少年の日の思い出
勇者部の勧誘を逃げ切り、なんとか入学式の会場である体育館に到着する。指定のパイプ椅子に座り、周りの同級生たちと取り止めもない話をしている内に、式が始まった。
校長の挨拶に始まり、先輩方による校歌斉唱を経て、部活紹介の時間へと移る。陸上部から茶道部まで、他じゃ名前も聞かないような活動を行なう部活が多い。流石ユニバースを積極的に受け入れている大型の高校だけあって、部活の種類も溢れかえっているというわけだ。
「私たちは勇者部だ!世の為人の為、その力を振るわんとする者はウチに来いっ!」
出たな勇者部。先程の部長とダークエルフに加えて、哀れにも捕まってしまったのであろう生徒がビクビクしながら舞台に並んでいる。
「活動曜日は毎日!勇者に休みなどないっ!」
ざわつく新入生。活動内容が訳わからないくせに休日が無くなるなんて、一体誰が入部するというのだろうか。
「ではまず活動内容の一例を...なに、時間?いや!まだ語りたい事が沢山...あっ、ちょっとマイ」
各部活が一言ずつしか話していないというのに、ロングスピーチをかまそうとした彼女の手から、半ば無理やりマイクが引き抜かれる。ギャーギャー騒ぐ部長をダークエルフが傍に抱えながら、のそのそと舞台袖に消えていった。
その後、実に退屈な来賓の言葉に続く。昨夜緊張で眠れなかった事が災いし、だんだんと瞼が重くなっていく。大切な式の時間に居眠りなんてもっての外だ。必死に眠気を堪えるものの、退屈な祝辞の言葉が子守唄となり、ついに意識が混濁し始めた。
*****
「はーいみんな注目!」
どこか懐かしさのある声に、突っ伏した机から顔を上げる。小さな同級生に、どこかで見たような担任の顔。
ああ、十年前の記憶。あの時の思い出だ。
「今日はハイエルフのエリュシーさんに来ていただきました!エリュシーさん、お願いします〜!」
「は、はい。エリュシーです。今日は皆さんに、スキルストーンについての講演をさせていただきに参りました」
金髪の凛々しい顔立ちをした、鎧姿のハイエルフ。前の世界では随分と活躍した戦士らしく、たまに地元紙などにも顔を見せている。
「この世界の住人である貴方たち人間は、私たちが持つような特殊な力や魔法を使用する術を持ちません。しかし、ごく一部の資質を持つ人間に限り、異世界から武器や道具などのアイテム、またはスキルそのものを召喚し、一時的に使用することができます」
鎧に似合わない今風なサイドポーチから何かが取り出され、目を爛々と輝かせる小学生たちの前に掲げられる。
「それを可能にするのが、このスキルストーンです」
どこかの部長が見せてきたものとは違い、しっかりとした装飾が施された美しい輝きを持つ石を持ち、エリュシーが生徒にスキルストーンを見せながら回る。
「異世界のスキルを使用する資質がある者が近くにいると、スキルストーンは淡く光り始めます。非常に珍しい例ではありますが、皆さんの中にもスキルを持つ人がいるかもしれませ...あ」
エリュシーが教室後ろの俺の前まで来ると、その手に持ったスキルストーンが輝き始める。この夢、この記憶では、どれだけ来るなと願っても、どれだけ光るなと思っても、この結果に収束してしまう。
「驚いた...では君、立ってくれるかな?」
エリュシーの言葉に、ゆっくりと椅子を引いて立ち上がる。どうせ抗おうとしたところで、夢の中では勝手に体が動くのだ。
「これから君のスキルを顕現させてみましょう。ただ一つ注意があります。異世界の武器や道具には、一部呪われたものがあります。特に、人の言葉を話す武器である【魔剣】などは非常に危険です。あれは、使用者の意思とは関係なく、多くの命を簡単に奪ってしまうような、恐ろしいものです」
俺を含め、他の生徒や担任の教師までもが、思わず固唾を飲む。
「...まあ、そういった呪いのアイテムがスキルストーンから召喚された前例は今までありませんのでご安心を。じゃあ君、スキルストーンに手を翳して、机の上に何か出てくるのをイメージしてみて」
言われるがまま、目の前に差し出されたスキルストーンに手を翳す。瞬間、スキルストーンが眩いばかりの光を放ち始め、机の上に光の粒子が集まり、何かを形作っていく。
「す...凄い、この魔力...!!」
やがて光の粒子は剣の形となり、漆黒の柄と、緋色の刀身が彩られていく。小学生には堪らないその厨二臭いデザインに、教室中がどよめき始めたその時。
『我は終焉を齎す黒血の邪剣...召喚者よ...悉くを屠り、悉くを滅ぼ』
「あーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!」
エリュシーが奇声を上げながら、俺の前に差し出していたスキルストーンをとんでもない怪力で握り潰す。飛び散った石の欠片が頬を掠めた。
「は...ハァ...ハァ...」
肩で息をしながら青ざめるエリュシー、互いに顔を見合わせながら耳打ちを始める同級生。
この感覚、いつものこの感覚だ。幾度目かの全身から血の気が引いていくような感覚を覚えると共に、強く体を揺さぶられ、夢の世界の教室は一気に縮んでいった。