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126 昔のように

 


 12月21日。

 待ち合わせ場所で、秋葉の姿に驚いた。

 梅田の街はクリスマス一色。流石の信也も少しましな服装にしたのだが、現れた秋葉は信也の知る秋葉ではなかった。

 秋葉がズボンを履いている。

 そして自分が着ても問題ないような、黒のダウンジャケットをはおっていた。

 お人形さんみたいなやつ。そう思っていた愛くるしい面影が、完全に消えていた。


「お待たせ、信也」


「お、おう……と言うか秋葉、その格好」


「変……かな」


「いやいやいやいや、変じゃない変じゃない。大丈夫だぞ、秋葉は何着ても可愛いいから」


「その言い方、変って言ってるのと同じだよ」


「……すまん、テンパった」


「何よそれ、ふふっ」


「お前がズボンなんか履いてくるからだろ。長い付き合いだけど、ほとんど見たことないぞ」


「そう? 学生だったし、制服が多かったからじゃないかな」


「にしても、もうちょっとめかし込んでくると思ったぞ」


「クリスマスだし?」


「あ、いや……まあ、そうなんだけど」


「ふふっ。信也が照れてるところ、久しぶりに見た」


「うっせえ」


「私、最近はいつもこんな感じだよ。会社もこれで行ってるし」


「そうなのか」


「うん。早希さんが亡くなった時だって、会社から直接だったから、似たような格好してたと思うよ」


「そう言えばそうだったか……それとあの時か、遊歩道で会った時」


「うん。職場にはなるべくラフな格好で行ってるの。信也はこんな格好、嫌?」


「いや、むしろ俺好みだ」


「本当!」


「ああ。大体俺自体、服に興味もない訳だし。いくら気合い入れられても、正直よく分からん。それよりいつものお人形さんみたいな恰好の方が、汚さないかと気になって疲れる」


「信也らしいね、ふふっ」


「それにその帽子も、かなりポイント高いぞ」


「あ、これ? これはね、好きなキャラのやつと同じデザインなんだよ」


 そう言って少し大きめのキャップを撫で、微笑んだ。


「キャラ……?」





 明らかにいつもと違っていた。

 秋葉が信也の手を取り、梅田の街を楽しそうに歩いている。

 いつもなら信也の後をついて来て、行きたい所を口にすることもない。全て信也に任せ、そして嬉しそうに笑っていた。

 その秋葉が、信也を引っ張ってはしゃいでいる。

 秋葉が何を思っているのかは分からない。ただ信也は、こんなに自然に笑う秋葉が見れて嬉しかった。





「なんだよお前、やっぱり我慢してたんじゃないか」


「え?」


 ファストフード店でハンバーガーを頬張りながら、信也が嬉しそうに話す。


「どういうこと?」


「俺と一緒に遊んでても、何を聞いても俺に任せるって言ってただろ? だから俺、お前には好きなことがないんじゃないかと思ってた。まあそれでも、連れて行った場所で楽しんでたから、それでもいいかって思ってた。

 でもな、俺もお前がしたいこと、興味あることが知りたいって思ってたんだぞ」


「そう、なんだ、ふふっ。じゃあもっと我儘、言えばよかったね」


「この店にしてもそうだろ」


「どうして?」


「俺はこんな感じで飯を済ませるけど、お前を連れて来る発想にはならなかった。なのに今日は、お前の方からここでいいって言って」


「私は梅田に来たら、いつもここだよ」


「マジか」


「うん。だって安いし、時間も早く済むから。時間もお金も、メインでしっかりかけたいし」


「メインって何だ?」


「私がいつも行ってる所。ついて来てくれるかな」


「勿論。あー、何か今日は楽しいぞ。お前も生き生きしてるし」


「じゃあ早く食べよ」


「ああ」


 こんな秋葉を見るのは久しぶりだった。特にこの10年は、お互い過去のことが頭をよぎり、一緒になって笑うこともなかった。

 そう思うと信也も嬉しくて、もっと秋葉のことを知りたい、秋葉の好きな場所に行ってみたい、そう思うのだった。


「楽しみだ、お前がどこに連れていってくれるのか」





「えーっと……秋葉さん?」


「どうかした?」


「秋葉さんが行きたい所に行くんですよね」


「うん、そう。ここだよ」


「……マジですか」


 秋葉に連れられて来た場所。それは商店街の中にある、漫画アニメの専門店だった。

 高価な古本やアニメの円盤、おもちゃ等が数多く販売されてる店。秋葉のイメージの対極と言っていいその店の前で、信也は苦笑するしかなかった。


「ちょっと待ってね」


 そう言うと、秋葉は背負っていたリュックから眼鏡を取り出した。


「秋葉って、視力悪かったっけ」


「ちょっとだけね。普段はかけなくても全然いいレベルだよ。でもこの店に入る時は私、必ずつけてるの」


「なんでまた」


「モードチェンジ、かな。それに掘り出し物を見落とすのも嫌だし」


 そう言って赤縁の眼鏡をかけ、にっこりと笑った。

 それは信也の知らない笑顔だった。その笑顔に魅了され、信也の胸は高鳴った。


「行こう。こっちだよ」


 秋葉が信也の手を取り、3階への直通エスカレーターに乗った。


「これはまた……すごい所だな」


 店内には、所狭しと様々なグッズが展示されていた。

 円盤、おもちゃ、コスプレ衣装。ポスターや、お菓子のおまけシールまで販売している。

 細い通路を迷うことなく歩いていき、お目当ての場所で何度も足を止め、商品を手に取る。

 秋葉の目が爛々と輝く。そしていつの間にか、信也と来ていることを忘れたかの様に、フリーダムに動きだした。

 初めて見る秋葉の一面に苦笑しながら、信也も自分のペースで店内を見て回った。





「ごめんなさい……信也と来てること、完全に忘れてた」


 一時間ほどして店を出た秋葉が、そう言って何度も何度も頭を下げた。


「いいっていいって。楽しかったんだろ? だったら俺も嬉しいから」


「でも……ああ、やっぱり早かったかな。信也とここに来るの」


「どういうことだ?」


「私のこと……変に思ったでしょ」


「どうして」


「だって……こんな趣味があること、信也に言ってなかったし」


「楽しかったから大丈夫だよ。しかし何だな、秋葉にこんな秘密があったとは」


「恥ずかしい……」


「いやいや、いい意味だから安心しろ。なんかこう、子供の頃の秋葉を見てたって感じで嬉しかった」


「子供の頃って」


「秋葉って、昔から大人しかったろ? でも今思えば、アニメを観たり漫画を読んでる時は生き生きしてた。お前の部屋にも中学ぐらいから入ってなかったし、こういうのを見ることもなかったんだろうな」


「だって……こんな趣味、信也に知られたら嫌がられると思って」


「なんでだよ……てか、そうか! だからお前、自分の部屋に入れるの嫌がってたんだな。てっきり思春期だからだって思ってたけど、実は部屋の中、とんでもないことになってるんだろ」


「うう~、あんまり言わないで」


「はははっ、いいじゃないか。誰に迷惑かけてる訳でもなし、お前がそれで楽しいんなら、俺も嬉しいよ」


「本当?」


「ああ。それに何だ、やっと意味が分かったよ。その帽子」


「あ、うん。これ、私の推しキャラがかぶってるんだ」


「……よく分からん日本語だが、まあいい。とにかく今日はいい日だよ。お前のこと、こんなにいっぱい知れて」


「……ありがとう、信也」


 そう言って帽子を深くかぶり、秋葉が照れくさそうに笑った。




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