表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人獣見聞録-猿の転生 Ⅳ・半獣神たちの午後  作者: 蓑谷 春泥
第3章 キル ユア ダーリン
21/31

第19話 治天の君

 近衛兵たちが槍を構え、院とその部下を囲む輪をじりじりと狭める。数は配備していたそれよりもかなり減っている。残っている者も手負いのようだった。

「勾玉の脅しがある以上、私に手は出せない。こちらがやや有利だけど……、膠着状態ってとこかな。皇帝の護り手としてはずいぶん心許ないね。シェクリイにユダを任せたのは失敗だったんじゃないかい?」

「見え透いていますね。ここまで近衛兵を減らしたのは、ザフラフスカとユダでしょう。暗殺は彼らの天職だ。こうなった以上、遅かれ早かれユダは仕留めなければならない」

「冷静だね」玉座から離れ、天鵞絨の絨毯の敷かれた階段に優雅に腰掛ける。「ではこの場は互いに皇帝らしく、盤上から次手がかかるのを待つとしようか」



「隊長! 夷戦の時のように水中放電で仕留められませんか?」

 船の端によって陣形を組みつつ、モルグがカミラタに尋ねる。迅速に対応し、転覆を免れた軍船は数隻だった。あとの船は無残にも沈没し、海に投げ出された隊員たちは渡罪(わだつみ)の餌食になっている。

「無理だ! 水中では電撃が拡散して威力が下がる。俺独りの電圧では心許ない。何より渡罪の表皮は耐電性が高い!」

「来い! 河童共が」

 水かきの生えた手で船をよじ登ってくる渡罪たちを蹴落としながら、ユーメルヴィルが煽り立てる。カミラタが全体に指示を飛ばす。

「慌てるな、体勢を立てなおすぞ! イクテュエス族の隊員は重力操作で海に落ちた隊員と軍艦を引き上げろ! スコルピオ族とアクアライム族を中心に氷と植物で足場を形成しつつ、近接系の能力者を盾に凌ぐ。ヴァルゴー族とアリエスタ族は溺れた隊員の応急措置!」

 カプリチオ族のテレパスを介して全軍に指示が回る。カミラタの指揮の下速やかに対応が始まる。無重力空間が発生し、泳ぎ回っていた隊員や渡罪が海水諸共浮かび上がり、ぷかりと海面に上昇した軍艦の上に着地する。「陣形をとって全方位に対応しろ! 遠距離の能力者を中心に置け!」

「頼りになるな、カミラタ」甲板に上がってきた渡罪たちを殴り飛ばしながらユーメルヴィルが感心する。その頭上を何かが通り抜けた。

 激しい衝撃音がして、折れたマストが頭上へ降ってくる。カミラタが電撃で帆柱を破壊し、下にいた隊員たちへの直撃を防いだ。

「沈んでねえ軍艦があると思ったら、やっぱお前かァ、カミラタ!」

 中途で折れ、ささくれ立った断面を見せるマストの端にぶら下がった白い毛の野風が、頭上から叫んだ。「俺と遊べるのはお前くらいかァ?」

(しろ)(ぬえ)!!」カミラタが帆を仰いで声を上げる。

「白い野風……? 銀将門の息子か!」

ユーメルヴィルが頭上を見上げる。白い野風が眼下に目を移す。

「んだァ? 野風も居るのか。そこそこの野性は感じるが……、まさかお前が『紅喰い』じゃねえよな? 赤毛」

「俺は霊長教會若頭のユーメルヴィルだ。覚えておけ」

ユーメルヴィルが名乗りを上げる。

「知らねえな。覚えるつもりもねえ。……おいバック! あの野風お前にくれてやるよ!」

 水音を上げて、甲板の上に渡罪が降り立つ。青緑の毛の先からしとしとと水滴を垂らして、陰気な目を白鵺に向けた。「待ちよれワレ……。(わし)の相手はカミラタじゃき。貴様(きしゃん)は雑魚でも掃除しちょれ」

「そうかよ。なら早い者勝ちってことでいいな」

 カミラタの雷撃を躱しながら白鵺が宣言し、マストから飛び降りる。白い袈裟がはためき、体躯に見合わない異様に重い衝撃で床の板が弾ける。

「モルグ、あいつはヤバい。偽鬼の鎧装(スーツ)は下の貨物室か? 退がってろ」ユーメルヴィルがモルグを後ろ手に回し尋ねる。

「いえ、ユーメルヴィルさん。俺が前衛に立ちます」ユーメルヴィルの手を避け、モルグがつかつかと前面に進み出た。驚いた顔でユーメルヴィルが顔を上げる。「あァ?」白鵺が気色ばんだ表情でモルグを眺める。モルグは意に介した様子もなく隊服を脱ぎ捨てる。面に掌を添え、体をくの字に折り曲げて咆哮した。

