Nier love near Spring
「──────────……ふ、はぁっ」
声にならない声とは、まさにこのこと。いつからか俺が秘め続けてきた想いを一つ打ち明ければ、ニアがパチクリと藍色を瞬かせて俺を見る。
緊張が去ったのではなく、ただただ呆気に取られて。
そのもの『突然なーに言ってんだコイツ』とでも言わんばかりの表情で。
……勘弁してくれよ。何回も言えないって言ったろうに。
「俺の、初恋、君なんです」
「…………き、キミナンデス……?」
「楽器メーカーみたく言わんでくれるか」
誰得赤面、頬が熱い。まだ幸いアルカディア十八番の強制過剰感情表現エフェクトの世話になるまでには至らないらしいが、それでも。
ステータスUIに未知のデバフアイコンが点灯しないのが不思議なくらい、仮想の身体が勝手に体温を上げていくのを感じていた。
然して、三度の即時リピートは許してくれと数秒黙れば、
「……ぇ、え…………────」
ニアは……果たして、如何なる感情か。赤面するでもなく、慌てふためくでもなく、混乱極致に至り一周回って落ち着いたのか否かと言った様子で。
「────えっ?」
「っふは……!」
心の底から出たのであろう素の困惑声に、それまでと余りある落差が場を直撃。こっちもこっちで余裕なんかありゃしない俺も、変な笑いを止められなかった。
そんな俺を……────ニアは、不思議なものを見るような目で見て。
「な、なんで……?」
「なんでって、お前」
「いや、なんで……!?」
「なんでじゃねぇんだよ、お前」
らしいというか、予想通りというか。ほんとコイツ、自己評価が高いのか低いのかって部分に限っては今に至っても掴み所がないというか。
まあ、重ねて────そうだろうとは思ってたけどさ。
「ニア、さ」
「は、はぇ……はい」
そんで……今だからこそ、こんなことを口にできるけどさ。
「心のどっかで、自分はフラれると思ってたろ」
「──────…………ぇ」
疑いなく推測を言葉にすれば、ニアは再びポカンと呆け顔。次々と瞳に浮かぶのは、戸惑い、動揺、驚き、疑問……まあ、それも予想通り。
心のどこかで。
つまり、多分、コイツ自覚してなかった。
自信の有り無しとは別のところで、漠然と揺蕩う不安や思い込みに気付いてなかった────俺の見当違いでなければ、そうなんだと思う。
「……少なくとも、これは思ってたんじゃねぇの」
そして俺は、これに関しては俺自身の目を疑っていない。
「な、なにが────」
初恋相手に惹かれ続けていた、俺の目を疑っていない。
「────普通だなって」
「……え、ぇ…………」
「自分だけ、なんかこう……なに? 運命的とか、劇的とか、そういうの? ないなー、普通だなーって、思ってただろ。ずっと」
「え、……えぇー……………………とぉー…………」
「思ってたんだろ?」
「…………………………………………………………………………」
斯くして、答え合わせは数秒の後に。
見透かされていたこと自体か、あるいは見透かされていた内容のせいか。ほんのりと……ようやく、ほんのりと、彼女らしく愛らしい照れの朱を浮かべて。
「…………はぃ」
ニアは目を逸らしながら、気まずげに頷いた。
……ほんとコイツ、ほんとさぁ。
「まあ……言いたいことはわかる。ソラはファーストエンカウントからして奇跡だったし、その後に続く冒険も全部が全部アレだったし」
「…………そうですね」
「アーシェも、なぁ……思い返しても我ながら頭おかしい爆走っぷりだった、あの舞台でのアレコレ。自分で言うのもなんだけど馬鹿みてぇにドラマチック」
「…………そうですよ」
「んで、ニアちゃんは……」
「…………………………」
さて……────悪いけど謎の激低自己評価が自分を見てるみたいで腹立つから、とりあえず何とも言い難い空気感を和ませる意味も含めて揶揄っとこう。
「カグラさんに紹介されて引き合わされた、職人と客?」
「…………………………………………………………」
「そんだけ?」
「……………………………………………………………………………………」
