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人獣見聞録-猿の転生 Ⅳ・半獣神たちの午後  作者: 蓑谷 春泥
第3章 キル ユア ダーリン
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第18話 黒い雪

 空間移動(テレポート)を発動しようとした俺は確信を強めた。カプリチオの屋敷を含む王都一帯、定海(じょうかい)の一部海域、祇園の京の宮……、いくつかの場所の座標計算が妨害されている。間違いない、密かに戦いが始まろうとしている。問題はどちらが仕掛けたか……。

 俺は素早く思考を巡らせる。……京の宮のジャミングは門の手前までだ。最悪守衛を突破すれば中に入れる。俺は西に向かって「転移」を働かせた。




 世界が黒く染まって、果てしない索漠とした荒野が見える。「……?」俺は困惑した。座標計算を間違えたか? ここはどう見ても祇園ではない……。

 視界が悪い。山火事でもあったのか、煙とも灰ともつかない芥が舞っている。俺は瞼に降りかかる塵を振り払い、その正体に気付いた。

 灰は俺の手に触れた途端に冷やりと融解し、墨のように溶けて消えた。それは灰でも煙でもなかった。俺は歴史の教科書で呼んだその文言を思い起こす。

 「黒い雪」。

 22世紀後期……、世界は核の炎に包まれた。俺の生まれる百年ほど昔の話だ。第二次大戦後の200年という歳月を経て、各国の緊張と核の技術は頂点にまで高まっていた。もはや次の対戦は回避できないと悟った各国は、「地球が死なない程度の」核の保有を暗黙裡に取り決めた。地球はもはや火薬庫と化していた、各国が前大戦を凌駕するレベルの核を打ちあえば、もはや戦勝戦敗どころではなく、人類皆が揃って共倒れになると分かっていた。

核戦争の脅威に世界の終末を予見した国々の出した結論は、「抑止力から実兵器へ」という逆行であった。世界中で撃ちあいになっても人類が滅びない程度の威力に破壊規模を抑え、引き換えに高性能照準や撃墜回避機能、量産コストの軽さといった補足的能力の充実が進められた。その過程で放射性物質は前時代的な装備となり、太陽光エネルギーを利用した「クリーンで」「人道的な」新しい核が普及した。結果、安心して核を発動できるようになった国々は歯止めを失い、世界の人口は2世紀前の半分にまで減少することとなる。

一方で各保有を制限されていたいくつかの国は、一つの研究に国運の逆転を賭けた。すなわち核の完全無力化。あらゆる種類の遠距離弾道ミサイルに対応する絶対防御の広範囲結界(シールド)を彼らは作り上げた。一つの国の領土を丸ごと覆いつくすほどの大規模な守護領域は瞬く間に普及し、かつて栄華を誇った大国たちも、ついにそれに抗しうる核兵器を創造することは叶わなかった。主要国の疲労も相まって、大戦は数年の内に終結に持ち込まれた。

その結果として俺のような人体兵器が生み出されるようになったわけだが、その話は一先ずおいておこう。

俺は座標を再確認する。……やはり西の宮の位置で間違いない。だが360度見渡す限りの更地、そしてあの「流星」……、ここに核が撃ち込まれたのだ。

「ボアソナード……」

俺は宮にいたであろう友人を思い浮かべ、奥歯を厳しく噛んだ。

 22世紀の最終型核兵器、通称「ストレンジ・ラヴ」の特徴は爆発直後に黒い雪が降ることだ。放射性物質は使われていないので「無害」かつ、溶けると無色化するために掃除もしやすいというのが売り文句だ。皮肉を越えて狂気の沙汰である。ともかくもこの兵器の特徴であり、恐らくこの地に墜ちた流星も同じ型のものだろう。心当たりはある。

 上空の方から砂嵐のようなノイズ音が聴こえてくる。俺は東の空に顔を向けた。空中に浮かんだ宝具によって、幻燈(ホログラム)が起動している。悠然と玉座に構えた帝の幻影が宙に投影されていた。

「……やあ、君か。祇園の跡地に誰か立っていると言うので、仕留め損ねたのがいたかと見に来たら……。敵地に転移するなら一言断っておくことをおすすめする。巻き込みかねんからな」

「……やはりあんたか、帝。このレベルの攻撃……、『三種の神器』だろ」

 画面の向こうで、帝が眉を上げた。

「情報通じゃないか。『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』は貴様には披露していなかったはずだが?」

「『三種の神器』は朝廷専用の古代兵器……。改造された東京タワー『天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)』や、夷の御所襲撃時に見せた守護結界(エネルギーシールド)八咫鏡(やたのかがみ)』……、あれらは保存された22、3世紀の兵器だった。向こうで見聞きしたことがあったから分かる。あれに並ぶ当時の兵器はラヴ弾頭くらいしかない。どういう経緯でその三つが遺されたかは分からないがな」

「稀人ならではの洞察というわけだ」

 帝の反応に俺は眉を顰めて続ける。

「さすがに度が過ぎる。いくら皇帝と言えど、元老院が黙っていない」

「おかしなことを言うな。元老院の承認なら、先頃執ったばかりだぞ?」

 帝が幻燈の範囲を広げる。俺の後ろで、議場の両卓を半数ばかり埋めた公家たちの影が、目を伏せるように席に座っていた。「貴様にも召集命令を送ったのだがな、真白雪。記録にも残っている。だがこの時勢だ、院の配下がお前や他の元老院への使者を、闇討ちしたのかもしれんな」

 ぬけぬけと言ってのける帝に、俺は歯軋りした。

「院による襲撃を逆手にとり、自分に親い元老院のみで会議を始めたのか」

「言いがかりはよすがいい。現に反対票も入っている。……まあしかし、ちょうど付近の海洋に警察隊の精鋭部隊も立ち寄っているみたいだし、このまま西国の反乱分子を制圧させてもらうがな。頭を失った軍の手足など、削ぎ落すのは容易い……」

