母と子
「────じゃ、なんかあればド深夜でも起こしてくれて構わないんで」
「ん」
『はーい』
「おやすみなさい」
宴もたけなわが伸びに伸びて、既に深夜の十二時手前。ゲーム大会と並行して順番に入浴を終えた三人娘は、布団を敷いた客間に勢揃い。
キャラに似合わぬ……いやむしろ似合っているのか、至極ラフなシャツ&ショートパンツ姿のアーシェ。プラスお洒落と適当の絶妙な中間を抜くダボT装備のニアは見慣れているとして、地味に初見なネグリジェ姿のソラに目を焼かれつつ、
「おやすみ。気ぃ遣ったろうから、ゆっくり休んでくれな」
俺は労い半分の感謝半分、笑みを置いて扉を閉めた。
小旅行といえばその通りだが、流石にワーワー騒いで夜更かしするシチュエーションでもない。大人しく寝ましょうは満場一致の流れである。
然らば、向かうは当然のこと自分の部屋。物置を挟んで二つ隣、頼もしい壁に遮られて気になる女子たちの気配は随分と薄まり────
「ふはぁっ……」
ベッドにドサリ。
俺も俺で疲れている。倒れ込んで目を閉じれば、すぐにでも眠れそうだった。
──────……
────……
──……
「………………、……さて」
斯くして、ド深夜。
一時間少々ほど閉じていた目を開け身体を起こし、眠気はあれども寝惚けてはいない頭を振りつつ……誰に声を掛けられたでもなく、部屋を出る。
向かうは、当然のこと。
「────あら、おはよう?」
階段を下り、一階の居間。当たり前のような顔をして珈琲を片手にテレビの前に陣取り、時間を潰していた我が母の元へ。
別に、なにかを約束していたわけではない。
けれども母は、やはり知っていたかのように。ふらっと顔を出した俺の夜更かしムーブに小言を向けるでもなく「よっこいせ」と立ち上がると、
「お茶? 珈琲?」
「珈琲かな」
食卓の上。既に準備万端と用意されていた俺用のカップを拾いがてら、キッチンへと入っていった。────重ねて、約束などはしていない。
単に俺が何事かを話したそうにしているのを見抜いた母と、見抜かれていることを見抜いた息子が、示し合わせる必要もなく待ち合わせただけのことだ。
そうして、一分少々。
母が収まっていた長ソファの端に同席する形で腰を下ろしていれば。
「はい、特製ブレンド」
「いやインスタントでしょうに」
「企業努力の特製ブレンドでしょうが」
コトリと小卓に湯気の立つ珈琲が置かれ、ソファに親子が収まった。
「「………………」」
────そのまま、数分か。もっと経っていたか。
揃って時折カップを傾けつつ、見るでも聞くでもなく今の時代に当たり障りのないようなドラマ作品を背景とBGMにしながら。
特にタイミングを計るような意図もなく、互いに言葉なく過ごした果て。
「話、あんでしょ」
「ある」
「じゃあ聞かせなさいな」
口を開いたのは同時。しかしテレビの音量を上げながら、声を発したのは母が一瞬だけ早かった。だから応え答える形で、俺は頷き会話の頭を捕まえる。
今に至って、迷いや躊躇いは無かった。
「────告白、しようと思ってる」
「…………」
「いや、違うな。告白の返事を、しようと思ってる」
「……予定は?」
「すぐにでも」
この帰省に際して、ではない。
もう随分と前から。それこそ、この帰省も計画の内……というよりも、踏んでおくべき手順に落とし込んだ上で、随分と前から覚悟を決めていたこと。
「………………」
ジッと、母の黒い瞳が俺を見つめている。横目で受け止めて、逃げるでもなく目を逸らして、また一口だけ珈琲の苦みを呑み込んで。
「どうするつもりか、言っといた方がいいかな」
そう、わかりきったことを問うてみれば。
「言われなくても、わかるわよ流石に」
やはり母も、わかりきったことを聞くなとばかり。
「今日たった一日だけでも……アンタを見てりゃ、嫌でもわかった」
以心伝心とは、また違う。子を知る親が、溜息を零す。
零して、
「はぁ…………親として、一応は聞いといてあげる。ちゃんと背負えんの?」
「背負うしかないだろ」
義務のように放たれた問いへ、俺もまた義務を説くように返す。
そう、その通り。
避けることも見て見ぬフリをすることもできない重みを、俺は選び、この先一生その事実を背負いながら生きていくしかないのだと諦めた。
……違うな。諦めたのではなく、ようやく認められた────
「────ぃてっ、ぇっ」
と、直上。降ってきた拳骨に頭頂を小突かれる。
言うまでもなく痛くはない。漏れ出た言葉は反射のソレで、視線をやれば見える母の表情は怒りでも呆れでもない言い知れぬ思いで彩られていた。
「…………アンタたちに」
母は言う。
「こと恋愛事情に関しては物言えない馬鹿親なのが、我ながら腹立たしいわ」
まるで、俺たちへの罪でも語るように。
俺と、もう一人。誰を括った言葉なのかは、わざわざ確認せずともわかっている。だから俺は、そうすべきと知るゆえに笑みを滲ませた。
そして、
「────兄ちゃんのことなら、俺もう大丈夫だよ」
「…………」
「一人でも、勝手に最低限のメンタルは取り戻せたし。今は、もっと大丈夫」
「…………」
「好きになれたよ。俺のまま」
「………………」
「皆が、大丈夫だって言ってくれたからさ。いい加減に俺も、俺を信じられるよ」
「……………………」
もう一度、拳骨が降ってきた。
母らしくなく随分と優しい勢いで、どうしたもんかと笑いながら。
「母さん」
「……なによ」
安心して、隣を見る。母は、別に涙脆い人間ではないと知っているから。さすれば、当然のように睨み返されて流石は我が母と笑みを重ねつつ。
「とんでもねぇ馬鹿息子で悪いけど、末永く見守ってやってください」
「…………はぁ……────もし仮に、泣いて帰ってくるようなことがあれば」
聞かずとも俺の『答え』を察しているらしい母は、今日最大の溜息を一つ。
「責任持って、平手打ちで活を入れてやるわよ」
「あぁ、はい、うん。頼みます」
もう一度だけ。ほんのり強めの拳骨を落としてくれた。
大丈夫。誰にも聞かれてないよ。




