064 懺悔
コタツを囲む三人。
この数日、何度も望んだ光景だった。
信也は感慨深そうに二人を見つめ、微笑んだ。
勉強会、いつから再開しようか。そう言いそうになったのだが、その前に信也には、あやめに聞きたいことがあった。
これまでずっと、気になっていたことだ。
「改めて聞くけど、あやめちゃんには早希が見えていて、声も聞こえるんだよね」
「うん」
「あやめちゃんが家に来たのって、分かってたからだよね。早希がいるのを」
「昨日お兄さんが出かけてる時、早希さんが入っていくの、見たから」
「あやめちゃん、あの時見てたんだ」
「だから今、お姉ちゃんも一緒に行くって言ったんだけど、家で待たせることにした。先に私、お兄さんと早希さんに話したいことがあったから」
「話したいこと、か……」
「私がずっと隠してたこと。そのせいで私、お兄さんと早希さんに辛い思いをさせてしまったから……謝らないといけないと思って」
「まず言っておくけど」
真剣な眼差しをあやめに注ぐ。
「何を話すのか分からないけど、あやめちゃんが謝ることなんて何もないから。この前も言ったろ? あやめちゃんは何も悪くない」
「お兄さん……」
「そうそう。私も信也くんと一緒だよ」
「早希さん……ごめん……ごめんなさい……」
あやめが再びうつむき、肩を震わせた。
「私……早希さんの様な存在が見えるの」
「幽霊とか、霊魂みたいなやつ?」
「うん、そう……子供の頃から見えてた」
「それって俗に言う、霊感が強いってやつなのかな」
「そんな感じでいいと思う。この辺りにも結構いる」
「マジか……でもそれって、あまり気分のいいもんじゃないよな」
「私にとっては普通のことだから。生きてる人と幽霊との区別も出来てるし、特に問題ない」
「でも自分にしか見えないって……ある意味孤独だよな」
「お兄さん?」
「だってそうだろ? 誰にも語れない、誰にも理解されない能力なんて、持ってても辛いと思う。それって孤独だよ」
「お兄さん、やっぱり好き」
「あーっ! あやめちゃん、どさくさで信也くんに抱き着かないで! 信也くんも、鼻の下伸ばさないの!」
「伸びてねーよ」
「何言ってるのよ、こーんなに伸ばして、みっともない顔でデレデレして」
「してねーって」
「ふふっ」
「……あやめちゃん?」
「早希さん、幽霊になっても変わらない」
「当然。私は信也くんの正妻ですから」
「でもなんか、嬉しい」
座り直し、早希に向き合う。
「だからこそ、早希さんに触れられないのは辛い」
「ごめんね。私に触れられるの、信也くんだけみたいだから」
「謝るのは私の方」
「だからあやめちゃん」
「聞いて、お兄さん。私、前に言ったと思う。人は、自分にない物を持ってる人のことを怖がるって」
「言ってたね」
「それ、このことだけじゃないの」
「他にもあるの?」
「うん。それが私が……学校で無視された理由」
「それって、話していいのかな。無理に話さなくてもいいんだよ」
「いいの。これ以上隠したくない。もっと早く言ってたら、ひょっとしたら違う未来になってたかもしれない……これを言わないと私、お兄さんたちと一緒にいれない」
「……分かった。聞くよ」
「私、寿命が見えるの」
「寿命……」
「授業参観の時、クラスメイトのお母さんを見て初めて感じたの。だから私、その子に言ったの。『具合悪そうだから、病院に連れていってあげたら?』って。でもその子、怒ってしまって。周りに言いふらして、それから私のことをいじめるようになった。仕方ないよね。親のことをいきなりそんな風に言われたんだから。
それから一か月ぐらいして、お母さん、急に倒れてそのまま……それからその子たち、私のことを避けるようになった。私のせいでお母さんが死んだ、あいつは死神だって」
「……」
「どうして分かるのか、言葉で伝えるのは難しい。感覚、みたいなものだから」
「だから初めて私を見た時、驚いたんだ」
「ごめんなさい……私、学校でのことがあったから、もう誰にも言わないって決めてたの」
肩を震わせるあやめを、信也が優しく抱き締めた。
「あやめちゃん。何度でも言うけど、あやめちゃんは悪くないよ。俺も早希も、あやめちゃんのことが大好きだから」
「私……このことを伝えて、それでお兄さんや早希さんが離れていってしまうのが怖くて……怖かったから……」
「分かってる、分かってるよ。見えなくていいものが見えてしまう。あやめちゃん、辛かったな。苦しかったな。今までよく頑張ったね」
