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人獣見聞録-猿の転生 Ⅳ・半獣神たちの午後  作者: 蓑谷 春泥
第3章 キル ユア ダーリン
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第26話 無能刀(あたわずのたち)

 タウロ族が空に出現された巨大な軍艦が、地上に巨大な陰を落とす。周囲の住人達無駄な巻き添えを避け走り出す。ちょっとした家屋を超えるくらいの巨大な鉄の船、大地を深くえぐり割るはずの一撃が落下の速度を以て飛び込んでいき、リリに直撃した。衝撃波であたりの雪の塊が弾け飛ぶ。人間一人背骨ごと砕きペシャンコにするのはわけない重量。それをリリは上半身で受け止める。凄まじい鉄塊の重みが両腕にのしかかり、リリは歯を噛み締めてぐっと力む。

 膝が柔らかな地面の中に沈み込む。背骨の折れる音がするが、折れた傍からより強靭な骨が生まれて支える。……常識はずれの筋力で、リリの腕は艦隊を支えきってしまった。

 だが身動きはとれない。好機と中盤の部隊が一気に突撃を始める。リリは雄たけびを上げて艦隊を担ぎ込む。そのまま艦隊を正面目掛けぶん投げた。密集していた部隊がまとめて蹴散らされる。

 敵はひるまない。数が目減りしてきても、休む間を与えず攻撃し続ける。すぐさま中距離にで隊列を組み離れたところから攻撃を加え続ける。炎の槍飛ばし音波攻撃で殴る。樹木生成で伸ばした木々を性質変化で金属に変化させ、数人がかりでそれを叩きつける。リリは再生で強引に受けつつ、片手で鉄樹の切っ先をびたりと受け止めた。常人離れした圧力で鉄樹を握り込む。数人がかりでもかなわない綱引き。瞬く間に鉄棒は奪われ、その真ん中あたりを膝蹴りで折られる。扱いやすい大きさの武器になったとリリは満足げに肩に掲げる。まるで金棒だ。攻撃にリーチが生まれる。前進してくる中隊を部隊ごと、次々と空中へ薙ぎ払う。

 リリの体もまたそれを踏み台に宙を舞う。無数の軍隊を眼下に見下ろし、空転する。肘から先の消えた腕を伸ばし、全方位に血飛沫を浴びせかける。

 着地。と同時に崩れ落ちる兵たち。付着した血液に身体が拒絶反応を起こし、失神したのである。その中にはラバスティーユの姿もあった。

「アリエスタの免疫操作能力か……。中規模の範囲攻撃……、少し兵が減ったな」

「少しでも、核を突く『少し』ですよ」

 リリは空を見上げ、バフォメットと目を合わせた。「!」バフォメットは動揺し横を見た。隣にいたカプリチオの平民がうずくまり、気を失っている。その頬にはリリの血の跡があった。

「ようやく姿を現しましたね。付近の部隊もあと数十人……。まだまだ市民はいるでしょうが、街の外縁から来るには少し時間がかかる。増援が到着する前に司令塔(あなた)を倒せばいいだけのことです」

「なるほどな。腕はわざと斬らせたってことか。広範囲に効率的に血の雨を渡らせるために。私か、最低でも蜃気楼を出せる兵を巻き添えにするのが本当の狙いだったわけだ」

 バフォメットはしかし、焦った様子もなく指を鳴らした。「兵が減れば大技が使える。右腕……、拾っておいた方が良いぞ」

 背後の山から地響きがする。振り返ったリリが崖の上を見上げる。。

 山が、落ちてきている。

 白い山が。夜を白い天井に変える。巨人の右足のような容赦ない雪の波が、無情に節減を踏みしめる。

 雪崩が街を呑み込んだ。街が白く染まる。崖の足元にまで雪崩は及び、リリを押し流した。

 ………………。

 一寸先も知れない闇。まっさらな雪の生みに閉ざされた、白い闇だ。

 肺が酸素を求めて喘ぐ。肋骨が折れ、肺が潰れている。身動きを取ろうにも、常人なら指一本動かすことはできないであろう雪の圧力。どれくらい自分の上に罪上がっているかもわからない。体感でも10メートルはあろうか。重さにして約3トンの圧力が身動き一つにかかっているのだ。

