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ずっとずっと【改稿版】  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第4章 過去と未来と
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109 卑劣な罠

 


「付き合ってください、お願いします!」


 放課後の校舎裏。流石に呼ばれた理由は分かった。

 しかも相手が塚本と言うのであれば、尚更だった。

 三度目の告白。

 秋葉は小さく息を吐いた。


「あの……塚本くん、気持ちは嬉しいです。でも……何度も言ったと思うけど、私はお付き合いする気、ないから」


「でも……それでも澤口さん、お願いします!」


 頭を下げ、右手を秋葉に向ける塚本。秋葉はそんな姿を見るのも嫌だった。

 なんで男子って、告白の時に下を向くんだろう。みんな、私じゃなくて彼女が欲しいだけなんじゃないの? 私とって言うなら、ちゃんと顔、見てくれたらいいのに……


「ごめんなさい。何度言われても、答えは変わらないから。だからその……もうこういうの、やめてくれないかな」


 だってこの人、信也をいない者にした張本人じゃない。

 私と信也が幼馴染って知ってて、なんでそういうことするかな。そんなことされて、私が付き合う訳ないじゃない。


「どうしても……駄目なのか」


 ほら……そうやって、思い通りにならないって分かった途端、態度を変える所も嫌い。


「うん、ごめんなさい……じゃあ私、帰るから」


 そう言って立ち去ろうとした秋葉の手を、塚本が荒々しくつかんだ。


「……離してくれないかな。ちょっと痛い」


「澤口お前、ここまで男を下げて頼んでるのに、駄目だって言うのか」


 え……何この人、いきなり呼び捨てになったんだけど。それにお前って……

 あと、何それ? 男を下げるって、告白することがそうなるの?


「うん。私、塚本くんとは付き合わないから」


「あんなやつがいいのかよ」


「え」


「紀崎だよ。あんな根暗で、クラスでも浮いてるようなやつが」


「浮いてるって……塚本くん、私知ってるよ。信也がそうなったのは、あなたのせいじゃない」


「俺の女と一緒にいるんだ。当然だろ」


「あのね、塚本くん……高校生にもなって何言ってるの? そんなセリフ、今時中学生でも言わないよ」


「はい、説教いただきました、へへっ……最後にもう一回だけチャンスをやるよ。俺と付き合えよ」


「チャンスって……塚本くん、言えば言うほどあなたの値打ち、下がってるからね。私がそんな風に言われて、付き合うと思う?」


「あんなクズ、どうでもいいだろ? 俺がどうこうしなくても、遅かれ早かれ一人になってるさ。これからだって、底辺で生きていけたら御の字、そんなやつじゃないか」


「あなたは……確かに人気者だし、あなたを好きな女子もいっぱいいる。成績だっていいし、お父さんは代議士。でもね、私にとっては、そんなあなたより信也の方がずっと大事なの。信也のこと、それ以上悪く言ったら許さないから」


「はいはい、また説教いただきました」


 口を歪めて笑う塚本に、秋葉の苛立ちは更に高まった。


「そうやって、人を小馬鹿にする所も嫌いだよ」


「へへっ……それで、だ。お前が俺と付き合わないって言うんなら、その大事な幼馴染の人生が終わる。そう言ったらどうする?」


「え……」


 そう言って、携帯を秋葉の前に突き出す。

 画面に映る写真に、秋葉の顔が強張った。

 それは、信也が煙草を吸っている写真だった。


「この写真が拡散される。そう言ったらどうだ? 確か……紀崎も推薦だったよな。受験、出来るかな」


「……あなた、卑怯だとは思わないの」


「思わないね。澤口が告白を受けたら、この写真は消えるんだからな。お前にとってこの写真が大切なら、俺と付き合ったらいい。俺のことが嫌いなら、この写真を拡散させる。それだけのことだ。

