第21話 ザ・キラー
更地となった西の宮の跡に、閃光が舞い降りた。俺は距離をとって構え直しながら、突如として現れた男を観察した。
純金を溶かしたような濃い金髪に褐色の肌、きりりと引き結んだ寡黙な唇とは裏腹に、意志の強そうな力強い眼がこちらを見据えている。引き締まった肉体は紫の軍服に包まれ、足を広げ前かがみになったレスリングのような姿勢で構えている。
院側の最大戦力、『死刑』のザフラフスカ……、やはり只者ではない。凄まじい瘴気が辺りを蝕んでいる。
「一応聞くが……、俺を仲間にするつもりはないようだな?」
ザフラがこくりと肯く。あの勧誘は策略か……。既に俺は用済みと言うことだろう。ならばこちらも遠慮なく戦わせてもらう。
俺はザフラに向かって直線的に走り出した。御所にいたはずのこいつが一瞬で移動してきた仕掛け……、まずは暴く必要がある。
ザフラが地面に手を突いた。反撃の構えだ。俺も直進をブラフに、敵の背後へ移ぶ。そのまま回し蹴りをがら空きの背中に放った。
「……!!」
鈍く硬い音がして、足の骨が軋む。俺は後ろに飛び退いた。ザフラがのそりとこちらを振り向いた。
人体の感触じゃないな。俺は足をさすりながら俺は考える。如意宝珠を展開し、打撃を試みる。ザフラが腕で弾いた。岩を叩いたような硬い音が響く。硬質化の類か? 俺はさらに進み出て宝珠を振り下ろす。
左手でサバイバルナイフを抜きつつ、ザフラの右の拳が宝珠を捉える。火花とともに宝珠の破片が薄く跳ねた。「!」俺は驚いて追撃の手を緩める。
その隙を見抜いたように、ザフラの姿が消える。『首元に斬撃の音』。素早く体を低くして躱す。光の明滅とともに、空中を予知通りザフラの手刀が通った。
手刀……? 俺は反射的に脇へ飛に退く。耳元をすれすれにナイフが落ちていく。移動の直前に上空へ放たれたものだ。
切っ先が地面へと到達するまでの数瞬に、俺たちは激しい攻防を展開した。俺が瞬間移動で宙に飛ぶと、光が走りザフラが空に現れる。閃光花火のようにちかちかと光が瞬き、あちこちにフラッシュが飛び散る。そのたびに俺とザフラの拳がその場に交錯した。
地面に転移すると同時に、空中でナイフを掴み、ザフラの移動先を予知して振り抜く。光の中を刃が通り抜け、空振りした俺の腕をザフラが掴む。素早い蹴りが俺の腹を打ち抜いた。
俺は呻き腕を振り払おうとする。しかしがっしりと腕を握る奴の手は岩のように堅くびくともしない。拳の連打を浴びる。
一撃一撃が硬く、重たい。石の礫で殴られているようだ。ナイフを手放し、宝珠で横面を張り倒す。「……」ザフラが少しよろめき、こちらを睨む。
硬質化には固め技だ。緩んだ相手のガードを潜り抜け、敵の首に飛びついて関節を極める。「……!」歯を食いしばった奴の体が発光し、手応えが消える。するりと光の中を通り抜けると、ザフラが背後に立っていた。手刀が振り抜かれ、背中を裂いた。
「!」手応えに満足したのだろう、すぐさま放ったこちらのカウンターを、ザフラはもろに受けた。ぴしりと音がして、奴の頬に小さな皹が入った。
「……今度は鉄の感触だな」
俺は拳を振って言った。「それもそこまで密度の高い鉄じゃない。……ちょうどそのナイフのような硬度だ」
「……」
奴はじろりと地面に落ちたナイフを見つめ、それから手を頭の後ろに回して、親指で背中を指さした。
「ん? 背中の傷か」俺は奴の意図を汲んで答えた。「思ったより硬かったろ。俺の肉体は特別製でな、刃は通らない。お前の斬撃も、表面を軽く切っただけだ」
改造手術の件は聞き及んでいたのだろう。奴は得心が言ったという風に肯いた。ここまで終始無言だ。わけは知らないが、口がきけないのかもしれない。
「お前の能力、なんとなく分かってきたぞ」
俺は距離を保って歩きながら、相手を指さす。「岩石のような硬質化、ナイフのような切れ味にその頬の変色と皹、そして発光と光速移動……。触れた物と同じ物質に肉体を変化させる能力、といった所か」
奴は重々しく首肯した。素直な奴だ。……しかし、一つ分からないことがある。
「物性どころか光の波の性質まで実現するとはな。性質を再現するのみならず、肉体そのものが別の物質に変化しているのはどういうわけだ?」
「……」奴は無言で二本の指を突き出した。大方予想は付いていたので、俺はそのサインだけで察した。「……なるほどな。やはり混種か」
ジェミナイア族の力で触れた物質の性質を読み取り、別系統の能力で細胞に変化をもたらしたのだろう。レオニア族あたりだろうか?
