心がガラスみたいに脆くて壊れやすいんだよ。それなのによくも」


「いやいやいやいや、冗談、冗談ですって。なんで泣いてるのか分からないけど、とりあえず慰めた方がいいと思って。それには笑いが一番だろ? つまり今のは、俺の優しさ故の冗談で」


「何が優しさなもんか。さっきの涙、返してもらうからね」


 一気に浮かび上がり、箪笥の上のハリセンをつかむ。


「お、おまっ! そこにも隠してやがったのかよ、この前全部撤去したと思ってたのに」


「私、自宅警備員ですから。作る時間はたっぷりあるんです」


「ひ、ひいぃっ!」


「どこに行くのかな、信也くん」


「ひえええええっ!」


「いっつもいっつも、デリカシーのないことばっか言って! 今日という今日は、絶対許さないんだからっ!」





 逃げる信也と追いかける早希。

 いつの間にか、早希は笑顔になっていた。


 今日、比翼たちと出会った。

 想い人に拒絶され、彷徨(さまよ)い続ける彼女たち。

 でも信也くんは違う。

 私の全てを受け入れ、包み込んでくれる。

 本当に、私の想い人は変な人だ。

 でも……私は今、本当に幸せだ。

 ありがとう、信也くん。

 あなたに出会えて、本当によかった。


「信也くん……愛してる! 愛してるっ!」


「待て待て待て待て、そんな愛はやめてくれと何度も」


「愛してるよ、信也くんっ!」


 そう言って、力の限りハリセンを振り下ろした。


「ひえええええっ!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