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ずっとずっと【改稿版】  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第4章 過去と未来と
110/134

110 真相

 


「な、なんだお前。澤口の知り合いか」


 予期せぬ展開に塚本が動揺する。そんな塚本に、知美がうんざりした表情を向ける。


「あのなあ……さっきからお前お前って、誰に言ってるんだ?」


「はああっ? このチビ、俺が誰だか分かって言ってるのか? 俺はな、市会議員塚本……」


 得意げに話す塚本の言葉を最後まで聞かず、知美が塚本の顔面を殴り飛ばした。


「何だって? 猿の言葉は分からないぞ」


「お……お、お、お前っ! 殴ったのか? 今俺を殴ったのか? お前、ただで済むと思ってるのか!」


「知らんがな」


 そう言うと胸倉をつかんで起き上がらせ、顔面に頭突きを食らわした。


「がはっ……」


 ポタポタと、折れた鼻から血がしたたり落ちる。


「三下。お前今、誰に物を言ってるって言ったか? その言葉、そのまま返してやるよ」


「な……何を」


「この人、信也のお姉さん」


「なっ……」


「あいつが色々されてるのは知ってた。でもまあ何だ、ガキの喧嘩に口出すのもあれだと思ってな、黙って見てた。あいつも男だしな。

 でもな、女に手を出すってんなら話は別だ。おいガキ、覚悟は出来てるだろうな。鼻ぐらいで済むと思うなよ」


「ひ、ひいいいいっ!」


「最近秋葉の様子がおかしかったからな、気になってたんだ。それで今日、たまたまお前らを見つけて……後をつけてたらおかしな場所に向かって行くじゃないか。可愛い妹の貞操の危機、姉として助けない訳にはいかないだろう」


「お、お前! まだ殴るってのか!」


「殴った内に入ってないぞ爬虫類。これからが本番なんだよっ!」


 そう言って蹴り飛ばすと、塚本が腹を押さえて嘔吐した。


「きったねぇガキだな」


「お前……お前っ! 俺にこんなことして、どうなるか分かってるのか! 議員の息子にこんなことして、ただで済むと思ってるのか!」


「……ぐちゃぐちゃうるさいんだよ!」


 そう言って馬乗りになり、何度も何度も殴る。


「今時そんなセリフ、昭和のおっさんでも言わねえよっ!」


「と、知美ちゃん、この人のお父さんは本当に」


「だから何だよ。そんなこと、私に関係あるか? おいチンピラ。親に言いたきゃ言え、勝手に泣きつけ。でもな、それは後の話だ。今、お前が殴られることに変わりはないんだよ!」


