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ずっとずっと【改稿版】  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第4章 過去と未来と
104/134

104 距離

 


「さて……明日の朝が問題だ。最近ずっと早希に起こしてもらってたからな。今日は早めに寝るとするか」


 コンビニで買った弁当を手に、信也が遊歩道を歩いていた。

 脳裏に浮かぶのは、早希が残した手紙の一文。


 ――これからの人生をどう生きていくか。


 あの言葉が意味する物は何なのか。

 早希が人生について考えてくれるのは嬉しい。それは間違いない。

 幽霊とは言え、幸せになっていけない道理はない。この世界に存在し続ける限り、自らの幸せを追い求めてほしい、そう思っていた。

 早希が自分のことを見つめ直すことは、そういう意味では喜ばしい限りだった。

 しかし、何か引っ掛かっていた。

 早希の中で何かが生まれつつある。そんな気がしていた。


「……ん?」


 柵の辺りで座っている人影が目に入った。

 早希が死んだ場所。

 まだ手を合わせてくれてる人がいるのか。そう思い頭を下げた。


「……信也?」


 信也に気付いた人影が、そう言ってこちらを見上げた。


「え?」


「私だよ、信也」


 秋葉だった。


「びっくりさせちゃったかな」


「あ、ああ……びっくりした。流石にここで、秋葉と会う想定はしてなかった」


「何それ。ふふっ」


「いやいやほんと。心の準備が出来てなかった」


「私も、信也と会えるだなんて思ってなかったよ」


「よく……来てくれてるのか」


「うん……忙しくて、しばらく来れてなかったけど」


「と言うことは、結構来てくれてたのか。それなら家に来ればいいのに。目の前なんだし」


「それは……信也の顔、まだ見る勇気がなくて」


「色々気を使わせてたみたいだな。すまん」


「ううん。そんなことないよ」


「仕事帰りか?」


「うん。今日は早番だったから。それでね、この前信也と早希さん、二人と久しぶりに話せたなって思ったら、急に来たくなったの」


「ありがとな」


「信也は? 今日は仕事、休みだよね。散歩?」


「あ、いやその……まあ、そんなところ」


「信也……今、何か隠したよね」


「な、何のことやら」


「見せて」


「いやいやその、秋葉さん? ちょっと顔、怖~くなってますよ。可愛いお顔が台無しで」


「信也」


「はいすいません、隠してたのはこちらになります」


 観念した信也が、コンビニ弁当を秋葉に差し出した。


「やっぱり……私言ったよね。ご飯はちゃんと食べないとって」


「いやいや食べてるから。ほら見て? ハンバーグ弁当。これなら栄養もたっぷりだし」


「コンビニのお弁当、悪いとは言わないよ。でも自分で買ってたら、どうしても好きな物ばっかり買っちゃうでしょ。ただでさえ信也、いつも同じもの買うんだから」


「そうですねすいません」


「それにこの前、言ってたよね。ちゃんと自炊してるって」


「だからね、それはその……ほら、久々の三連休だったしさ、ちょっとした気の緩みと言いますか、たまにはお手軽にと思いまして」


「信也」


「はいすいません、反省しますので許して下さいお母さん」


「ほんとに?」


「はい、以後気をつけます」


「じゃあ許してあげる。ふふっ」


「このやり取り、一体いつまで続くんだ」


「信也が健康に気を配ってくれたら、お小言なんて言わないよ」


「分かったよ。気を付ける」


「煙草、やめた?」


「あ、いや……だからほんと、勘弁して下さい」


「ふふっ」


「はははっ」


 軽口を叩き、自然に笑う。

 秋葉とこんな風になれたことが、信也は嬉しかった。そしてそれは、秋葉にしても同じようだった。


「それでどうする? よかったら家、来るか?」


「ううん、今日は早希さんにお花って思っただけだから。いっぱいお話しも出来たし……それにそろそろ戻らないと、お母さん心配するから」


「じゃあ駅まで送るよ」


「いいよそんな」


「何言ってんだよ、水くさい。女子がこんな時間、一人で歩いてたら危ないだろ」


「信也……私の年齢(とし)、分かってる?」


「そりゃあ勿論。俺と同じだからな」


「だったら今の、ちょっと恥ずかしいんだけど」


「そうか? 秋葉が俺の母ちゃんなら、俺は秋葉の父親ってことで」


「何それ、ふふっ。じゃあお願いするね」


「おう」


 並んで二人が歩く。

 秋葉は照れくさそうにうつむき、そして時折信也の顔を見上げ、幸せそうに笑った。

 遠くなってしまった信也との距離が、長い時間をかけてここまで来た。そのことが嬉しかった。




 ああ、今がずっと続けばいいのに。




 そう思う秋葉の瞳に、一つの決意が宿っていた。




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