帰宅恥死
「────────………………ただい、まぁ……?」
時は移ろいて、夜。
父母三人娘に『遅くとも夕方頃には戻るからー』と軽い調子で予測を告げて出立した俺は、午後十時過ぎ────つまり夕方どころか夕飯時すら悠々とぶっちぎってしまった宣言不履行の身で、恐る恐ると自宅の門扉を潜る羽目になっていた。
それもこれも、どうしようもなく、見通しが甘かったゆえと言わざるを得ない。挨拶回りに赴いた所々の全てで例外なく尋常ではない歓迎を喰ったからだ。
いや、わかるよ。わかってる。
顔を出しに行ったのはレストランやら居酒屋やらアイスクリーム屋やら他アレコレ、割かし長めに務めた上でハッキリ世話になったと俺が思っているバイト先。
そんでもって第十回四柱戦争の放映で俺を特定し、泡を喰って『おい大丈夫か!?』と多大な心配と気遣いの連絡をくれた方々のいる場所でもある。
なら、まあね。
諸々にメッセージは返して、とりあえず無事は伝えちゃいたが……いざ顔を見せに来たとあらば、取っ捕まえて構い倒したくなるのも仕方がないことだろう。
終のバイト先は、どれもこれも数多くの職場を渡り歩いた俺が最後まで身を置き続けることを選んだ厳選箇所────ぶっちゃけ実入りどうこうというよりも、とにかく人間関係良好で気持ちよく働ける環境ばかりであったから。
あるところでは、やれ『おい昼飯行くぞ奢らせろ』と連れ去られ、
あるところでは、やれ『お昼もう食べた? カフェ行かん?』と連れ去られ、
あるところでは、やれ『よし焼肉だ。一番高いとこ行くぞ』と連れ去られ、
あるところでは、やれ『もう肉は食っただぁ? じゃあ寿司な』と連れ去られ、
あるところでは、やれ『アイス、ボックスごと持ってく? 店もう閉めてるけど在庫あるよ?』と推定十数キロ単位の馬鹿げた土産を持たされかけ、
……と、そんな具合に────いや限度よ。
昼飯二回の夕飯二回に加えて合間の軽食巡り無数とか腹が爆発するかと思ったが、しかしまあ各所毎に十分な時間が取れたゆえ交流は存分に遂げられた。
腹は不調だが憂いは解消。地味に抱え続けていた荷をようやく下ろせた形。なんともはや肩が軽いというか、晴れやかな心持ちである。
……で、あれば何故。
「……、………、……………」
俺は神妙な顔で、そろりそろり恐る恐る息を殺して廊下を進んでいるのか。答えは二十分ほど前のこと。俺と母上様とのメッセージ会話に起因する。
──────『母、すまん。これから帰ります』既読
─────……
────……
──……
……
はい。やり取りってか、一方通行。迫真の既読無視。
一応ちょいちょい報告は入れており『ごめん夕飯も捕まった』までは返事があったのだが、それから数時間を経ての帰宅宣言に母の言葉は返ってこなかった。
怖過ぎ。絶対に怒ってるやつ────が、もう本当に、そりゃあそう。
なに自分で連れてきた客人たちを放置してんだテメェと、笑顔で詰られても文句を言えない体たらく。挨拶回り自体は絶対に押さえておくべき用事だったことは間違いないが、そもそもスケジュール管理徹底しとけよなって話だ。
実際問題、俺自身が『ないわ俺』と思ってる。
ゆえに戦々恐々 with 抜き足差し足の偵察ムーブ……──てことで、はてさて。気配が集まっている居間は一体どんな様子かなーと入口の陰から窺おうとして、
『────で、これは……三年生ね。駆けっこで一位が取れなくて拗ねてる希』
「?????」
廊下と居間を隔てる扉越し。
耳が捉えた凄絶な文言を脳内で噛み砕くに至り、俺は即座に身を引き気配を殺して暗がりの廊下で一人孤独に己が進退に関する思考をトップスピードで回した。
『……っかわ──』
ついでに両耳シャットアウト。母の声に次いだ我が相棒のテンション高めなリアクションボイスを完全カットし、追加で二歩三歩と無音を努め後退る。
「…………………………………………………………………………」
────うん、聞こえてたけどさ。
なんか廊下の向こう賑やかだなぁって、思ってたけどさ……!!!
母よッ……‼︎
な に を 定 番 即 死 イ ベ ン ト 無 断 開 演 し て ん の か と ッ …… ! ! !
いやもうぶっちゃけ覚悟はしてたしどこかのタイミングで来るとは思ってた。ゆえに〝お約束〟襲来に対する心の準備はしていたのだが不在断行は話が違う。
え、無理なんだけど。
なにをどこまで見られたか把握すらできてないの、恥死案件なんだが???
罰? 罰なの? それとも長時間アウェイに取り残されたソラさんたちへの埋め合わせイベントなの? いや、いや……まぁ、別に、いいけどさぁッ……!!!
然して、どのくらい、そうしていたか。
「……スゥ────────……、…………よし。オーケー」
俺は気配を殺したまま、ほぼ無音の独り言を口の中で呟いて、
「俺は……、なにも……、見なかった……」
両親&三人娘、和気藹々。
仲良くリビングのテーブルを囲んで誰かの成長記録を睦まじく観賞している五人の姿を忘却の彼方へと蹴飛ばしながら、スニーキング第二幕。
何処をどう踏めば軋み音が生じるのか熟知している自室への道程を、間違いなく過去最高の速度および限界静音にて踏破し────引き籠もり一択。
俺は階下にて死の饗宴が終劇へと至るまで、ひたすら無心で気配を殺し続けた。
当然のこと帰宅には一人残らず気付いてる。追わぬは慈悲。
いやニアちゃんは夢中になり過ぎて気付いてないかもしれない。
そんでもって母上様がアルバムぶっぱ無断決行の暴挙を躊躇わなかったのも、ちゃんと主人公へのペナルティ以上の理由があるから安心してね。




