side.girls:ニア / アイリス
正直なところ、戦々恐々だった。
お付き合いをしているわけでもないのに好きな人の家へ赴き、ご両親とご対面。しかも自分だけではなく親友兼恋敵も一人残らず同伴。
どうなの。それどうなのと、半分家族の大親友に泣きついたりなどなど二週間余りの覚悟準備期間を経ても、当日まで困惑と緊張を引き摺っていた。
そう────だった。いた。即ち過去形。
ほんの半日程度を経て今に至り、ニアは思う。
「うん、いい感じだね。上手にできてるよ」
「……、……」
「料理は練習中、なんだっけ? もう手つきに十分〝慣れ〟が見えるけど」
「…………っ」
「はは。あぁ、希が料理上手だからなぁ。志が高いのはいいことだ」
────なんなの春日家、居心地が良過ぎて良過ぎるのですけれども、と。
お父様のお菓子作りを手伝い始めて暫く。まだまだソラは勿論のこと想い人どころか同時出発したはずが既に遥か先を行く姫と比べて料理技術は拙さの極みだが、計量や手順を違えなければ形になる製菓であれば戦力にはなれる。
そう思って勢いのまま手を挙げキッチンへ参戦したのだが……改めて思うのだ。
自分が好きになった人を、育ててくれた人なんだなぁと。
「リリアさんは────」
お父様、メッチャ話しかけてくれる。
それでもって、メッチャ読み取ってくれる。
調理作業に際して当然ながら両手が空くタイミングは稀。ゆえに〝声〟を示せぬニアは碌に返事もできないまま、身振りが精々。……それなのに、
「そうかい? うーん……なんというか、日本人らしい奥ゆかしさがあるねぇ」
会話が成り立っている。否、会話をさせてくれている。自然と『Yes』か『No』にリアクションを限定できる言葉ばかりを選びながら、違和感もなく。
傍から目を閉じて聞いていれば、お父様の完全なる独り言。
けれども目を開き見ていれば、彼がニアと会話をしているのは一目瞭然だろう。
────感じる。
「あぁ、オーケー。それじゃ次はこっちの方を……」
ひしひしと、ニアの好きな人を。
所々の言葉選びもそう。間の取り方もそう。話し方や人との接し方が、親子とて生じる個性の色を除けば瓜二つ……いいや、お母様も含めれば三つ並び。
容姿は多分、お母様譲り。
笑顔は絶対、お父様譲り。
────そして人柄は、二人ともより。
基本は堂々と……というか飄々としている癖に、たまに見せるどうしようもないくらい頼りない弱気な顔。子供のように無垢無邪気に暴れ倒す姿も、大人のように落ち着いて人に寄り添う姿も、全部、全部、納得してしまう。
そして、その納得の〝理由〟が、緊張を攫っていく。
仕方のないことだろう。一目惚れから始まり怒涛の勢いでニアを恋の滝壺に落とし溺れさせた人と、相互に映る面影が色濃過ぎるのだから。
好きになってしまうのに、そう時間など掛からないのは必然だった。
……結局のところ、どうあっても状況が特異極まる事実に変わりはないが、実際問題そういう感じに納得できてしまったのなら行動指針は一つだけ。
「さて…………カボチャの裏漉し……は、流石に女の子に頼む仕事じゃないか」
「……!」
「ぇ。えー、と……こう見えて、力持ち?」
「!」
「はは……それじゃあ、お手並み拝見しようかなぁ」
進取果敢。
好ましく思える人に懐き倒すのは、小さな頃からの得意技であるゆえに。
◇◆◇◆◇
────カタカタカタ。
「ん、大体わかった。適当に頭で纏めておく」
カタカタ、カタ。
『──、────』
カタカタカタカタカタ、カタカタ、カタカタカタカタカタカタ。
「えぇ、明日の夜には」
カタカタカタ、カタ、カタカタカタカタ。
『────、──、────────』
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。
「了解。よろしく」
カタリ。
片手にスマホ、片手にキーボード。並行して進めていた『通話』と『返信』の両作業による連絡要項消化を終えて、アイリスは静かな息を一つだけ。
区切りの音と共に旅行へ持ち込んだノートPCを閉じ、スマホを膝の上に落として……僅かばかり、ほんの一瞬、どうしたものかと行動を迷った末。
「…………ん」
ぼすんと、お行儀悪く、畳んでいた布団の上に背中を倒して寝転んだ。
意識に感じる気配四つは階下にて二分割のまま和やかにウロウロ。姿を見られる心配なくば、無敵完璧の名を欲しいままにする姫とて息も気も抜いて然り。
「…………………………」
新品らしき布団は新品らしい香りしかしないまでも、家には在る。アイリスと出会う前の〝王子様〟が、確かに此処で暮らしていたのだという残滓の気配が。
流石に、そんなものを感じて興奮するような趣味は持ち合わせていないが、
「……………………………………………………………………ふぁ」
────安心。してしまう程度には、世界が持ち上げる『姫』は普通に人間だ。
だから、ゆっくりと目を閉じる。
大丈夫。一般的な観点から見れば決して『普通の人間ではない能力面』が、予めセンサーを立てておく心積もりさえあれば人の接近を知らせてくれる。
だから、アイリスは目を閉じて……誰かに仰がれる『旗』ではなく、ひとり気ままな『個』として、のんびり自分のためだけにスローな思考を奏で始めた。
ソラも、ニアも、ハルのご両親と順調に仲良くなれているようで何より、とか。
ハルはハルで、一人で一体なにを画策しているのかしら、とか。
お母様、とても女性にモテそう、とか。
お父様、緊張を押し隠すのが上手、とか。
そういった、はたして手放しでプラスと言えるのか微妙な部分まで似ているのが、一層に親子らしくて微笑ましい────とか、とかとか。
……作戦会議、などと銘打ってアレコレと建前を並べ立てたけれども。
別に、今回の帰省で自分は無理して目立たなくとも良い。
実際のところ一人で勝手に割り切っているアイリスは、そうしてソラにもニアにも内緒の明確たる〝余裕〟の理由を以ってして……────
「…………ぁふ」
また、欠伸一つ。
親友兼恋敵たちの健闘を祈りつつ。窓から差し込む穏やかな陽の温もりに身を預け、誰にも聞こえない微かな寝息を立て始めた。
俯瞰しながらも楚々と等身大で目の前に挑むソラさん。
とにかく好きに一直線で目の前に必死なニアちゃん。
無敵で最強で完璧で余裕で過去を踏まえ未来を見通し現在を往くアーシェ。
なんですか最後のラスボスは。
ちなみに『オーケー』は主人公の口癖ってか言い方の癖。他キャラは割かし「オッケー」が多いと思うけど主人公は基本一貫して「オーケー」になってる。