「ごめん……ごめんなさい、お兄さん……早希さん……」
「ありがとう、あやめちゃん」
「落ち着いた?」
「うん……ごめんなさい」
「まーたまたまたあやめちゃん。今日何回謝ってるの? 私も信也くんも、何にも思ってないって言ってるのに」
「ごめ……」
「んー?」
「あ、その……うん……」
「ふふっ。それであやめちゃん、寿命ってどれくらい分かるものなの?」
「私の感覚だから難しいんだけど……残り一年ぐらいからだと思う」
「摂津峡からだと……ちょうど一年弱かぁ」
「だからあの時は確信がなかった。でもここでまた出会って、やっぱり間違いじゃないって思って」
「で、あの日なのかな」
「そう、入籍の日……前の日まではあまり変わってなかったのに……」
「うーん……死亡フラグが発動したって訳かぁ。幸せ一直線だったもんね」
「早希。聞いててちょっと辛いから、その例えはやめてくれ」
「あ……ごめんなさい」
「だからあやめちゃん、俺に早希を守らせようとしたんだ」
「……ずっと悩んでた。寿命のことを伝えようかって……でもその度に学校のことを思い出して、勇気が出なかった……だから変な理由で誤魔化した」
「確かにあれは、無理あったよな」
「早希さんが人間ドックで検査したのは聞いてたから。考えられるのは天災、事故、犯罪……だからお兄さんに守ってほしい、そう思ったの。もしかしたら、ひょっとしたら防げるかもしれない、そんな期待をしてた。
でもあの日、熱が出ちゃって……あれも早希さんが事故に会う、ひとつの流れだったのかもしれない」
信也があやめの頭を撫でる。
「お兄さん……」
「俺の知らないところで、色々悩んでくれてたんだね。ありがとう」
「でも……結局早希さんを救えなかった」
「私はここにいるよ」
早希が親指を立てて笑う。
「……戻って来てくれたのは嬉しい。でも早希さん、お兄さんと私にしか見えない」
「私は嬉しいよ」
「早希さん……」
「だって、信也くんだけだって思ってたから。それなのに、あやめちゃんともこうして話せる。そりゃまあ、触れられたらもっと嬉しいんだけど。
あやめちゃん。例えあやめちゃんが本当のことを話してたとしても、多分私はこうなってたと思うよ。これが運命、私の寿命だったんだよ。
だからそんなに思いつめないで。それよりも今、こうして再会出来たことを喜ぼうよ」
「今までずっと、一人で辛かったね。気付いてあげられなくてごめんね」
「そんなこと……」
「いやほんと。今まで俺、自分ほど不幸なやつはいないって思ってた。何やってもうまくいかないし、裏目裏目に出るし親父にも捨てられるし。
でもあやめちゃんの話を聞いて。早希の過去に触れて。自分は何て幸せだったんだろう、何で気付かなかったんだろう、そう思った。昔の自分、殴りたくなったよ」
「信也くん、叔父さんのところにも行ってくれたもんね」
「ごめんな、勝手なことして」
「ううん、私の為に行ってくれたんでしょ。嬉しかったよ」
「みんな大なり小なり、辛いことや哀しいことを抱えてる。だからこうやって、みんなで支え合って、強くなっていくんだと思う。
あやめちゃんのことを聞けて、またあやめちゃんのことを知れた。前よりあやめちゃんのことを好きになった。勿論、早希のこともね」
「そこで私も出すところが信也くんらしい。突っ込む余地を与えなかったね」
「当然。突っ込んでくるのが分かってたからな」
「ひっどーい」
「はははっ」
「ふふっ」
「あやめちゃん、それでいいかな」
「うん。ありがとうお兄さん、早希さん。話せてなんか……すっきりした」
「あやめちゃんのそれって、さくらさんも知ってるのかな」
「話したことはあるけど、お姉ちゃんは天然だから。よく分かってなかった」
「そっか。じゃあさくらさんの前では、早希はいないってことの方がいいんだよな」
「お姉ちゃんには見えない訳だし。言っても混乱するだけだと思う」
「分かった」
「じゃあ、お姉ちゃん待ってるから。そろそろ呼ぶね」
「了解。俺もちょっと、モード切り替えるよ」
「どういうこと?」
「だってさくらさんからしたら、俺は妻を亡くしたばかりの男なんだ。へらへらしてたらおかしいだろ」
「なるほどなるほど……じゃあ神妙なモードに切り替えね」
「ああ。さくらさんを騙してるみたいで悪いけど、仕方ない」
「分かった。私も気を付けておくね」
「頼むぞ」




