表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ずっとずっと【改稿版】  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第4章 過去と未来と
100/134

100 追懐

 


 扉付近に立ち、秋葉は流れる景色を眺めていた。

 私が電車で座らなくなったのも、信也の影響だよね。そう思いながら。


 信也は昔から、電車やバスで座ろうとしなかった。

 口癖のように「俺より疲れてる人優先」、そう言っていた。

 そのくせ、秋葉には座るように促す。そういう所もまた、信也らしいと思っていた。


 信也の笑顔を思い出すと、胸が締め付けられた。

 眼鏡を手にし、懐かしそうに話す眼差しに動悸は高鳴った。


 どうしてこうなんだろうな、私。


 知美の部屋で、信也と久しぶりに話をしたあの日。

 去年の5月。

 私の止まっていた時間は、あの時から動き出したんだ。

 そう思い、小さく息を吐いた。





 5月26日。

 家で一緒に飲みたい。そう知美ちゃんに誘われ、私は紀崎家に来ていた。


「知美ちゃん、信也が来るなんて聞いてない……」


 知美ちゃんは大袈裟に笑い、信也を部屋に入れて去っていった。

 心臓が止まるかと思った。

 これまでも鉢合わせたことはあったけど、部屋で二人きりなんて久しぶりで戸惑った。

 信也も落ち着かない感じで、私の様子をうかがっている。

 視線が気になって顔を上げて……信也と目が合ってしまった。


 ――胸の鼓動が収まらなかった。


 少しだけ言葉を交わしたけど、何を話したのか覚えていない。

 家を出ると、知美ちゃんが外にまでついてきた。


「待った待った秋葉。悪かったって」


「知美ちゃん、その……気持ちは嬉しいよ、本当……でもごめん、無理だから」


「無理って何だよ。いいか、私にとってお前らは、可愛い弟と妹なんだ。二人にどうこうなってほしいとか、そんなんじゃない。ただ……今のままじゃ辛いんだよ。昔みたいに仲良くしてほしいだけなんだ」


「そんな顔しないで。分かってるから」


 そう言って、うつむく知美ちゃんの頭を撫でた。


「でも……今日はごめんね。また今度、誘ってね」


「……分かった。絶対だぞ、秋葉」


「うん……じゃあ、おやすみなさい……」


 あの時の私は、突然のことに戸惑って、何が何だか分からなくなっていた。

 知美ちゃんにあんな顔をさせて、本当に悪いと思った。

 でもね、知美ちゃん。信也と話すには、私も覚悟を決めてないと無理なの。

 私たちの関係は、何年も前に終わってしまったの。

 私が終わらせてしまったんだから……





 7月1日。

 駅前の喫茶店で、初めて早希さんと会った。

 本当は会いたくなかった。怖かった。

 もし、思ってる以上にいい人だったらどうしよう。

 その時私は、早希さんを応援出来るのだろうか。


 私が信也にしたことは、決して許されるものじゃない。

 どんな理由であれ、私は信也の前から姿を消した。


 信也をいない者にした。

 その事実は変わらない。


 なのに……私はまだ、心のどこかで許しを求めていた。

 この前久しぶりに会ってから、また信也と共に生きる、そんな未来を思い描いてしまった。

 妄想はどんどんと広がって。

 気が付くと恥ずかしくなって。枕に顔をうずめた。

 まだこんなにも、信也のことが好きなんだ。そう思った。


 でもこの日、私の幻想は打ち砕かれた。

 知美ちゃんから、


「信也のことが好きな子がいるんだけど、秋葉に会いたいって頼まれてさ。悪いんだけど、会ってやってくれないか」


 そう言われて、目の前が真っ暗になった。

 知美ちゃんは、会ったことがあるって言ってた。とてもいい子だとも言っていた。

 信也も少なからず、その人に好意を持ってる。そう思うと、会いたくなかった。





 知美ちゃんから聞いていた通りの、可愛い人だった。

 今、信也はこの人のことが気になってるんだ……そう思うと、胸が痛かった。


「私、信也くんのことが好きなんです」


 その言葉に、心臓が止まりそうになった。

 分かっていたのに。


 早希さんは、私の知らない信也をたくさん話してくれた。

 朝が弱いのは相変わらずなんだ、そう思って笑うと、早希さんも一緒に笑ってくれた。


 うん……やっぱり笑顔、可愛いな。


 早希さんが語る今の信也。

 止まっていた信也との時間が、どれだけ長かったのかを思い知らされるようだった。

 今の信也はもう、私だけが知っている信也じゃないんだ。

 そして今、信也が見ているのはこの人なんだ。

 そう思うと、今すぐ逃げ出したくなった。


 私には、信也を愛する資格がない。


 早希さんが信也への想いを語る。

 それを聞くことが私の役目。それが私の犯した罪への罰。そう思った。


 早希さんは想像以上にいい人だった。

 こんな私のことを思って、そして心配してくれた。

 私の罪。それを罪じゃない、きっと理由があるはずだ、そう言ってくれた。

 動揺していることを気付かれたくなくて、私は必死だった。

 何度も何度もグラスの氷をかきまぜ、意識を集中させた。


「秋葉さん、信也くんの為に身を引こうとしてる。そんな強さ、私にはない……私は信也くんに愛されたいだけ。そしてそんな風にしか考えていない醜い自分を、信也くんに知られたくない……」


 早希さん。誠実な人だな。

 その言葉を聞いて私は、この人だったら信也を諦められる、そう思った。


 私がここに来る時に思っていたこと。

 いい人だったらどうしよう。

 その不安は当たってしまった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