「興味深い話をしているね。何の頭が失くなったって?」

 画面の後方から声が飛んでくる。帝の目が一瞬間、驚きに見開かれる。俺は幻像の中を振り返る。玉座に続く階段を上ってくる獄門院とボアソナード、そして褐色の男の影像が浮かんでいた。

だがその姿を見ることができたのはほんのわずかだった。獄門院が開け放たれた西側の天蓋を指さす。幻燈の中に閃光が閃くとともに、何かが東の空に輝き、俺の体は吹き飛ばされていた。

 呻きながら俺は身を起こす。土煙の向こうに、ゆらりとシルエットが聳え立つ。元『八虐』、五刑最高位の男……、『死刑』のザフラフスカが、こちらを見下ろしていた。



「どうも入れ違いだったようだね、真白雪。迎えを寄越したから、しばし閑談の時を過ごすと良い」

 玉座の背もたれに腕を載せ、幻燈を覗き込んで院が喋る。画面は今しがた宮跡地に飛来した物体の衝撃と砂埃で、ひどく乱れている。褐色の肌に金髪の無口な男の背中が映っているばかりだ。

帝が幻燈の影像を消して、院を見上げた。

「『死刑』のザフラフスカ……。どこにでも移動できるという点ではましらと同じですね。奴を向かわせたということは、最初(はな)からましらは標的でしたか」

「彼の転移と予知は厄介だからね。それに彼はこの一年の間に突如として現れた異分子だ。私の思い描く未来に、彼という計算外のピースをはめ込む余地は無かった。不安の芽は摘んでおく。彼に声を掛けたのは、今日この瞬間まで大人しくしていてもらうためさ。返答に迷っている間に、こちらの策を進めさせてもらった」

「こちらの奇襲の情報が漏れていたか……。主戦力が八尺瓊勾玉を撃つことまで、想定内でしたとは。どうりで水軍の対応が早いと思った。まがりなりにも自身を釈放に導いた皇族たちを囮に使うとは、いつからそんなに冷血になったのです?」

「ただ選ぶことを覚えただけさ。全員は救えない。何を護り何を愛するか、それ以外は切り捨てることにしたのだよ」

「それに親皇様たちは20年前と同様、院を傀儡にすることが目的の、我々にとって邪魔な存在でした。憚りながら、院の釈放を漕ぎつけた時点で役目は終えている」

 ボアソナードが口を添える。

「丸くなったと思っていたが、老いてますますか、ボアソナード。くく、どいつもこいつも悪擦れしたものだ」

 帝が冷ややかに笑いながら、鋭く視線を飛ばす。「……それで? よもやその程度の戦力で投降せよとは言わないでしょう?」

「もちろんだよ」院がぱちりと指を鳴らす。すらりと頭上から緑の影が降って来て、玉座の裏に着地する。帝の細い首筋に、ぴたりと白の切っ先が張り付いた。元老院たちが慌てたように立ち上がる。

「動くな。動けば切る」

 ユダが蛇のような眼で貴族たちを睨み、低く警告した。

「まだ生きていたとは驚きだ。主人に刃を向けるか、ユダ」

「あんたはもう主人じゃない。私の主は獄門院陛下ただ一人だ」

「裏切り者め……。叔父上も人たらしだな」

帝は落ち着いた様子で呟き、机上を見渡した。「院に絆された者はこやつ一人ではあるまい。八咫鏡の結界を解除して彼らを招じ入れた者がいるな」

 沈黙。

ややあって、一人だけ黙って座ったままでいたザグレウス=レオニアが立ち上がる。「すまねえ、帝」

「ザグレウス、お前ほどの忠義者が」イタロが驚きに上ずった声で言う。

「許してくれ、イタロ。俺も一度は断った。だが院は帝が虐殺に踏み切ると断言し、俺を挑発した。俺は帝を信じた。だから賭けに乗ることにした。勾玉の発動を帝が持ち出さなければ、その場で院を取り押さえる。逆に無警告爆撃の指示が出された時は、帝を見限り院に従うとな」

「血の契約か。やはりヴァルゴー族の能力は厄介だな」

院がほくそ笑む。「ザグレウスはこの場の元老院随一の強者だ。それに我が最大の忠臣、『死刑』のザフラフスカ、彼も一声でいつでも呼び戻せる。さらに保険として、地下の間の勾玉制御室を制圧し、この御所を次の着弾点として設定しておいた。もし私が死ねば、君たちも諸共というわけさ。……さて本題だ。サガ、君の首が繋がっているうちに契約を済ませよう」

「それは面白い提案ですね、叔父上」帝が余裕の表情を浮かべたまま首を傾げる。「誰の首が落ちると?」

 硝子窓が砕けると同時に、凄まじい勢いで青い雷の矢が飛び込んできた。ユダは咄嗟に跳び退く。雷矢が玉座を掠めて背面の壁に穴を開ける。青空と階下に広がる御所の屋根が覗いた。

側面の窓から、次々と近衛兵が雪崩れ込んできて、机を取り囲んだ。玉座の隣に近衛兵長が跪く。ユダは院を護るように脇差しを構えた。

「遅くなりました、帝」

「特別勅許十八號を宣言する。シェクリイボーン」帝は前を向いたまま、近衛兵長の名を呼んだ。「あまり壊すなよ」

 帝の命に近衛兵長が勝鬨で答える。勢いよく飛び出してユダを掴むと、壁面に空いた穴に飛び込んで、彼女を蒼穹の下に引きずり出した。


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