069 勧誘
「この辺りにも幽霊はいるって、あやめちゃんから聞いてはいましたけど、まさか出会えるなんて……しかも純子さんが」
「私はここで、あなたの様な人たちのお世話をしているの」
「他にもいるんですか、私みたいな人が」
「ええ。でもみんな自由に生活してて、いつも一緒って訳じゃない。私はみんなが集まれる場所として、家を提供してるの」
「家って、純子さんの家ですか?」
「ここからすぐよ。近所の人から幽霊屋敷って呼ばれるぐらい古いお屋敷でね、おかげで誰も近寄ろうとしない。だから住むのに好都合なの」
「そんなお屋敷が、こんな都会に?」
「都会って言っても、この辺にはまだ古い家並みが多く残ってるのよ。以前、早希ちゃんの旦那さんが住んでた場所みたいに」
「確かに……あそこもとても、21世紀とは思えなかった」
「私の家を見ても多分、同じことを言うと思うわ」
「……純子さんが幽霊だってことは分かりました。でも私、以前純子さんとお会いしましたよね。そしてお話もしました」
「そうね」
「でも私には、あやめちゃんみたいな霊感はなかったと思います。なのにどうしてあの時、純子さんが見えたんですか」
「私たちにはね、もうすぐお迎えが来る人のことが分かっちゃうの」
「……」
「そしてその日が近付いてきた人の中には、私たちのことが見えるようになる人がいるの」
「じゃああの時、私がもうすぐ死ぬって分かってたんですね」
「ええ。でもそのことを伝えることは出来ないの。何故かは分からない。でも……言っちゃ駄目ってことだけは分かる。だからせめて残りの時間、悔いのないように生きてほしい。そう思ってお節介を焼いたの」
「そうだったんですね」
「ごめんね」
「あの時の私、入籍したばっかりで舞い上がってました。純子さんの話も、ちゃんと聞けてなかったと思います。でも……信也くんとの時間を大切にしないといけない、そんな思いが強くなったのだけは覚えてます。
考えてみたら最後の日、信也くんが出かける時、離れたくないって気持ちがどこかにありました。だから何度も何度もキスして、信也くんが行かないようにしてた気がします……多分あの時、純子さんの言葉を魂が思い出したんだ、そう思います」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ。お節介おばさんも、ちょっとは役に立てたのかなって」
「おばさんって……純子さん、私とそんなに変わらないですよね」
「ふふっ、ありがとう。でもね、私の歳を聞いたら早希ちゃん、びっくりすると思うわよ」
「そうなんですか」
「だって私たち、ずっとこの姿のままなんだから」
「……えええええっ? じゃあ私、これから死ぬまで……じゃないか、消えるまで、ずっとこのままなんですか」
「そうよ。旦那さんが歳を取っていっても、あなたはその姿のまま」
「信也くんと一緒に、歳を取っていけないんだ……」
「ショックだったかしら。ごめんね」
「……いえ、物は考えようです。信也くんがおじさんになっても、ずっと若いままで傍にいれる。信也くんにとってはご褒美のはず。よし、浮気の心配が少し減った」
「ふ……ふふふっ」
「純子さん?」
「ごめんなさい、でも、ふふっ……あなたって本当、面白い子ね」
「そうですか?」
「今までたくさんお節介を焼いてきたけど、あなたみたいに全部前向きに取る子、いなかったもの」
「私、悩むのが得意じゃないんです。それに悩んでも変わらないなら、受け入れて楽しくやろうって思ってて……あ、これ、信也くんにかなり影響されてるかも」
「いい旦那さんみたいね」
「はい。自慢の旦那様です」
「あなたの存在も、受け入れてくれてるのね」
「はい。見たものは全部信じる、とか言ってました」
「一度会ってみたいわね、旦那さんにも」
「……それは出来れば、遠慮していただきたいんですが」
「ふふっ、大丈夫よ。旦那さんには私の姿、見えないから」
