表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ずっとずっと【改稿版】  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第4章 過去と未来と
107/134

107 急転

 


「すごい……」


 眼下に広がる大荒れの海を見て、早希がつぶやいた。





 福井県三国町にある、名勝東尋坊。

 断崖絶壁のそれは観光名所として有名で、テレビで見たことはあった。

 青空が広がる中、断崖から見下ろす海は壮観だった。

 しかし今、彼女が見ているのは、観光とはほど遠い光景だった。

 この日は低気圧の影響で、日本海側は大荒れの天気になっていた。

 海は荒れ狂い、岩に叩きつけられる水しぶきが、ここまで飛んできそうな勢いだった。

 暴風と雨で、辺りに観光客は一人もいない。


「どうですか、お姉ちゃん」


「うん……なんだか、ね……ごめん由香里ちゃん、ちょっと言葉が出てこないや」


「あはっ。でも、気にいってもらえたみたいでよかったです」


「私ね、海って子供の頃に遠足で一度行っただけなんだ。とっても穏やかで、何て言うのかな、お母さん、みたいな感じ? 広くてあったかくて、優しいって感じだった。だから今、ちょっと圧倒されちゃって」


「幽霊ならではですよ、お姉ちゃん。私たちはどれだけ風が吹いても飛ばされないですし、雨に濡れることもないですから。もしここに普通の人がいたら、とても立っていられないと思いますです」


「そうね、私たちには雨も風も関係ない……でも確かに、これじゃ人は見てられないわ」


「海にはこういう一面もあるんです。ここも夏だと、穏やかで優しい景色が見渡せます。でも冬になると、こういう怖い表情も見せてくれますです」


「なんか……こういうのを間近で見てたら、私たちって本当にちっぽけなんだなって思うよ」


「ですです。人は圧倒的な自然を前にすると、自分がいかにちっぽけな存在か思い知らされるんです。自分がどれだけ小さなことで悩んでるか、気付くんです」


「そういう意味では由香里ちゃん、作戦成功?」


「あはっ、何のことやら」


「しらばっくれちゃって。私が色々考えてること、気付いてるくせに」


「お姉ちゃん、察しがよすぎます」


「でも……ありがとう。由香里ちゃんの作戦に、まんまとはまっちゃったよ」


「何か見えてくるもの、ありそうですか」


「だね。こうして海もごった返すぐらいの嵐なら、いい感じに水も入れ替わって綺麗になりそうだもんね」


「あははっ……お姉ちゃん、過激なところだけ見てませんか」


「どうだろう、ふふっ……でも来てよかったよ。由香里ちゃん、もうちょっとだけ、ここで見てていい?」


「はい、勿論です」





 11月16日土曜日。

 今日にも早希は帰ってくるはずだった。


「まあ……電車や船って旅でもないし、帰って仕事がある訳でもなし。楽しんでたらもう少し、遅くなるかもな」


 この二週間、信也はいつも通りの生活を続けていた。

 毎日仕事に出かけ、帰ってあやめと勉強会。それが終わると比翼荘に向かい、一時間ほど沙月たちと庭の手入れをしていた。


 変わったことがあるとすれば、秋葉からメッセージが来るようになったことだった。

 先週家に来て以来、毎日メッセージが届いていた。内容は他愛もない物で、ちゃんと食事しているか、煙草は控えてるか。昨日はちゃんと眠れたか、など、信也が苦笑するような物ばかりだった。





 夜。

 21時を少し回った頃に、一本の電話が入った。


「信也―、起きてるかー」


「……姉ちゃん?」


 知美だった。


「まだ起きてるけど……てか、21時に寝てるなんて、俺はおじいちゃんか」


「にゃはははっ。ひょっとしたら寝坊しないように、もう寝てるかもって思ってな」


「んな訳ねえよ。大体明日は日曜だろ。それで? 何か用?」


「うん、まあ……用っちゃ用なんだけどさ、ちょっと出てこれないか」


「ちょっとって、どこにだよ」


「下」


「え」


「下だよ。川の方」


 知美の言葉にベランダに出ると、遊歩道から手を振る姿が見えた。


「ちょ……来てるんなら入ってこいよ。そんな所で何してんだよ」


「にゃはははっ。家で話すにはちょっと、って思ってな。まあいいじゃないか、降りてこいよ」


「ったく……」





「それで? どうしたんだよ急に」


「いやな……ちょっと早希っちに会いたくなったんでな」


 見ると、あの場所に花が添えられていた。


「早希に会いたいなら尚更だろ。家に来ればいいじゃないか」


「私にはよく分からないんだ。人って、死んだらどうなるんだろうってことが」


「……」


「魂なんてのが本当にあるとしたら、死んだらどこに行くのだろうってな。すぐに生まれ変わるのか、それともしばらく、この世に留まっているのか」


「そんなこと、俺に聞かれても」


「すぐに生まれ変わるってのなら、墓なんていらないと思わないか?」


「それは……確かにそう思うけど」


「でも人は、死んだ人を敬い、供養する。歴史上の人物なんて、死んで何百年経っても法要したりする。って、流石にもういねえだろってな、にゃはははっ」


「……何が言いたいんだよ」


「裕司のやつも、もうここにはいないのかなって思うよ。なら、私があいつに手を合わせてるのって、供養って言うより感謝なんだなって思う」


「感謝……」


「ああ。でもまあ、早希っちの場合は半年ちょっとだ。ひょっとしたら、まだこの辺りにいてるのかもしれない。秋葉も言ってたしな」


「秋葉が?」


「ああ。お前の家には、まだ早希っちがいるって言ってた」


「そうか……」


「それでな、早希っちの魂がまだいるのなら、どこにいるのかってことだ」


「そりゃ、骨じゃないのか」


「それが分からないから聞いてるんだよ。骨って肉体の名残だろ? それも焼かれて、骨壺にも一部だけだ。ひょっとしたらここにいるかも、そう思ってもいいと思わないか?」


 そう言って、曲がった柵を指差した。


「要するに、私たちの気持ち次第だと思うんだ。私がいるって思えば、早希っちはここにいる」


「で? 結局何が言いたいんだよ」


「だから今日は早希っちの前で、お前と話したいんだ」


「よく分からないけど……まあいいよ、分かった」


「それに……近所迷惑になっても何だしな」


「近所迷惑?」


「信也、単刀直入に聞くぞ。秋葉のこと、どう思ってる」


「え……」


 突然出た秋葉の名前に、信也が動揺した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