緑宴延と
時は流れて夜。野郎が帰還した後、更に暫く経ってのこと。
「ぉー……ぁー……なんだ。確かに、ご馳走っちゃご馳走なんだろうけど……?」
最終的には総出で細かな手伝いをした夕餉の舞台が整い、父上が何処からか引っ張り出して来た拡張パーツにて六人収容余裕となった大テーブルにて。
改めて見渡したズラリ並ぶ料理の顔ぶれに俺が今更の戸惑いを見せれば、
「なによ文句あんの? アンタが好きなもんばっかでしょうが」
「いや、はい。そうっすね……」
言葉通り意図して『献立』を誂えたらしい母に、二つ隣の席から睨まれた。
こわい。
「はは……まあ、なんだ。お嬢様方を招待してのパーティとして考えたら、随分と庶民的な風景になってしまったけど」
「作り慣れないハイソなアレコレに挑戦して失敗でもしたら、目が当てらんないからね。別の方向性で気の利いたもてなしにさせてもらったわ」
「?」
「別の方向性」
基本は母に逆らうべからずの家訓を魂に刻まれている俺が黙るのを他所に、客人たちへ言葉を向ける隣席の父と、その奥に座す母。
然して対面。俺の正面に落ち着いているニアと、隣の中央席に収まっているアーシェは揃って首を傾げるが……俺の対角線。なんか機嫌良さそうなソラさんは料理中にでも聞いたのだろう、一足早い訳知り顔でニコニコしている。
勿論のこと、俺とて容易く母のお節介に気付いたとも。即ち────
「これ、この子が好きな家庭料理大全と思ってくれていいから」
「「!」」
「本人が生意気な料理スキル持ってるから、そこらの男相手よか活用はしにくいかもしれないけど……ま、無駄知識にはならないでしょ。覚えてってもいいわよ」
まあ、そういうことらしい。
『あの、写真を』
「撮っても、いいですか」
「どうぞどうぞ」
ソラさん含め、母のなんとも言い難い画策は十全に刺さったようで。それぞれスマホを構え食卓にシャッターの連射を浴びせるという、少々アレな余興を経て。
「────それでは、今一度、改めまして」
全員が落ち着いて席に座り直したタイミング。まあ当然のこと両親代表として音頭を取る強しの母が、言葉通り改まった声を場に放った。
「三人のこと。それぞれ、息子から何度も話は聞いています」
「……聞いてるというか、聞き出してるというか」
「黙ってな」
「はい」
なんて、母子の力関係を示す戯れも挟みつつ。
「希の八方美人のせいで、どうにもこうにも複雑怪奇な関係性になってしまっていることについては、親として心から申し訳なく思うのだけど……」
顔を合わせてから今日一番。表情には圧も迫力も滲ませているわけではないにしろ、声音については明確に真摯な色を乗せる母に三人も居住まいを正していた。
無限に居心地が悪いのは、俺が受けるべき罰として正しく頂戴しよう。
「それと同時に、心から感謝もしています」
と、息子の立場にあっては居心地悪さの畳みかけ。
「ありがとう。とんでもない場所へ……────親でも助けてやれないような世界に飛び込んで行ってしまった希を、心を尽くして支えてくれて。本当に」
頭を下げる母。
並んで続いた父の姿と併せて、俺の心を揺らすには十分な威力だ。
「────……こちらこそ」
然して、大なり小なり動揺するのは俺だけに非ず。
真っ向から、俺が予告していた通りの『謝罪』と……それに倍する『感謝』を告げられて、どうしたものかと戸惑った様子のソラとニア、その中央。
「私たちにとって誰より素敵な人を育ててくれたこと、心から感謝しています」
唯一、少なくとも表面上では動じずに。
ただ一人だけ穏やかな返礼と共に言葉を返したアーシェを見て、両隣の二人がほんのりと悔しそうな顔を見せて────
「……光栄です。────っさ、ということで堅苦しいのは本当に金輪際おしまい! どれだけ私たちが三人を歓迎しているのかは伝わっただろうから」
強しの母、時を逃さぬ締めムーブ。
アレやコレやの『合戦』が始まりそうなグダつき気配を断ち切るように、サッパリ快活な表情と声音に刹那の変わり身。
「難しいこと考えず、のんびりしていってちょうだいね」
ニカっと。俺には真似できない類のイケメンスマイルで、場を制圧した。
◇◆◇◆◇
「────本当に、素敵なご両親」