「そうなんですか?」
「ええ。旦那さんは、霊感が強くて早希ちゃんが見えてる訳じゃないもの。早希ちゃんが見えるのは、早希ちゃんが旦那さんの為に戻って来たから。だから他の人たちのことは見えないわ」
「なるほど……」
「私たちの姿が見えるのは、その人の想い人だけ。あやめちゃんみたいに感覚の鋭い子もいるけど……でも基本的に、私たちは生きてる人に干渉しない。あやめちゃんもそのことを分かってるから、接触しないようにしてくれてる」
「あやめちゃん、ほんとに凄い子だな」
「そうね。見えてていいことなんか、ひとつもないのに」
「……」
他の人にない力を持ってても、それが幸せとは限らない。
その力のせいで、孤独を感じることもある。
そう言った信也の言葉を思い出した。
「それで早希ちゃん。早希ちゃんをひいた車の人って、どうなったの?」
「私をひいた人ですか?」
「ええ。あの時見ていたんだけど、そのまま早希ちゃんについていったから。運転手のことは分からなくて」
「詳しいことは知らないんですけど、亡くなったみたいです」
「そうなのね……」
「暴走した理由も分からないみたいです。事故の後、奥さんが謝罪に来たみたいなんですけど、50代の人だそうです。
車に異常もなかったし、既往歴も問題なし、薬物とかの使用もなかったようです。だから本当に、何が起こったのか分からないそうで。
信也くん、奥さんに言ったそうです。本人たちは加害者被害者という立場だけど、僕たちは共に伴侶を失った被害者です。だからどうか、あまりお気になさらずに。お大事にって」
「ほんと、いい旦那さんね」
「保険金が入ったら、半額は先方に渡すって言ってました。香典代わりに」
「……そこまで行くと、ちょっとお人好しが過ぎる気もするけど」
「でもそんな信也くんだから、私は好きになったんだと思います」
「似た者同士って訳ね。確かにあなたたち、いい夫婦だわ」
「ありがとうございます。そんな旦那様に巡り合えて、私は幸せです」
「ふふっ……ねえ早希ちゃん、私の家、来てみない? 誰かいると思うから紹介するわ」
「いいんですか?」
「勿論よ。歓迎するわ」
「ありがとうございます。あ、でもその前にもうひとつだけ、聞いてもいいですか」
「何かしら」
「純子さんの話を聞いてて思ったんですけど、この辺りの幽霊って、女の人が多いんですか?」
「どうしてそう思うのかな」
「純子さんの話から、男の人の姿が見えてこなかったんです。みんな、女の人にしか思えなくて」
「頭、いいのね。早希ちゃんの言う通りよ。多いと言うか、女の人しかいないわ」
「女の人だけ……」
「ひょっとしたら、男の人もいるのかもしれない。でも私たちには見えない、そんな気がするの」
「私たちにも見えない幽霊……」
「この姿になってからの長い時間、私は男の幽霊を見たことがないから」
「……」
「でも、それっておかしいわよね。この辺りだけでも、結構な数の幽霊がいる。と言うことは、男の人がいても不思議じゃない。でも一人もいない。
推測だけど、私たちには認識出来ないようになっているんだと思う。そして男の人たちも、私たちを認識出来ない。そう思ってるの」
「そういうルールなんでしょうか。幽霊同士の恋愛防止の為とか」
「そうかもね。私たちは想い人の為に戻って来た。なのに幽霊同士が惹かれ合ったら、ややこしくなっちゃう」
「ちょっと想像したくないかも……幽霊同士の不倫なんて」
「ふふっ、そうね。じゃあ行きましょうか」
「はい……と言いたいところですが、その前に着替えてきてもいいですか?」
「あら、そうだった。その格好じゃ先輩たちにも笑われちゃうわね」
「最初が肝心ですから。スーツの方がいいですかね」
「面接じゃないんだから……ふふっ、ほんとに早希ちゃん、面白い」
「じゃ、ちょっとだけ待っててください。ダッシュで着替えてきますから」
そう言うと早希は浮かび上がり、部屋に向かって一直線に飛んで行った。




