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ずっとずっと【改稿版】  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第4章 過去と未来と
114/134

114 比翼たちの運命

 


「いなくなるって……」


 純子は布団の上に正座し、皆を見渡した。


「言葉の通りよ。私、もうすぐこの世界から消えるの」


「それって」


 信也が静かに口を開く。


「かなり前から……分かってましたよね」


 純子は驚いた表情を見せたが、やがて小さくうなずくと笑顔を浮かべた。


「信也さんは……騙せなかったみたいね」


「確証はなかったです。だから誰にも言えませんでした」


「いつから気付いていたのかしら」


「きっかけは、純子さんが台所で湯飲みを割った時です」


「そう……誤魔化せなかったのね」


「あの頃から純子さん、分かってたんじゃないんですか」


「……もう少し前から、そうなんじゃないかとは思ってた。でもあの時、透けた自分の手を見て……確信したの」


「ちょっと待ってくれよ純子さん。分かんねえよ、いなくなるって何だよ」


「沙月ちゃん、落ち着いて。今から私が言うこと、よく聞いてほしいの。これはみんなにも関係あることだから」


「……」


「私たち幽霊にも、寿命はあるの」


「寿命……」


「元の姿に戻ったあの時。沙月ちゃんはこれで成仏するんだって思ったわよね」


「……はい」


「でもしなかった。そうよね、もしあの時成仏出来てたなら、私みたいに想い人に認められた存在は、とっくに成仏出来ているはずだから」


「じゃあ……どうやって」


「私にも、何となくって感じでしか分からないの。でもおそらく、私たちの運命はこうなんだと思う」


「……」




「私たちの最後。それは想い人が死ぬ時よ」




「想い人の……」


「死……」


「私たち比翼は、想い人の為にこの世界に戻って来た。でも、それを受け入れてもらえるかどうかは分からない。

 私や早希ちゃんは、本当に恵まれた存在なんだと思う。ほとんどはみんなみたいに、存在を否定されてこの世界を彷徨(さまよ)うことになる」


「……」


「私たちは想い人の傍にいたい、そう願いこの世界に戻ってきた。いくら後悔しようとも、その決断が覆ることはない。そのことは、あなたたちが一番よく分かってるはず」


「……はい」


「じゃあ、私たちがこの世界に、なぜまだ存在しているのか。それは……想い人がこの世界にいるからなの。

 私が名付けたこの家、比翼荘……私たちは比翼の鳥なの。この世界に戻ると決めたその時から、望む望まないに関わらず、私たちは想い人と運命を共にする存在になったの」


「じゃあ……純子さんの想い人は」


「山川道治。ここの大家さんよ」


「山川って……ひょっとして、俺の前の家の大家さん」


「そうね。信也さんが以前住んでた文化住宅、あれもハルちゃんの持ち物ね」


「ハルちゃん?」


「ええ、ハルちゃん。あれ、おかしかったかしら」


「いや、その……純子さんの口からってのもあるんですけど、あの爺さん……失礼、あの人の雰囲気と全然合わないネーミングなので」


「うふふふっ、そうね……あの人ね、本当はすごく気の弱い人なの。それでいつも、私が代わりに仕事をしてた。でも私がいなくなってからあの人、これ以上私に心配かける訳にはいかない、これからは一人で頑張っていくんだ、そんな風に思ったみたいなの。

 あれから50年、大変だったと思う。人と話すのも、本当は怖くて怖くて仕方ないのに、それでも頑張って……その積み重ねが、あんな怖い顔になっちゃったんだと思う」


「そうなんですね」


「ハルちゃんも、ハルちゃんなりに頑張ったの。顔の皺、ひとつひとつにあの人の人生が刻まれてるの」


「……素晴らしいです」


「ハルちゃん、去年の暮れぐらいから体調を崩していてね、ずっと入院してたの。でも一週間ほど前に、急に退院して……あの人、発見された時には末期の癌だったの。病院で出来るのはただの延命処置だけ。それを悟ったハルちゃん、最後は家で死にたい、そう言って無理に退院したの」