 モルグの全身の毛が逆巻き、青く染まった髪の毛が後ろに伸びていく。白鵺が瞠目する。その目の前でモルグの筋肉が隆起していく。瞳孔が細くなり、獣じみた形相に変化する。人の(なり)を留めたまま、爪は鋭く、犬歯は牙にのように尖る。「ッアァア……!!!」

「モルグ……、お前っその姿……」

たじろぐユーメルヴィルの言葉を、白鵺が牙を剥きだしにして引き継いだ。「人猿(ヒトザル)……! 半獣野郎かテメエ……!!」

 白鵺が唸り声を上げて彼をギラギラした黄色い瞳で睨み抜く。「面白ぇ……、野風擬きは全員狩りの対象だ。お前から殺してやるよ」

 モルグは猿と人の入り混じった異形の姿で構えをとった。「来い……! 『徒刑(ずけい)』の白鵺」



 天地が逆転して、足元に蒼天が広がった。頭上から御所の建物の薄く伸びた屋根瓦が降りてくる。

 ユダは接地の瞬間に身を翻して衝撃を横に長し、巧みに受け身をとった。すぐさま顔を上げて敵の位置を確認する。追撃の雷の大矢が視界を覆い、とっさに屋根を飛び降りる。腕を掠めた蒼の電撃は石畳の床を粉々に砕いた。

直撃を避けたにも関わらず、接近しただけで腕に火傷が出来ている。相当な高電圧だ。ユダは回廊の屋根にひらりと飛び乗り、近衛兵長の姿を探した。中央塔二階のデッキ部分、ゴムのような厚みのある巨大なシダの葉の上に、シェクリイボーンはふわりと着地していた。偽鬼の(スーツ)にも使用されている緩衝材だ。落下のダメージは期待できなさそうだった。

 あんな所にシダなんて生えてたか? 疑問が頭を掠めるが、こちらを見下ろしたシェクリイの殺気を感じ取り、彼女はすぐさま思考を切り替えた。

「ユダ、お前にはがっかりだ」シェクリイが怒気を含んだ声で静かに呼びかける。「帝に力を見出され、底辺から取り立てていただいた者どうし、貴様には目をかけていたのだがな」

「その割には殺意満々で落としてくれたっすね、先輩。戦う相手に敬意とか無いんすか?」

「お前が敬意を口にするな。私が敵を認めるのは、そいつが主君への篤い忠誠心を持っている時だけだ。例えば『死刑』のザフラフスカ……、あいつのような敵だ」

シェクリイは両手を弓を構えるように広げる。

「俺やあいつのような出自の人間は忌子。ドクター・リリのように捨て子になればましな方だ。たいていは力が発現する幼少期に殺される。私は帝に、奴は院に命を拾われ、お側で力を尽くすことを許された。我々はその恩に報いるために生きている。引き換え貴様はどうだ? 仁義もなく、ただ生きるために刃を振るう卑しい人間だ」シェクリイボーンはユダを蔑むような眼で見下した。「お前がいつまでも奴婢なのは、生まれのせいではない。その見下げ果てた心根のせいだ」

