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131 比翼と想い人

 


「お前の決めたこと、んなもんクソ食らえだ! 俺も比翼として、お前にはっきり言わせてもらう! なんでそんな自己犠牲に、俺まで付き合わなくちゃいけないんだよ! うんざりなんだよ、そういうのは!

 いいか、俺らは夫婦なんだ。片方の気持ちだけでどうこうなるってのは卒業したんだ。まして俺らは比翼、気持ちがひとつにならねえと、飛ぶことも出来ねえだろうが!」


「だって……私は信也くんの幸せを」


「だからそれが馬鹿だっつってるんだよ! 俺の幸せ、お前の物差しで測ってんじゃねえよ! 大体お前、俺が忘れられなくてここに戻ってきたんだろうが! そのお前が俺のこと、本当に忘れられるのか!

 俺は忘れられないね。そこまで想ってくれる女と、なんで別れなきゃなんねえんだよ! 想い人、舐めるんじゃねえぞ!」


 早希の目に、涙が溢れる。


「これからのお前のことを言ってやろうか? お前はきっと、比翼荘の為に毎日頑張るんだろう。それはそれで人生の目標になって、楽しい毎日になるんだろう。

 でもな、お前みたいなやつは純子さんと同じなんだよ。俺がここで秋葉と家庭を持って、穏やかに楽しく暮らしていく。その俺たちの姿を、お前は消えるその日まで、陰から見守り続ける。そんなこと、俺が許すと思ってんのか!」


「信也……くん……」


「安っぽい映画の受け売りか? 幽霊と幸せになんてなれない、私は彼の幸せを願い、身を引いて、彼が昔から好きだった人と結ばせてあげる。これから私は、陰から二人の幸せを見守るんだ、そんな風に思ってたんだろ馬鹿か! そんな訳の分からんテンプレ知るか! 筋書通りになんかいかせてやるか!」


「ひっ……ひっ……」


 涙が止まらない。

 早希が子供のように泣きじゃくり、信也を見つめる。


「お前の意思はどこにあるんだよ! 俺が知りたいのはそれだけだ! 俺の為とか、幽霊がどうとか、そんなのどうでもいいんだよ! お前はどうしたいんだ! お前が望んでるのは何だ! それを聞かせろ紀崎早希!」


「わあああああああっ! わあああああああっ!」


「例え不幸になるとしても、それが何なんだよ! そんなもん、その時どうにかすればいいだろ! なんでそんな、まだ来てもないことで今の幸せ捨てなきゃいけないんだよ!

 ――もっぺん言うぞ、耳の穴かっぽじってよく聞け!

 俺はお前が好きだ! 俺が傍にいて欲しいのはお前だ! お前の笑顔が好きだ! 泥狸みたいな泣き顔が好きだ! 子供っぽくおねだりするところが好きだ! キスをせがむ顔が好きだ! 俺に隠れてせっせとハリセン作ってる、そんな悪ガキみたいな所が好きだ! 自分のことより俺の幸せを優先する、そんな優しい所が好きだ!

 どうだ早希! これがお前が惚れた男、お前の想い人、紀崎信也だ!」


「わあああああああっ!」


 早希が信也の胸に飛び込んだ。


「信也くん……信也くん信也くん信也くん」


「そうだぞ、お前の信也くんはここだぞ」


「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……私、信也くんにいっぱいひどいこと言った……いっぱい悲しませた、寂しい思いをさせた」


「そうだな。なんつっても、お前から言い出した毎日のキスの約束、破ったもんな」


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「夫婦に隠し事はなしって言ってたのに、勝手に暴走して、勝手に人の心を決めて」


「わあああああっ」


「で? どうする? ここで映画みたいにキス、しとくか?」


 答えるより先に、信也に唇を押し付けた。

 信也の唇をむさぼり、舌を絡める。信也も髪を荒々しくかきむしり、早希を求める。

 お互い、息が続かなくなっても求め合い、抱き締め合い、そのまま床に倒れこんだ。

 上になった早希が唇を離し、信也を見つめる。愛おしそうに頬を撫で、そして再び唇を押し付けた。


「信也くん……信也くん信也くん信也くん!」


「早希……早希!」


 涙を流しながらながら二人、互いの名を何度も呼び合った。


 雨はやんでいた。

 ベランダから差し込む夕陽が、抱き合う二人を照らしていた。






「疲れ……た……」


「はぁ……はぁ……」


 二人が水浸しのリビングで、大の字になって寝そべっていた。


「キスが……こんなに疲れるとは思わなかった……」


「わたっ、私も……ゴホッ……し、死ぬかと思った……」


「でも、このまま死ぬってのも、ある意味幸せかもな」


「えー、駄目だよそんなのー。私たち、これから幸せになるんだから」


「そうだな、そうだった。でないと今の喧嘩、全部無駄になっちまうもんな」


「うん……」


 顔を見合わせ、笑った。


「これからどうする?」


「まずは……このリビングの惨状、なんとかしないとな」


「そうだね。早くしないとフローリング、やばいかも」


「まあ、そうなったら張り替えるさ」


「自分で?」


「早希も手伝ってくれるよな」


「勿論」


「でも……その前に」


 そう言って立ち上がると、信也がベランダの窓を開けた。


「どうしたの、信也くん」


「みんなに報告しないとな」


「……え?」





「お兄さん……遅い」


 比翼荘。

 縁側でマンションの方角を見つめ、あやめが小さく息を吐く。


「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、まだ喧嘩中でしょうか」


「心配……ですよね……」


「なんだなんだ。揃いも揃って景気悪い顔しやがって」


「……そういう沙月さんも、さっきからウロウロしすぎ。気が散る」


「なっ……お前には言われたかねえよ。お前だって、庭に降りたり座ったり、全然落ち着いてねえじゃねえか」


「あ……あの、沙月ちゃん、喧嘩は……」


「あはっ、大丈夫ですよ涼音さん。この二人、なんだかんだで気が合ってるみたいですから」


「そんなことない」


「ちっ、こっちのセリフだ」


 その時だった。




 パアアアアアアン……




 雨上がりの空に、何発も花火が打ち上がった。


「お兄さん、グッジョブ」


「やりやがったな、シン」


「あはっ、季節外れの幸せ花火です」


「じゃあ……みんなで」


「ああ、シンの家に突撃だ!」





「今の何?」


 ベランダから川に向かい、何発かの花火を打ち上げた信也に早希が聞いた。


「仲直り成功の合図」


「え?」


「昨日の夜、沙月さんに言っておいたんだ。もし仲直り出来なかったら、ロケット花火を一発。仲直り成功なら10発打ち上げるって」


「沙月さんに」


「ああ。と言うか、あやめちゃんたちも来ると思うよ。みんなに待っててくれって言っておいたから」


「……じゃあ、みんなが私にさっさと行けって言ってたのって」


「ああ。全部分かった上で言ってたんだよ」


「そんなぁ……」


 早希がその場に、へなへなと座り込んだ。


「はははっ、まあいいじゃないか。さ、みんなが来たら掃除して、その後で比翼荘に行くぞ。今日はクリスマスパーティだからな」


「え? え? 私の知らない所で、そんな話になってたの?」


「ああ。ツリーも買っておいたから」


「うう~、みんなひどい。管理人の私に黙って」


「はははっ、俺も管理人なんでな」


「あ、そうか。そうだった」


「じゃあ早希、ほら」


 信也が早希に手を伸ばす。早希は笑顔でその手を握り、ゆっくりと立ち上がった。


「これからもよろしくな、俺の可愛い比翼」


「これからもよろしく……私の想い人」


 そう言って、もう一度唇を重ねた。




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