「そういうの、大概の『息子』は素直な喜びリアクションを曝け出せないっす」
斯くして〝いただきます〟から二時間弱。
家庭での食事と見れば随分と長丁場になったものだが……それだけ会話が弾み盛り上がったのだと清々しく笑えるだろう、ご馳走もとい俺好物大全食事会の後。
いや、後ってか……────
「おぉ……そらさん、本当に初めてかい? 筋がいいねぇ」
「へっ、ぁ……えへへ」
「ニアちゃん、身体を曲げてもハンドルは曲がらないわよ?」
『わかってます……! カーブで揺れちゃうのは無意識なんです癖なんです直んないんです単純に下手なんですごめんなさい見ないでください……!』
「ゲーム下手な女の子って可愛いわよねぇ……」
『惚れちゃいそうなイケメンスマイル併用だから許される言葉の刃物……‼︎』
延長戦継続中というか、オトンお手製のミニケーキやら何やら食後のデザートを共として、すっかり盛り上がっているレトロゲーム大会を傍らに。
「参戦しないのか? 存分に無双するといいぞ」
「こういうのは、眺めているのも好きだから」
テレビの前にてソファに床onクッションにと並んだ父母ソラニアの賑いを観賞する俺たちは、満腹の身体を依然として食卓の席にて休めていた。
いや、訂正。俺は、休めている。
「…………いつか、ツッコミを入れようとは思ってたんだけども」
「なにかしら」
「女性に対しては、失礼千万であることを理解した上でのことなんだが」
「ん、どうぞ」
「では……────キミの胃袋、どうなってんの?」
「食べたいものを、食べたいだけ、ノーリスクで食べられるようになってるの」
とかなんとか、食事開始と共に母が言った『食べ尽くしてくれちゃっていいわよー』という発言を真に受けているのか否か。流石にスローペースにはなっているが、大皿に残された料理をひょいぱくしているアーシェさん。
ホワイトの人間のスペックというか人間構造も甚だ恐ろしいし、世の遍く女性を一瞬で敵に回しそうな発言をしているのも恐ろし過ぎる。
「なんかもう、あらゆる分野でシンプルに超人の家系だよな……」
「ある意味で、品種改良の血筋だから。趣味人として『好き』を追い続けていれば自然と何かしらに優れた人と出会うもので、特別な人は『好き』になりやすい」
「ぁー……」
「才能や技術が濃縮されていったのは、自然なことね」
重ねて、恐ろしい家系である。
近頃、訳あってアーシェについてではなくホワイト一族に関して情報を集めたりしていたのだが……本当に、フィクションの存在かよと驚かされるばかりだった。
「……美味しいです?」
「とても美味しい。……あなたも、お母様も、お父様も、家族なのにそれぞれ料理の味に個性があるのね。違いを探るのも面白い」
「親父様は、お菓子限定スキルだけどな」
なお、冷めるとハッキリ味が落ちるであろうものについてはバッチリ温め直して堪能していらっしゃる。普通にマジ食い。重ね重ね慄くしかできない。
別に普段からフードファイターしてるわけではなく、それで不都合がある様子も見たことが無いので、もう本当に言葉通り『食べたいだけ自由に食べられる』とかそういう身体なのだろう。仮想世界に匹敵するファンタジーだ。
「素敵なご両親、ね」
「続くのかぁ……」
と、上手いこと話がズレたと高を括っていたら迫真のリブート。
そりゃまあ実家に招待して家族に引き合わせたのだから、家族についての話題が避けられないのは覚悟しちゃいたが……やはり、こう、恥ずいから。
無限に落ち着かないので可能であれば逃げ出したいのだが────しかし残念ながら、現実の俺に【曲芸師】の脚は実装されていないので。
「他の話題はダメでしょうか」
「ダメ。恥ずかしがってる可愛いあなたが見たい気分」
「俺を食事の肴(???)にしていらっしゃる?」
俺にできることは平和な賑いの端っこに加わり、ほとんど自らが生み出したと言える現状を受け止め、恥という形で代価の清算に臨むことだけだった。
ソラさんとニアちゃんは勿論イチャついてんの気付いてるけど両親との交流優先で黙認してるし、お母上もバッチリ気付いてる上で見えてないフリしてる。
お父上はソラさんの手前、穏やか和やかな父を演じるのに必死で気付いてない。
がんばって。




