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ずっとずっと【改稿版】  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第4章 過去と未来と
111/134

111 ぶつかり合う感情

 


「……」


 話し終えた知美が、もう一本煙草を取り出し火をつけた。

 信也は呆然と夜空を見上げている。


「秋葉の話はこんな所だ。信也、さっきの質問に戻るぞ。この話を聞いて、お前はこれからどうするんだ」


「……姉ちゃん、ちょっと待ってくれ」


「あん?」


「秋葉が俺の前から去っていった。俺のことをいない者にした……その理由って、それだけなのか」


「何が言いたい。もっと衝撃的な事実でも期待してたのか」


「……おかしいだろっ!」


 信也が起き上がり、知美を見据えた。


「何だよそれっ! 俺が煙草を吸ってた写真って……それだけなのかよ!」


「そうだよ、それだけだよ」


「たった……たったそれだけのことで俺は……俺たちは……」


「そうだな。安っぽいドラマでも、もう少し気の利いた理由にするだろうな」


「……」


「でもこれが現実だ。秋葉が離れたのは、こんなくだらない理由のせいだ」


 知美の言葉に呆然とし、信也が力なくつぶやく。


「……それって結局、俺のせいじゃないか」


「そうなるな」


「なんだよそれ……」


「秋葉に男が出来た。お前に愛想をつかした。お前をかばって自分も無視されるのが怖くなった……そんなことでも想像してたか」


「……」


 煙草を吐き捨て、信也を睨みつける。


「クソみたいなやつだな、お前」


「クソ……か……」


「経緯はどうあれ、お前から離れてしまった。その罪悪感で秋葉はつぶれそうになった。でもお前は、秋葉が裏切ったと勝手に思い込んだ。信用してないのはどっちだ」


「……」


「お前、親父が出て行ってからよく言うようになったよな。人を信じれば裏切られる、だから俺は誰も信じないって。

 どうだ、今の気分は。信じてないのはどっちだ? 秋葉のことを信じなかったのは誰だ? 勝手に秋葉を裏切り者にしたのはどこのどいつだ? 何とか言ってみろよこの屁理屈野郎!」


「あ……あああ……」


 地面に頭を擦り付け、信也が声にならない声をあげる。


「お前、本当は初めから誰も信じてなかったんじゃないのか? その歪んだ考えを正当化したいから、親父や秋葉になすりつけてただけじゃないのか?」


「あああ……」


「そうして都合が悪くなったら壊れたふりか。人生舐めてんじゃねえぞこのクソガキ!」


 叫ぶと同時に蹴り飛ばした。


「秋葉を信じてなかったのは誰だ! 裏切ったのはどっちだ!」


「……なんで説明してくれなかったんだよ……言ってくれたら俺だって」


 地面にうずくまる信也の後頭部を、力任せに踏み付けた。


「それが秋葉なんだよ! それがお前を愛した、秋葉って女なんだよ!」


「あああああああああっ!」


「理由なんて関係ないんだよ! お前の前からいなくなった、お前を一人にしてしまった、その罪の呵責に耐えられなかったんだよ、あいつは!」


「あああああああああっ!」


「あいつにとってあの選択は、真実を告げて仲直り、そんな簡単なことじゃなかったんだよ! お前を愛する気持ちは、そんないい加減な物じゃなかったんだよ!