「言ってくれますね……。能力に恵まれただけの、クソ勘違い野郎が。その無駄口、すぐに塞いであげますよ」

 言い終わらぬうちにユダは屋根瓦を蹴り出していた。瞬く間に距離を詰めていく。挑発に乗った風に見せて、その実計算された行動だった。

 蒼雷の矢、弾速と威力は脅威だが、動きは直線的……。初動さえ見抜けば躱せる。あれほどの出力なら恐らくは遠距離タイプ……、間合いを詰めればそれほど怖くない。

 兵長が溜息を着く。「愚かだな……、ユダ」

 彼の腕の間に、灰褐色の泥のような物体が現れた。「⁉」矢のように放たれたそれは空気抵抗で放射状に広がってユダの行く手を塞いだ。

「チッ、こんなもの……。……!」脇差しを素早く振り抜いたユダだったが、粘り気のある灰色の物体は刀を包み込むようにぐにゃりと伸びるばかりだった。

 ユダは泥に押し流されるようにして屋根に倒れ込む。思わず声が漏れる。その体を覆った泥が瞬く間に凝固していく。

「……っ。これは……、石灰……?」

「その通りだ。やっと気づいたか。私が出せるのは雷だけではない。否……、雷はレパートリーの一つに過ぎない、と言うべきか」

「さっきのゴムの葉も、あんたが創り出したものか……」ユダは身動きを封じられた体を眺めた。「さてはあんた、ライブラ族じゃないな?」

「そもそもそう名乗った覚えが、無いんだがな。よく誤解される。現に先の夷戦では、ライブラ族の部隊に配属された」

「贅沢な悩みで何よりっすね」ユダの身体が明滅する幻燈のように微振動する。すうっと石灰の塊を抜けたユダの肉体が、電光石火の如く躍動する。

「! カルキノスの壁抜けか!」背後をとったユダに対し、石灰の膜を盾に生み出す。

 ユダの白刃が閃く。布間を切り裂くように泥の膜を切り開いたユダが、そのまま真一文字に兵長の肩を裂いた。

「っ……!」ぎりぎりで頸を護りつつ、シェクリイは階下に飛び降りた。

振動剣(バイブレーション・ソード)か……。刃を高周波振動させ、あらゆるものを切り裂くカルキノスの秘技……。孤児のお前がよく習得できたな」

「墓児には墓児の蓄積がありましてねえ。殺しや掏摸に使えそうな技は、流派を問わず継承されてくんすよ。もっともちゃんとした指導者はいなかったから、使えるようになったのは最近っすけどね」

 刀を振るって血を払いながら、ユダが答える。「にしてもさすがに良い反応っすね。並の兵士なら今ので首、逝ってたんすけど」

「そう簡単にはくたばらない」

 地面に手を当てて言い返す。御所の渡り廊下や窓を鉄の壁が覆い隠していく。議場への通路が塞がれた。さらに彼の足元の石畳が隆起し、再び兵長を頭上に押し上げた。

「どんだけ見下ろすの好きなんすか? コンプレックスの現れじゃないっすかね」

 ユダの挑発を無視して、シェクリイボーンは両腕を広げ、液体の巨塊を創り出した。ユダの頭上に向かって放つ。

 水撃……? ユダは刀を構える。

シェクリイボーンはさらに追い打ちで小ぶりな岩を放ち、液塊に衝突させ破裂させた。雨のように広範囲に液が降りそそぐ。

「! 違う……! この匂い……、酸か!!」

 ユダは上衣を笠に体を隠すと、片手で床を切り裂いて部屋の中に転げ落ちた。

焼けるような音がして、上着が煙を上げている。僅かに酸の触れた衣服の面を小刀で切り離す。

「っぱ近衛兵長は伊達じゃないか。無茶苦茶だな……。正面戦闘は避けるか」

 ドアを勢いよく破り、廊下に飛び出す。屋内に入ってしまえば、姿を眩ますのは容易い。少し離れた所から、衝撃音が聴こえた。闇雲に攻撃しているのか。それも良い。攻撃後の隙ができた所を狩る。

 足元に薄氷を踏むような感触があった。

「! 硝子……」一帯の床が硝子の薄板が敷かれていた。シェクリイが仕掛けたのだろう。踏めば大きな音が出て、居所が割れる。

が、ユダにそれは関係ない。足元から生じる音の波を調節。無音の領域を広げて硝子の割れる音を打ち消す。

 だが、そのために気付くのが遅れた。ユダは自分の背後から煙が上がっているのにしばらく気付かなかった。空気の淀みを感じて振り返ると、廊下に色の付いた煙が充満し、開いた窓から外に向かって漏れ出していた。

 しまった、硝子の下に煙玉か何かを仕込んでいたか。硝子音を回避したと油断させ、発煙トラップを踏ませるのが真の狙い……。

 派手な破壊音が次々に近づいてくる。後ろの通路と窓に鉄壁が沸き上がって来て退路を断たれる。煙で居所もバレた。閉じ込められる前に次の部屋のドアを蹴破る。

 怒涛の勢いで水流が流れ込んできた。壊れた鉄壁の穴から放流されているのが見える。匂いを断つためか、今度はただの水だ。だが密閉された廊下に押し戻される。あちこちで派手な音を立てていたのは、注水の音を誤魔化すため……。ユダは舌打ちして脇差しを振りかざす。廊下はすぐに水でいっぱいになる。その前に壁を切り開いて外に出る……。

 閃光が部屋に空いた穴から降りそそいだ。蒼の雷が飛沫を上げて着水する。激烈な電流の痛みが身体に走った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