むぅ──────────ッッッと、目を逸らしたまま口を引き結び無言。
ニアが何かを指摘されて碌なリアクションも取らずに黙った時は、大体の場合が完全に図星を突かれて言い返せず拗ねていることを意味する。
「…………はぁ」
ほんとさぁ。ほんとコイツ、さぁ……。
「あのさ、ニアちゃん」
「……なんすか」
いや『なんすか』て。乙女の返答がそれでいいのかと、また笑いながら。
「なにより大事なもん、忘れてくれるなよ」
「もう、なんなの……! あたしだけ大した出会い方じゃないのは事実────」
「〝一目惚れ〟」
俺は、今日の今日まで。今の今まで。
ニアを感じる時に、一瞬たりとも忘れたことのない〝特別〟を、突き付ける。
「────っ……は、ぇ…………ぅぇえ……? なん、なに」
「あのね、ニアちゃん。よく聞けよ女子」
運命的でも、劇的でもない? アホか貴様、馬鹿を言うなと。
「女の子に一目惚れされるなんて、男にとって、この上ないファンタジーだぞ」
「………………………………………………えぇ???」
まだ響かんと申すか。よかろう徹底抗戦だ。
「デートの日」
「えぅ、は、はい……?」
「お前が俺に一目惚れした云々って言いやがってから、そりゃもう大変だった」
「な、なにが……」
「全部。お前が何しても────可愛いことしても、格好良いことしても、バカなことしてもアホなことしても間抜けなことしても、」
「ねぇ待って、なにこれ悪口────」
「────全部の! ────全部に! ──────『この子、俺に一目惚れした女の子なんだよな』ってフィルターが掛かんだよッッッ!!!!!」
魂のシャウト。そう称して差し支えないだろう。
苦節約半年、ようやくぶちまけられた。
「はぁ………………あー、スッキリした」
「なん、ぇ、は、っひ、一人でスッキリしにゃいでくれますかっ……!?」
相も変わらずソファに埋もれる藍色が、俺のマジかつ極めて阿呆な追加告白に悶えておるわ。────重ねて約半年、コイツのありとあらゆる言動に掛かる劇的ブーストのせいで悶え苦しみ続けた俺の想いを今更お裾分けである。
……とまあ、そんなわけで。
「お前自身は、そりゃどう扱うかなんて好きにすりゃいいけどさ」
俺にとって、ソレは紛れもなく。
「俺にとっては、ソラとの出会いにも、アーシェとの出会いにも、負けてねぇの」
後から知った、放心するレベルの『運命的な出会い』だったさ、と。
「…………………………ぅ…………うぅ、ぇえぇええぇぇぇえぇ……?」
ほんで果たして、それはどういう感情なのかと。先程のように、けれども先程とは明確に異なる様子でもって、両手で顔を覆ったニアがクッションに沈む。
それを見て、どうしよっかなと俺は二秒ほど考え、
「ぶっちゃけ意識しっぱなしだった」
「っ……」
さらり。
「なにしても可愛いとしか思えねぇんだけど、どうすんのコレって思ってた」
「っ……!」
さらり。
「俺のことが好きな女の子、俺に一目惚れしちゃった女の子、俺の顔やら諸々が信じられんくらいドストライクだったらしい女の子、マジやべーなって泡食ってた」
「っ……‼︎」
さらりさらり。
もはや建前など必要はなく、然らば告白は止めどなく。
「そんで、お前……────悔しいけど、ほんと『お姉さん』でさ」
「…………ん? へっ?」
「その都度『誰がだよ』ってツッコミを入れてはいましたけども」
「………………は、鼻で笑ってたじゃんっ……」
だよな。それ全部、
「もうほんとぶっちゃけ百パー照れ隠しっすわ」
「…………………………」
開いた口が塞がらないとばかり。なんと言い表せば良いのやら、どんな顔をすればいいのやらといった風に俺を見つめるニアが愉快だ。
あぁ、ほんとに、コイツはいつもいつも賑やかで、
「ギャップが、ズル過ぎるんだよ。────好みド真ん中だわ、こんにゃろう」
ふとした時に俺を包んでくれる優しい顔が、いつからか。
────愛おしくて、恋しくて、どうしようもなくなってたんだ。
「…………………………へ、ぅ、ぇ……」
いよいよもって、単純に。素直な朱色が頬を満たして。