 歯がひび割れるほど食いしばる。唸り声を上げて、リリの全身の筋肉が引き締まる。叫び声と共に、巨大な数メートルの雪の壁が持ち上がった。

 ずしりと横に投げる。地上の日差しがリリの目を指す。治りかけの肺に必死に空気を取り込む。

 アドレナリンが切れて、疲労と痛みがどっと押し寄せてくる。ふらついたリリが見上げた崖の上を、空を埋め尽くすほどの無数の軍隊が滑り降りてきていた。切り立った谷間を裸足で駆け下りて来た増援部隊が雪の上に飛び込んでいく。一人また一人と深い雪の中に沈みこんでいく。しかし躊躇なく次々と後続の波が後に続き、先行した住人の頭を踏みつけて道を踏み固めていく。しかもその隊列に終わりは見えない。千人規模の大隊のウェーブが幾重にも連なっている。満身創痍の中、数百、数千の突撃をまともにリリは受け止める。

 リリの耳朶を音波が揺らす。平衡感覚が乱される。ぐらりと傾いた世界の中に衝撃と痛苦だけが伝わってくる。窒息しそうになるほどの人の群れの中で、リリはひたすらに拳を(ふる)った。反射的に近づく者を叩き潰す。息が切れ、心臓がはち切れそうなほど早く鳴る。切れる筋肉を縫い合わせ、破れる肺を塞いで、無我夢中でもがき続ける。

 延々と、終わることのない気の遠くなるような戦闘。腿が痙攣し、思わず膝をつく。……同じだ。薄くなっていく意識の中で、リリは考える。こんなにも人に囲まれているのに、私はたった一人だ。ただこの拳に伝わる骨の砕ける感触が、悲鳴が、血の生温さだけが、他人との繋がりを実感させる。これまでの人生と何も変わらない。暴力によってしか、孤独を癒すことはできない…………。

 ――『仕様のない子だな、君は』

 はっとリリは顔を上げる。どうしようもなく愛しくて眩しいくしゃっとした笑顔が、暗闇の底からリリを押し上げる。

 そうだ。

 感覚のなくなり始めた足を鼓舞し、リリは立ち上がる。私は今、生きて戻るために闘っている。ましら君と一緒の人生を、歩んでいくために……!!

「……それだけで、私は!!!」

 リリが再び雪に足跡を残す。目の前にはまだ数千の余力を控えた大軍隊が、大河のように犇めいている。その只中に、リリは飛び込んだ……。


・・・


 白い風が吹きすさぶ野の上に、幾重もの肉体が折り重なった。もはや立ち上がる兵はなく、さりとて鼓動を止めた者は一人もいない。リリは膝に手をついて満身創痍の体を支えながら、荒く不規則に息をついた。鎖は割れメスの悉くは欠け、片腕も失ったままだ。それでもここに立ち続けた。

 一個師団レベル、万にも及ぶ戦士の数々を、誰一人として死に至らしめることなく、リリは沈黙させてみせた。

「……これは驚いた」

 心臓に痛みが走る。

 見下ろす。胸から刃が突き抜けている。再生……、が始まらない。バフォメットが背後から囁く。

「まさか本当に全員倒してしまうとは思わなかったよ、リリ。だがここまでだ。我が一族の宝刀、無能刀(あたわずのたち)。知っての通りこれは、狂花帯能力を無効化する。もちろん貴様の再生もな」

