尊き君たちに愛を謳う
────どれくらいの間、静けさが部屋に満ちていたか。
「………………………………──つま、り……それは、あの…………」
一番初めに口を開いたのは、ソラだった。
対する俺は開き直っているつもりはなく、もう今更どうこう足搔けるメンタルではないだけ。なによりも戸惑いが色濃い声音に目を向ければ、
「っ……、…………」
この場で一番年下の少女は間違いなく混乱に満たされながらも、確かな〝告白〟を受けて顔を真っ赤に染めたまま俯いてしまった。
「………………────ぇ、と……それはー、つまりー…………」
然して、引き継ぐはニア。視線を移せば受け止めた藍色は、こちらもこちらでソラと同じく赤い顔。けれどもソラより更に混乱が強めなのか、感情には負けず。
「じゅ……、…………重婚、の、お誘い……?」
俺の〝告白〟が意味するところを、ハッキリ言葉にして問いかけてきた。
当然、だろう。
普通の感覚で生きていれば、困惑するのも当然だ。
「ニアたちの答え次第で、そうなる」
けれども、
「YesでもNoでも、受け止めて背負う覚悟は決めてきた」
俺の中では、もう揺らがないから。
「……、……………………」
吐息一つ。呆然と、そう表す他ないだろう。現代人からすれば途方もなく縁遠いこと、これとて紛れもないファンタジーの類に違いないから。
ニアは意識してか否か、ずっと抱えたままだったマグカップを口元へ持ち上げようとして……自分の手が震えていることに気付き、そっと腕を下ろした。
「……繰り返しになるけど」
重ねて、当然のこと。決して褒められるモノではない選択を貫くと決めた俺は、その様子を確かに心へ焼き付けて、落ち着いた声を努めるだけ。
「非常識な道を選んだことは、自覚してる。あくまで俺なりの誠実であって、傍から見れば俺自身のための誠実でしかないのも理解してる」
怯え、は在る。俺にだって、本当に当然のことだ。
でも、だからこそ、
「俺を好きになってくれたこと、後悔はさせない。どちらになっても」
「「…………」」
ニアと、顔を持ち上げたソラが俺を見る。
「未来で、オーケーしてくれたとしても。途中で、フラれたとしても……。好きになって良かったと思ってもらえるくらい、死ぬ気で俺の〝想い〟を示すよ」
全部、伝える。もう枷はない。
「三人ともじゃない。────三人それぞれ、一人ずつ」
もう俺は、恋を恐れない。
「俺にとっての……世界で一番なんだってさ」
戯言? 綺麗ごと? 外野から何を言われようとも知ったことか。
俺は、彼女たちしか見ていない。
「絶対に、伝えてみせるから」
文句があるなら、運命の相手と三人同時に出逢ってから言いやがれと。
「…………、……」
ソラを見る。
真っ赤な顔で、けれど、やはり今すぐ戸惑いが消えたりはしないだろう。俺に対する否定の感情は見えないが、今のところは『今のところ』としておくべきだ。
「………………ぅ……」
ニアを見る。
また少し朱を深めた顔で、今度は俺の視線から僅かに目を逸らした。見える感情については諸々ソラと同じく、しつこいようだが当然のことだろう。
そして、
「「──────……」」
アーシェを見る。
ずっと静謐に黙していた『お姫様』は、確かに動揺……というより心の揺れを表情に宿していたが、間違いなく誰よりも落ち着いた顔で────
「ハル」
「あぁ」
「一つだけ、確認がしたい。……させて」
間違いなく、初めて耳にする声音。
心の揺れを隠すことない、どこか頼りなさすら感じさせる声音で、
「────これは、あなた自身への罰なんかじゃない。……そう?」
どこまでも、俺だけを想う言葉を。
泣き出してしまいそうな、瞳で。
「………………アーシェ」
こっちこそ、泣きそうになった。
「違うよ。俺自身への罰なんかじゃない」
本当にさ、
「俺が納得した、俺のための、俺だけの選択だよ」
誰が一人たりとも、手を離そうなんて思えようかと。
────そうして、一秒。
「……っ」
笑むように、くしゃりと顔を些細に歪めて、アーシェが一歩。
そう。少々、大き過ぎる一歩を踏み出して────
「ぇ」
「ぁ」
それは果たして誰が零した声音だったか。
胸倉を掴まれて、有無を言わせず引き寄せられた俺に判別は利かず。
「「──────」」
躊躇いなく、止まることのなかった『お姫様』に、強引な王子様のように迫られて……────初めてのキスを、呆気なく奪い去られた。
「────……」
一瞬、あるいは数秒。
月並みだが永遠にも似た刹那が過ぎて、呆然とする俺の目前。
「────時間なんて、私は要らない」
透き通り燃え盛るガーネットが、俺の間抜け面だけを映している。
「……知ってる、でしょう? 全員一緒だって望むところ」
それ以外、今は、他に何も要らないとばかりに。
「答えは〝Yes〟よ。私の王子様」
無表情だなんて、口が裂けても言えない。
花咲くような満面の笑顔で────お姫様の一抜けが、確定してしまった。
……斯くして、
「「「…………………………………………………………」」」
固まる空気。灼熱と極寒が溶け合ったような形容し難い空間の圧。
まさしくの、反則技。
「……………………………………なっ……」
「……………………………………な、なん……ッ」
一撃必殺のリセットボタン、というか問答無用のコンセントぶち抜き。
消えたわけではない。
有耶無耶になったわけでもない。
しかし、どうしようもなく、それ以外になく……シリアスな戸惑いを激火の混乱で一時上書きした姫君の暴虐を以ってして────
「────なにしてるんですかぁッ!!!!!」
「────なんしとるかねぇッッッ!!!!!」
「………………ァーシェ……」
「ふふ……────早い者勝ち、なんだもの」
避け得ず、愛おしい賑やかさが、俺たちの元へと舞い戻った。
さあ現実世界のは誰のものだ。
ほっぺはノーカンだぞニアちゃん。
※超蛇足注意※
ちょっと作品についてのアレコレ活動報告に書きました。
アルカディアン諸氏は適当に目を通していただけると幸いです。