 これは澤口が決めること、俺は選択を提示してるだけだ。紀崎の将来を守るのか、奪うのか」


「……卑劣ね、塚本くん」


「どうする?」


「間違いなく……消してくれるんだよね」


「勿論。澤口が俺と付き合うってのなら、この写真は消してやる」


「……分かった。付き合うよ」


「なんだって? よく聞こえなかったけど」


「……」


「俺と付き合いたいんなら、ちゃんと言ってくれないと」


「……私、塚本くんのことが好きです。付き合ってください」


「よく出来ました」


 そう言うと、塚本は写真を消去した。


「じゃあ……彼氏からのお願いな。もう二度と、紀崎のやつと喋るんじゃないぞ」


「……分かりました」





 目の前が真っ暗になった気がした。

 明るくリーダーシップもある人気者、塚本。しかし秋葉は、彼の本性を知っていた。

 自分の思い通りにならない者がいると、取り巻きを使って制裁をくわえている陰湿な男。女子の中にも、彼に泣かされた者は大勢いた。

 そのことが表沙汰にならなかったのは、代議士である父親の圧力がかかっていたからだった。

 そんな男の彼女になる。それが何を意味するのか、秋葉も分かっていた。


 しかし秋葉はそれ以上に、信也と離れる決断をした、そのことが辛かった。

 信也は今も、一人で学校生活を送っている。気にしていないと言っていたが、それが虚勢だということを、誰よりも分かっていた。

 なのに自分も今、この時から信也をいない者にしなくてはいけなくなった。それは秋葉にとって、耐えがたいことだった。

 父親が失踪したあの日から、秋葉は心に強く思っていた。これからは、私が信也の支えになるんだと。信也は人を信じたくない、そう言った。でも私は、信也に信じてもらえる存在であり続けよう、そう誓った。

 それなのに私は今、信也の前から去ろうとしている。信也を独りぼっちにしようとしている。

 ごめんなさい、信也……私は間違った選択をしてしまったのかもしれない。

 そう思い、秋葉は空を見上げた。

 今にも雨が降りそうな、薄暗い空を。





 声をかけて来た信也を、いない者にした。

 秋葉は罪悪感でつぶれそうになった。

 塚本とはそれからデートらしき物もしたが、一緒にいるだけでも不快なので、極力人気の多い場所を指定した。

 話しかけられても上の空で、適当に相槌をうつだけの関係。

 それに塚本が満足するはずもなかった。


 ある日曜の夜。

 どうしても見せたい物がある、そう言われ渋々ついていったのだが、そこは住宅街から少し離れた所にある、一軒の平屋だった。


「ここって」


「親父にもらった俺の家。お前にも見せてやろうと思ってな」


 そう言って煙草をくわえ、火をつける。


「塚本くん……あなた煙草を」


「ん? ああ、流石に実家じゃ吸えないけどな」


「……自分も吸ってるのに、信也のことを責めてたの」


「責めてたのって……ははっ、お説教いただきました。俺はあいつと違ってこんな証拠、残さないからな」


 そう言って携帯を見せると、信也が喫煙している写真が映っていた。


「……消したって言ってたのに、なんでまだ残ってるの」


「あの写真はちゃんと消したろ?」


「騙した……のね」


「写真が一枚だけなんて、俺は言ってないよな」


「……私、帰る」


「待て待て。ここまで来てそれはないだろ。本当はお前も、期待してるんだろ?」


「は……離して」


「長かったよほんと。付き合って二週間にもなるのに、手も握らせようとしないんだからな。そんな女もたまにはいいかと思ってたけど……そろそろこっちも我慢の限界なんだ。ここでいいこと、しようぜ」


「離してってば! 誰か、誰か助けて!」


「ここはほとんど人も通らない。騒いでも無駄だぜ」


 塚本が秋葉に抱き着き、首筋に舌を這わせてきた。その瞬間、秋葉の嫌悪感が限界を迎えた。


「いやあああああっ! 助けてえええええっ!」


「そういうのも悪くないな。こちとらお預けが長かったんだ、今日は楽しませてもらうぜ」


「誰かああああああああっ!」


 その時、一台のバイクが二人の前に止まった。


「……なんだお前、勝手に人ん家の前に止めてんじゃねえよ!」


 運転手は静かにバイクから降りると、ヘルメットを脱いだ。


「知美……ちゃん?」


「よお秋葉。こんな所で会うとは奇遇だな」


 そう言って知美が手を振り、笑った。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)改稿前の作品がどんなものだったかをぼんやりとしか覚えてないのでハッキリ感覚的に明言できるワケでございませんが、なんだか確かに改稿前より「読み易くなった」って感触があります。あとTVド…
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