 言いながら柄を捩じる。リリが呻く。バフォメットは耳元に愉快そうな笑い声を漏らした。

「……バフォメット。あなたは、死にゆく者の胸の音に、耳を傾けたことがありますか」

 リリが口の端から血を垂らしながら、切れ切れに問う。

「……? そんな感傷は私には無いな。これから死ぬ奴に、未練も興味も必要ない」

「そうですか……」リリが微かに口角を上げる。「なら、それがあなたの敗因です」

 きらりとリリの指が光る。振り向きざま、素早く振り抜いた壊れかけのメスがバフォメットの首を裂く。宝刀を取り落とし、痛みと驚きに見開かれたバフォメットの瞳が、塞がっていくリリの胸の穴を捉える。

「ッ、馬鹿な……っ!! なぜまだ動ける? お前の心臓は確かに貫いたはず……」

 首元からぴきぴきと皹が広がっていく。バフォメットの複製の体が限界を迎えようとしていた。リリは気力を使い果たしたように、倒れるように雪の上に腰を落とした。折れたメスを投げ出し、浅く呼吸しながら言葉を吐き出す。

「残された僅かな体力であなたを倒すには、密着する距離まで近寄らせたうえで油断させる必要があった。がら空きの背中を見せれば、無能刀で心臓を狙ってくるのは必至。長い付き合いです。好機でのあなたの行動は読める……」

「誘い込まれたってわけか……。……しかし質問の答えにはなってないね。心臓の再生は防いでいたんだ、お前はあの数秒の間に死ぬはずだった」

「……たしかに私の心臓は破壊されました。しかし、それはダミーの臓器です」リリは胸に手を当てて答える。「心臓を1つ増やしました」

「……!? 待て……、お前に出来るのは再生までだ。筋肉や骨を盛るのとはわけが違う。器官や部位を創り出すことはできなかったはず……」

「お互い手の打ちは知り尽くしてますが……、今回はそれが仇になりましたねー。たしかに欠損した部位を修復するのと比べ、体の一部を継ぎ足すことははるかに困難です。余計なものを付け加えようとしても、神経や筋肉の配列、血液の循環に矛盾を来たし、上手く働かない。そればかりか肉体の調和を乱し、最悪死を招く危険すらある。しかし……、不完全は不完全なりに使いようがある。あなたが刃を通しているほんの一瞬の間だけ、形ばかりの拍動を行う無用の模造品を形成した」

「……造り出した余計な偽心臓も、無能刀の力で跡形もなく消える……、か。その上朝廷にかけられた心臓の縛りも解除させたわけだ。クク……、そんな欠陥品頼みのリスキーな方法を……、完璧主義の貴様が思いつくとはな」

 リリはやつれた表情でほんのりと微笑を浮かべた。「心境の変化がありましてねー。不完全でも無能でも……、存在する意義はある」

「……ふん。嫉妬するね、お前を変えることのできた奴に……。……認めようリリ、この戦いは私の敗けだ」

バフォメットは雪の中に膝を付き、地面に視線を落として続けた。

「……だが、死ぬのはお前だ」

 みしみしと不吉な音がして、地面に亀裂が走る。「……⁉」分厚い氷の床が割れ、築かれた敗残兵の山たちが滑り落ちていく。

「天は私に味方したようだな……。お前の立っていた場所はちょうど、凍り付いた湖面の上だったみたいだぜ。激しい戦闘と1万人の重みに耐えかねて、崩壊したようだな」

 湖の淵に後退したバフォメットがほくそ笑む。リリの足場に皹が到達する。氷が二つに砕け、リリの体が水音と共に吸い込まれる。彼女の伸ばした指が水面の下に沈むのを確認して、バフォメットは叫んだ。

「あばよ悪友! 死ぬ時は独りだ!!」

 膝を付いた白い陸の上に影が重なる。不意に凄まじい衝撃が頭部に炸裂し、バフォメットは雪の地面に顔面をめり込ませた。

「!!?」

 複製の肉体が崩壊し、芥へと戻っていく。崩れていく視界の中で、バフォメットはどうにか面を上げ、飛来した、己を踏み潰した物体を見た。

「リリ!!」

 真白雪の体が跳躍し、湖へと飛び込んでいくところだった。


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