「がはっ……」


「知美ちゃん、もうそれぐらいで……でないと知美ちゃん、逮捕されちゃう」


「些細なことだよ。お前らを助けるからこそのお姉ちゃん、なんだからな!」


「でも、それじゃあ知美ちゃん、裕司さんとの結婚が」


「あいつも分かってくれるさ。こんなクズ、のさばらしといたら後々面倒だからな!」


「ひ、ひいいいいいっ!」




「それは困るかな」




 背後から男の声が聞こえた。

 その声に、知美の手が止まる。

 慌てて振り返ると、男が笑顔で手を振っていた。


「こんばんは、知美さん」


「裕司……」


 穏やかに微笑む男。知美の婚約者、早川裕司だった。


「こんなことで結婚が遅れちゃうのは、いただけないね」


「裕司さん……」


「こんばんは、秋葉ちゃん。大丈夫だったかい?」


「あ、はい……私は大丈夫です」


「にしても……知美さん、いつも言ってるだろ? 怒る時も冷静にって。僕の車が来てたのにも気付かないなんて、頭飛ばしすぎ」


 そう言って手を取ると、知美は素直に立ち上がった。


「信也くんの入学費用。そのせいで結婚が延びたのはどうでもよかった。信也くんは大事な弟なんだし、力になるのは当然だからね。

 でもね、こんなことでまた延びるのは、受け入れられないよ」


「……」


「知美さん、ごめんなさいは?」


「なんでだよ。私、間違ったことは」


「そんなこと聞いてないよ。ごめんなさいは?」


「……ごめんな……さい……」


「うん、よく出来ました」


 そう言って頭を撫でると、知美は赤面してその手を払いのけた。


「だ……だから裕司、子供扱いするなって」


「子供だよ。考えなしに行動するのは」


「でもこいつは」


「このままだと暴行じゃ済まないね。傷害罪だ。頭に血がのぼってたから、殺しちゃってたかもしれない。なら傷害致死、もしくは殺人。何年入ることになるんだろうね」


「……」


「勿論、知美さんが出て来るまで僕は待つよ。でも、そうならない方がもっといい。だからね、後は僕に任せて」


「……」


「ね?」


「……分かったよ」


「ありがとう」


 そう言ってにっこり笑うと、塚本の方を向いた。


「初めまして。僕は早川裕司。今、君を殴ってた人の婚約者です」


「ゴホッゴホッ……お、お前ら、こんなことをしてただで」


「済みませんか?」


「当たり前だ! お前ら全員、人生終わりだからなっ!」


「それは困りましたね。僕はもうすぐ、彼女と結婚することになってるんです」


「知ったことかっ! お前らみんな、地獄に落としてやるからな、覚悟しろっ!」


「覚悟、ですか」


「な、なんだよお前……そうだよ、覚悟しろって言ったんだよ!」


「と言うことは君にも覚悟、出来てるんですね」


「なっ……」


「人にそこまで言うのなら、自分にも覚悟がないと。僕はね、穏便にことを済ませたいだけなんです。

 君が今日、ここであったことを全部忘れてくれたらそれが叶う。僕たちも二度と、君の前には現れない。どうです? 一番スマートな方法だと思いませんか?」


「どこがだよっ! 許す訳ないだろ! 俺の顔、こんなにしやがって!」


「それは多分、階段から落ちたんですよ」


「な、何を……」


「君は階段から落ちた。だからそんな怪我をした。僕たちには何の関係もない」


「お前……何を無茶苦茶な」


「もし君が、知美さんに殴られたって主張するなら……僕は穏便に済ます方法をなくしてしまう。残念だけど、知美さんとの結婚が延びてしまう」


「だからなんなんだよ! さっきから結婚結婚って!」


「僕は別にいいんです。結婚が延びても、知美さんを愛してることに変わりはないから。面会だって毎日行きます。でも……君はその時、どうなっているんでしょう」


「お前……俺を脅してるのか」


「とんでもない。僕は交渉してるだけですよ。どちらを選ぶのかは君次第、君が決めればいいんです」


 裕司から感じられるその圧は、塚本の怒りを抑えて余りある物だった。

 裕司はずっと、笑顔で穏やかに話している。しかしその中に塚本は、本能的に恐怖を感じていた。

 この暴力女ですら子供扱いだ。この男とは関わりたくない……心からそう思った。


「……分かった、分かりました! 俺は階段から落ちました!」


「そうなのかい、それは大変だ。病院まで送ってあげよう」


 そう言うと塚本の肩に手をやり、ゆっくりと立たせた。


「と言うことだから。知美さん、秋葉ちゃんをまかせていいかな」


「……分かったよ」


「そんなにふくれないで。折角可愛いのに」


「可愛いって言うな!」


「あははっ。秋葉ちゃんも、気をつけて帰るんだよ」


「……は、はい、ありがとうございました。あとその……ごめんなさい、その人の携帯に」


「携帯?」


 知美が塚本のポケットから取り出し、中を調べる。


「ちっ……こんなくだらねぇ物の為に」


 そう言うと、知美は携帯を地面に叩きつけ、何度も何度も踏み付けて破壊した。


「知美ちゃん。女の子はおしとやかに」


「分かったから……ほら、さっさと行けよ」


「うん。じゃあ後で」


 そう言うと、塚本を乗せて車が走っていった。





 車を見送ると、秋葉はへなへなと膝から崩れ落ちた。


「おいおい秋葉、大丈夫か」


「う、うん……急に力が……」


「家に来るか?」


「ううん、行かない。もう行けない」


「なんでだよ」


「私、信也を裏切ったの……信也のこと、見捨てたの……」


「見捨てたって、それは写真のせいだろ? それであいつに脅されて」


「違う、違うの知美ちゃん……私が信也を裏切ったの……私、もう信也の所に戻れない」


「なんでそうなるんだよ。今ので全部終わったんだ。あいつは二度と、秋葉にも信也にも手は出さない。いや、出せない。

 裕司の圧を受けて向かってくるやつなんて、絶対いないんだ。きっと今も、車の中であいつは怯えてる。私が言うんだ、間違いない」


「私が決めたの、信也と離れるって……確かに脅されたんだけど、他にも方法はあったと思う……その中で私が、信也をいない者にすることを選んだの……だから私はもう、信也の所に戻れない……」


「なんでそうなるんだよ……分かった、私から信也に」


「お願い知美ちゃん、それはやめて」


「秋葉……」


「それをしたら私、知美ちゃんとも絶交するよ。だからお願い……信也には黙ってて」


「……お前……馬鹿すぎるだろ……」


「うん……私、馬鹿だ……信也の傍にずっといたかったのに、なんでこんなことに……こんなことになっちゃったのかな……」


「秋葉……」


 知美の胸に顔をうずめ、秋葉が泣いた。

 知美は秋葉を抱き締め、何度も何度も「馬鹿野郎」、そう言って一緒に泣いた。




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