「…………き、キミ……」
「なんすか」
「……………………女性の好みとか、あったんだ」
「黒髪ロングどうたらって弄ってたくせに今更なに言ってんだ」
そりゃあるよ、俺にだって。
あったらしいよ、俺にだって。
「……年上好き?」
「……まあ、はい。そうっすね」
「……ギャップ萌え?」
「そうなんじゃねっすか」
「…………甘やかされるの、好き?」
「…………………………」
調子乗りやがって、どうしてくれよう。
……こうしてくれよう。
「……前回の、四柱選抜」
「んっ? う、うん……」
「囲炉裏に惨敗を喫した後」
「ざんぱ……い、なんかじゃ、なかったと思う、けど。アーカイブ見た感じ……」
うるせぇ、こうしてくれる。
「……────俺から、甘えに、行っちまった」
「──────っ」
もう無理。これ以上ないというくらいな恥の告白。諸共轟沈せよとばかりに放った特大の砲が見事着弾、とうとう藍色が真っ赤に染まった。
さすれば、
「そこだな」
「え、えっ」
「多分、そこです」
「そこ……」
これで、締めだ。
「そこで俺、完全に落ちたんだと、思う」
「…………」
「振り返って気付いたのは、また少し先だったけど。そこでトドメ刺されてた」
「………………」
「……と、いうことなんですが」
「………………」
「ニアちゃんや」
「…………は、はっ、っふ……」
「理解して、いただけました?」
「は……………………………………………………………………────」
もう互いに、互いの顔なんて見てらんねぇ。
俺たちは、揃って床と見つめ合ったまま。
「────………………あたし、が。キミの、初恋……」
「……はい。そうです」
俺の手は、ずっと、ニアの手を捕まえたまま。熱を交えたまま。
数秒。
十数秒。
数分……くらい、体感では経ったような、流石に経っていないような。
「…………口説く、って」
「うん? うん」
ぽつり、熱に染まった声を零すニアは、
「………………────さいしょっから、ころしに、こないでよぉ……!」
「なに言ってんだ、最初こそ最大火力ってなもんだろうがよ」
ようやく。
……ようやく、強く強く俺の手を握り返してくれて、
「────……好き」
ひとつ。
「────……っ好き」
ひとつ。
「────……あたし、……私っ…………!」
また、ひとつ。
「もう、ダメだよ……────キミしか、見えないもん……ッ!」
想いと共に、繋いだ手に熱が降る。
「「………………」」
力を籠めれば、返ってきた。きっと想いも、繋がっている。
そうして、また少しの時間。
二人で、過ごして。
「────……ちょうだい」
空いていた左手で、ニアはそっと俺の手を解き。
「っ……! ちょうだい!」
放たれた右手を、目前の馬鹿者をぶん殴るような勢いで俺に突きつけて、
「────もらえるもの! 全部もらうからっ!!!」
雫を散らし晴らした藍玉を以って、毅然と俺を睨んで叫んだ。
「全部は無理でも、あたしがもらえるものは全部あたしがもらうから、ねッ‼︎」
「……あぁ」
「そんでもって『答え』は、まだあげないから! もし未来でキミに愛想尽かしても! もらった〝特別〟は絶対に返してあげたりしませんからッ!」
「うん」
「だから、キミは……────!」
恋した男というよりも、馬鹿な弟を叱るかのように。
「そっ、その調子で、せいぜい必死に、一生懸命に口説けばいいよッ!」
「…………」
「ば、バーカ!!!!!」
然らば、そんなもん。
「……っは、はは…………!」
笑わずには、いられずに。
「なん笑っとるかね‼︎ ────ほら、早く……!」
「あぁ……あぁ、わかってる。わかった」
突き出された……──差し伸べられた、彼女の手を取って。
掌を上に、重ね合わせて、握り締めていた腕輪を置く。
「は、初恋の人にフられないように────……頑張りたまえ、ハル君っ!」
「……あぁ────人生賭けて、頑張るよ」
さあ、また一世一代。
世界で一人。かけがえのない人への、贈り物を紡ごうか。
この子、初めて名前を呼びました。
初めて名前を呼びました。