「山川さんの容体は」


「多分今夜。あと2~3時間ってところかしら」


「じゃあ俺たち、純子さんとも」


「ええ。お別れよ」


「そんな……嫌だよ純子さん、まだ会ったばかりなのに」


「うふふっ、ありがとう早希ちゃん。でもね、こればかりはどうにもならないことなの。

 私たちは、本当ならとっくの昔に消えていた存在。でも、もう片方の比翼を追い求めて、この世界で生きてこれた。だから私、満足してるの。今、心の中は充足感でいっぱいよ」


「純子さん……」


「でもひとつだけ、心残りがあった。そのことをずっと考えてた。そしてそんな私に、神様が応えてくれた」


「それって」


「この比翼荘のことよ。私が消えてからも、みんながここで笑顔で暮らせるように。それだけが私の願いだった。そして……あなたが来てくれた」


 そう言って、純子が早希の方を向き、深々と頭を下げた。


「早希ちゃん。この比翼荘、守ってもらえないかしら」


「え……純子さん頭、頭上げて」


「私、早希ちゃんと初めて会った時に思ったの。早希ちゃん、あなたはいつも笑顔で、周りのみんなを元気にしてくれる。辛いことや苦しいことがあっても、負けずにいつも前を向いている。そんなあなたならきっと、比翼荘のみんなのこと、守っていける」


「私まだ、ここに来て半年なのに……沙月さんたちの方がずっと」


「いいや早希。純子さんの言う通りだ」


「沙月さん……」


「お前なら出来る。私もお前に、何度も助けられたしな」


「……」


「早希」


 早希の肩に手をやり、信也が微笑んだ。


「俺も……早希になら、きっと出来ると思うよ」


「お姉ちゃん、私もそう思いますです」


「早希さんにはいつも……元気、もらってますから」


「由香里ちゃん……涼音さん……」


「困ったことがあれば、俺も力になるから」


「そう言ってもらえると嬉しいわ、信也さん」


「え」


「信也さんにもこの比翼荘、守ってもらいたいの」


「俺も……?」


「私たちを認識出来る、特別な存在。あなたは私たちを受け入れ、友人として接してくれた。私がずっと求めていた人。それがあなたなの」


「いや、そんな……早希の手伝いは当然ですけど、俺が皆さんのことをなんて」


「信也くん」


 今度は早希が、信也の手を握った。


「ごめんね。私が死んじゃったせいで、いっぱい迷惑かけて……でも私も思う。信也くんならきっと出来る。この比翼荘を、みんなが笑顔で過ごせる最高の場所にしてくれる」


「早希……」


「シン、私からも頼む。一緒に比翼荘、守ってくれ」


「お兄ちゃん」


「信也さん」


「大変なことをお願いしてるのは承知してます。でも……どうか信也さん、出来る範囲で構いません。この比翼荘、守ってもらえませんか」


「純子さん……」


「あなたは他人(ひと)の痛みを感じることが出来る。それはきっと、自分が痛みを知っているから。そんなあなただから、沙月ちゃんも、沙月ちゃんの想い人も心を開いてくれたんだと思います」


「そうだぜシン。シンがいなかったら、私はまだゾンビのままだったんだ」


「あなたなら大丈夫。私はそう信じてる」


「俺にそんなこと……」


 信也の脳裏に、知美の言葉が蘇った。




 ――自分は人の心を分かろうともしない、感謝の心も持たない歪んだ人間。




「信也くん」


「……」


「信也くんが考えてること、何となく分かるよ。でもね」


 早希が信也を抱き締めた。


「大丈夫……信也くんなら大丈夫……」


「……」


「出会った時から、運命の人なんだって思った……誰がなんと言おうと、私は信也くんが信也くんだから好き。だからお願い、信也くんは自分のこと、そんな風に思わないで」


「早希……」


「でも、そうやって自分のことを見つめるところも、私は好きだよ」


「お前……どんだけ俺の頭の中、覗けるんだよ」


「妻ですから。夫のことは誰よりも理解してます」


「ははっ……」


「信也くんは(いびつ)な人間なんかじゃない。それどころか、昨日からまた成長してる。あなたは壁にぶつかって、悩んで、苦しんで……そうやって少しずつ強く、大きくなっていく。

 私は昨日の信也くんより、今日の信也くんの方が好き。そしてきっと、明日の信也くんをもっと好きになる」


「……ありがとう、早希」


「お願い出来るかしら、信也さん」


「……分かりました。紀崎信也、純子さんの足元にも及びませんが、力の限りこの比翼荘、守っていきます」


「ありがとうございます、信也さん」


 安堵の表情を浮かべ、純子が頭を下げた。


「私たちは皆、想い人を愛し、摂理に逆らってこの世界を彷徨(さまよ)う者です。そしてこの世界には、まだたくさんの人が一人で悩み、苦しみ彷徨(さまよ)っています。

 信也さん。私では届かなかった彼女たちの想い、叶えてあげてください……そしてどうか、由香里ちゃん、涼音ちゃんのこともお願いします。あなたならきっと、私の大切な子供たちの想い、届けてくれると信じています」


「……分かりました。純子さんの子供たちの未来、俺がきっと開いて見せます」


「ありがとう……信也さん」




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