「光に変化されるのは正直厄介だが、こちらに打撃を与える瞬間は実体のある物質に戻っていなければならないはずだ。そこを叩く」
ザフラが甘いと言うように指を振った。やおら親指の皮を噛みちぎり、腕を振るう。俺は次に来る法外な攻撃を予知して数百メートル先に転移した。
宙に散布した血の数敵が光に代わり、レーザー光線のように地面を焼いた。
「遠距離もあるのかよ……!」
俺は視線を動かし、さらに数キロ離れた地点に「移動」する。つかず離れず、ザフラも光速移動で追いついてくる。
居場所が割れている。マーキングされているようだ。もしかすると取り込んだ物質の位置を感知しているのかもしれない。奴は宝珠の材質をコピーしていたし、俺の肉体とも接触している。
翁州の山奥、海中、獄舎の一画……、記憶にある限りの遠方へテレポートする。……ほとんど同時に追いつかれる。光は一秒間に地球を2周半すると言う。奴も俺と同じ……、どこへでも瞬時に移動できるのだ。
廃墟になっている魔境跡地に転移した所で、奴はいい加減諦めろと言う風に首を振って掌を地面に向けた。俺は宝珠を肩に預けて答える。
「逃げ回ってるわけじゃない、あんたと戦うのに適した土地を探ってたんだ」
西の宮の更地は見通しが効きすぎてレーザーの餌食だ。海中は屈折の助けがあるが、水中戦の手数においては不利。遮蔽物の多い山中と獄舎での戦闘が一番善戦できたが、山は物質が豊富過ぎて手札を与え過ぎるし、獄舎は建物や人的被害を考えて離れざるを得なかった。その点魔境跡地は火災で燃え残った脆い建物しか残っていない。環境としてはベストだ。
俺は岩陰に隠れる。レーザーが先程まで居た場所を射抜く。予知が無ければ五回は死んでいるだろう。能力者の中で間違いなく最速だ。
燃え落ちた襤褸屋で射線を遮りつつ、俺は素早く奴に接近する。レーザーの有利を潰すには近接で戦うしかない。奴は光速で動けるが、反射速度は常人と変わらない。強化人間の反射で攻め立てる……!
奴の目前に躍り出る。ザフラが体を硬質化させたところで俺は如意宝珠の連撃を繰り出した。
宝珠の朱色になったザフラが両腕を交差させて攻撃を凌ぐ。ぎりぎり腕の届かない、間合いの一歩外からの攻撃だ。材質が宝珠と同じならばダメージは入っていないだろうが、攻め続けることで変身の時間切れを狙う。奴が常時変身していない以上、体力か時間に制限があると推測できる。生身に戻った瞬間を狙う……!
ザフラの体表から石が欠けて散らばる。ザフラの体が動く。攻撃を躱すように横に滑り、生身に成った。渾身の一撃を宝珠に込める。しかしその瞬間、一足先に肉片に戻っていた、割れた石の欠片が光線に変化し、俺の攻撃を遮った。
腕や足の肉が抉れ、焼け焦げる匂いがする。「っ……!」予知で致命傷は避けたが、カウンターを喰らってしまった。「まだだ!」態勢を崩しながら俺は宝珠を放つ。
ザフラの体が、青く透明な液体に変わる。如意棒がその体を通り抜け、波が俺の上体を襲う。
海水……⁉ 不意を突かれた俺の口腔を水が覆う。胃と肺が海水で満たされ、窒息と共に内部から破壊される。そんな最悪な予知が脳裏をよぎった。
まずい‼ 死の予知を見た俺は如意宝珠を自らの口に突っこんで、喉の奥に向けて放った。
喉への強烈な刺激に嘔吐するようにえづき、胃の腑に入りかけていた水を吐き出す。溺れかけていた人間のように激しく噎せ返る。危なかった。これ以上飲み込んでいたら内部で水滴から固形物に変化され、損傷させられていただろう。
レーザーがうずくまる俺の脇腹に風穴を開ける。俺は腹を抑え血を吐き出した。辛うじて急所は避けたが、大きな痛手だった。
ザフラの拳が岩のように重くなり、俺の背中を殴りつけた。拳と刃の雨を浴びて俺は膝を付く。
水滴がまだ肌についていたが、それらが光線や何かに変化する気配はなかった。肉体を変化させるには、最低限の分量があるようだった。裏を返せば、ある程度以上細かくなって離れすぎた水や光は、ザフラの肉体に帰ってこれないということでもある。
奴が己の髪を切り、光線に変える。打撃に耐え反撃の気を窺っていた俺だが、たまらず転移した。
奴も血を使い過ぎたのだろう。これ以上は血を弾に変えるのは防ぎたいようだった。おそらくレーザーの乱発はさけ、決め球として使用してくるはずだ。持久戦……は、望むべくもない。俺は肩で息をしながら、地面に両膝を突いた。既に限界が近づいてた。
『…………れ』
意識が朦朧とする。ザフラが警戒するように距離を保ちながら、サバイバルナイフの柄を掴む。
『…………になれ』
頭の中に『声』が響く。女の声。聞き覚えなのない、なのに常に耳にしてきたような声だ。
ザフラがナイフを掲げ、筋肉をしならせる。幻聴など聴いている場合では無い。理解できていても意識がついて行かない。ちかちかと光る視界の中で、俺はゆっくりと瞬きをした。
「『獣』になるんだ、真白雪くん」
魂にガツンと来るような衝撃が、脳の奥に響いた。
ドクン、と心臓が波打つ。皮膚がざわざわと泡立ち、無意識の淵に眠る野性を揺り起こす。
俺は目を開く。抑え込んでいた野風の細胞が、溢れ出した。




