巻末資料 現場捜査員のレポート
朝歴810年2月3日、王都北東部磨羯宮(カプリチオ卿家本邸)において大規模な襲撃事件が発生。現場に残された帳面より、事件当時一族は長者を決定する重要会議「牧羊神の会」の最中であり、全国より公家階級のカプリチオ族317名全員が出席していたことが明らかとなっている。犯人はカプリチオ貴族が一堂に会する機会を狙って襲撃したと思われ、捜査員が現場に到着した時点で、二名を除く全ての人間が絶命していた。発見当時まだ息の合ったアマルティア=カプリチオ(四季家当主嫡男)、アテネ=ド・カプリチオ(当家長女)は両名とも既に意識不明の重体であり、そのまま付近の診療所へ搬送された。
現場の状況は惨憺たるものであり、夥しい量の血と肉塊で広間の床は紅く染まっていた。遺体の損壊状況は激しく、人間離れした力で撲殺された様子の骸が多数散見された。襲撃は大広間に集中しており、そこから逃れようと庭や廊下へ逃げ出そうとした客のいた様子も伺えるが、そうした者も一人残らず殺されていた。また、広間からほど近い私邸の一室にて当主ダビィ=ド・カプリチオの遺体も発見された。
大広間の壁は広範囲が掻き崩されており、鉤爪の痕跡等からなんらかの使役獣の介入があったと思われる。現場には激しい戦闘の跡があり、その後、近隣の森で獏鸚の姿が目撃されていることから、捜査班は主犯を「杖刑のユードラ」(ユグドラシル=カプリチオ)と推定、現在身柄を捜索している。ユードラ=カプリチオはその妹「笞刑のミーグル」(ミッドガルド=カプリチオ)と共に同日未明、地底回廊より釈放されており、その足でカプリチオ家へ報復に向かったものと見られている。もう一人の容疑者ミーグル=カプリチオの遺体は胴体と下肢が分断された状態で発見されており、とりわけ損傷が激しかった。
また、磨羯宮所有者サテュロス=ド・カプリチオの捜索には多くの時間が割かれた。顔の潰れた遺体の内一つに対して、数名の証人が複数の身体的特徴の一致を証言したため、検死判はこれを同人のものとして断定。参加者リストすべての遺体が確認された。
生き残ったアテネ=ド・カプリチオには繰り上げでカプリチオ族当主の位階が継承された。身体的負傷は現在リリパット=アリエスタの治療により回復しつつあるものの、催眠の影響と見られる意識不明状態が続いており、カプリチオ族は事実上の行政破綻状態に差し掛かっている。
なお、搬出されたもう一人の生存者アマルティア=カプリチオは、付近の診療所へ搬送された後、死亡が確認された。
「二所朝廷編」・完 「黄泉還る鬼編」に続く