 お前はどうだ? そんな秋葉の気持ちを全部否定して、たった一言、俺を裏切った、それで済ませてきたんだよ! 自分自身を守る為にな!」


 信也の頬を蹴り飛ばし、そして胸倉をつかんで無理矢理起き上がらせた。


「なんだよその情けない面は。ガキみてぇにピーピー泣きやがって」


「俺……俺……」


「……秋葉はな、それでもお前をずっと見守っていた。お前は気付いてないだろうけどな、あれからあいつも、学校でいない者にされてたんだ」


「え……」


「直接手は出せなかった。裕司がいたからな。でもそれであいつの気が収まる訳ないだろ。取り巻きの女共を使ってな、秋葉はあれから半年、ずっと独りぼっちだったんだよ!」


「そんな……」


「私も裕司も、口は出せなかった。ガキの喧嘩に大人が出る訳にはいかない。腸が煮えくり返ったけどな、私も我慢した。

 なのに秋葉は……そんなことになってるのにこう言ったんだ! 信也は学校で独りぼっち、せめて家では笑顔で迎えてあげてってな!」


「……なんで……なんでそこまで……」


「その時お前はどうだった? そんな秋葉の気持ちも知らず、家に帰っても仏頂面で、母ちゃんや私が声をかけても知らんぷりだ。それでも構おうとすると、うざいからやめてくれときた。随分空気の読める弟様だなぁおいっ!」


「やめて……やめてくれ……」


「誰がやめるか、耳の穴かっぽじってちゃんと聞け! そんな秋葉の思いも知らず、大学に受かったのも自分の力か? 自分はただ、やれることをやっただけ。その結果がそうなんだったら、それは俺が努力したからだ、だったか? 合格した時の決めゼリフは」


「あああああああああっ!」


「お前が一人でやったことなんて、どこにもないんだよ! 何にもないんだよ! お前が今ここにいるのだって、お前が憎む親父がいてくれたからだろうがっ! お前が生まれた時、親父がどれだけ喜んだかなんて、お前は知らないだろ!」


「ああああああああっ!」


「どれだけたくさんの愛情に守られてきたと思ってるんだ! 自分一人の力で生きてきたとでも思ってるのかっ! お前を支えてくれたやつらのことも、いつか裏切るだけのクズだって思ってるのかっ! クズはどっちだ!」





 頬を流れる涙を拭い、知美が大きく息を吐いた。


「でもな……お前は変わったよ。早希っちと出会ってから」


「……」


「面の皮だけで笑わないようになった。自然に笑えるようになった。あの日、お前の家で初めて早希っちと会った時、そう思った。そしてそれはきっと、早希っちのおかげなんだと、あの子と話してそう感じた。

 だから私は早希っちを認めた。この子なら、お前のひん曲がった心、直してくれるんじゃないかと期待した」


「……」


「あの子のおかげで、お前は感謝の心も覚えた。自分が今ここにいてるのは、決して自分の力だけじゃないんだと気付き始めた。

 まあその……あれだ、親父に対してはまだ矯正の余地が大ありだけどよ……それでもお前は、少しずつ変わっていった。嬉しかったよ、そんなお前を見ることが出来て」


「姉ちゃん……」


「秋葉と結ばれることはなかったけど、それでもお前らが、また私の前で一緒に笑ってくれる日が来る。早希っちと三人で……そう思ってた。願ってた」


 知美の目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。


「なのに……なのに……なんで死んじまったんだよ、早希っち!」


 天を仰いで叫ぶ。


「あんたがいれば、こんな強引なことをしなくてもよかったんだ……あんたに任せていれば、いつかこいつも分かってくれる、そう信じてたんだ……

 なあ早希っち……なんで死んじまったんだよ……会いてえよ……酒、一緒にもっと飲みたかったよ……あの日みたいに一緒の布団で、朝まで語りたかったよ……」


「ごめん……ごめん、姉ちゃん……」


「なんでお前が謝るんだよ……だからな、早希っち……悪いな、あんたの旦那ボコボコにしちまって……私はこういうやり方でしか、こいつにぶつかれないんだよ……」





 風が吹いた。


 ――ありがとう、知美さん――


「……」


 ――信也くんのこと、本当に愛してくれて……ちょっとやりすぎかなって思ったけど……でも、嬉しかったです――


「早希っち……」


 知美が振り返り、曲がった柵を撫でる。


「早希っち……こめん、ごめんな……死んでからも迷惑、かけちまって……」





「信也くん、大丈夫?」


「あははっ……早希、おかえり」


「もぉっ……そんなボロボロになっちゃって」


「晩御飯、用意してるからな」


「……馬鹿」


 涙を拭おうともせず、早希が信也を抱き締めた。




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