お忍び現実
いわゆる『街』部分からは少々外れた位置に在る住宅地に居を構える我が家より、のんびり歩いて二十分強から三十分弱の距離。
車を使えば五分か十分そこらということで、まあまずまずのアクセス感。そんな春日家御用達のスーパーマーケットに田舎道を踏破して到着後……。
まず、思うことは。
「…………何度でも言うけど、違和感よ」
「慣れて」
よくよく見知った店内の景色に混じる姫の姿が、甚だ浮いて落ち着かない。
いつもの如く変装は上手く機能しているらしく、俺以外に非都会の日常風景へ紛れ込むアーシェの姿に目を引かれている者はいないが……──
────俺が〝誰かさん〟より『魔法のアイテム』を賜り運用を始めた際、訳あって二人でアレコレ検証を行うことになり判明した事実が幾つか。
まず、俺の眼鏡とアーシェの腕輪とでは付属機能に差がある。
簡単に言えば、俺の方にはアーシェのカラーチェンジみたいな超常的AR機能が付いていない。つまり俺が眼鏡をかけたところで、眼鏡をかけた俺になるだけ。
ならば何故に俺の変装は実際に効果を発揮しているのか……と、そんな当然の疑問が即ち検証の『訳』であり、然して答えは容易に判明した。
この魔法のアイテムは、俺たちの無意識的および意識的な思考操作に応じて『目を欺くべきモノ』に対する認識阻害効果を振り撒いているのだと。
者でも物でも関係ない。
人間の肉眼は勿論のこと。カメラなんかの機械的な映像記録までに及ぶ、魔法の力としか言いようがない恐るべき非現実的技術。
単純な話この魔法のアイテムを身に付けている限り、俺とアーシェは俺とアーシェが許すモノたち以外の目に完全な別人として映ることになるわけだ。
さしもの無敵の姫君も、過去その新事実には慄いていた。
同時に『では一体なんのために腕輪の方にはカラーチェンジ機能が……』と追加の謎も降って湧いたが、まあその辺は考えるだけ無駄であると放り捨てている。
技術的な話は元より、神様めいた制作者の意図なんか、おそらく理解不能だと。
ともあれ。そんな不思議アイテムの恩恵により、俺たちは何時でも何処でも素顔を隠して平和に出歩ける日常を確保させていただいているのだが────
「っとに……どう見えてんだろうなぁ」
「さあ。個人差があるみたいだから」
それでも時たま、不意に目を向けられることはある。
大体の場合は凜と流麗が過ぎるアーシェの所作や振る舞いが理由……とは思っているのだが、稀に俺の方にも視線が飛んでくるので推測が利かないのだ。
果たして、どう見えているのかと。
「気持ちはわかるけれど、気にしても無駄」
「まあ、そうな」
バレることはない、と。これまでの実績からアイテムに対する信頼は勿論あるが、しかし原理の理解できない不思議現象である以上は妄信など無理。
むしろ一度でも変に意識すると、なんだか謎に悪いことをしている気分で殊更に視線が気になりだしてしまうのだが……────
「……デート中」
「んぇっ」
グイっと、手を引かれ、
「意識は、私だけに向けて」
そのまま、腕を囚われた。……然らば、自然と。
「あの、公共の場です」
「公序良俗に反するとまではいかないはず」
チラホラと向けられていた視線の量が明らかに増した代わり、色味が薄く判別の効かなかった〝目〟の理由が、ひどく単純なものへと変貌する。
即ち、二度見するまでの価値はないバカップルへの呆れに。
だから……まあ、はい。
見られている理由が、ハッキリ察せられるようになったのならば。
「ほら、平気」
「ドヤ無表情やめろ────ってか近い近い、そこまでは許可してない……!」
俺にだけは違わず見える美貌が、ゼロ距離にある以外の問題は消える。
……心の中。距離が近いくらい今更もう慣れっこだろと強がる俺と、そんな馬鹿を慣れるわけねぇだろ舐めてんのかとノータイムで張り倒す俺が乱闘開始。
斯くして、そんな風に変われど変わらぬ男の隣。
「カボチャ。あった」
買い物カゴを下げるのとは逆サイド。
右腕にガッツリ両の腕を絡めたアーシェが、華奢に見える身体のどこからと思えるパワーを発揮して有無を言わせず俺を連れていく。
「………………」
いやもう、本当に。
「目利きの方法、あるのかしら」
「……ヘタが枯れて、乾いてるやつ。あとは皮の見た目とか重さとか」
「相変わらず、仮想世界関係以外は物知り」
非日常が混じった日常が、どうしようもなく現実過ぎて溜息が出てくる。
俺の隣で、楽し気に。穏やかに微笑む女の子が、
「…………一番下の段。右から、二番目?」
「うん、俺も同じの取ろうとしてた」
「ふふ、なら正解ね」
しんどいくらい女の子で、やってらんねぇ────
あぁ、もう、マジで。やってらんねぇけども。
「アー……女子。いいことを教えてやろう」
「ん」
「物を取るには手が必要で、手は腕の先にくっ付いてる」
「ん」
「そして俺の片腕はカゴを提げてて、もう片腕は武力占拠されてる」
「嬉しそうな顔してるのに」
「いいからほら早くカボチャを取りたまえ。俺の腕を解放したまえよ」
「嬉しそうな顔してるのに」
「顔面の大半は困惑で埋まってると思うんだけどなぁ……!!!」
大丈夫だ、もうちょい頑張れ俺。
なんとかなるし、なんとかするから────
「ハ……男の子。いいことを教えてあげる」
「なんでしょう」
「私、こう見えて力持ち。カボチャ丸一つくらい片手で余裕」
「……そうだね。俺より馬力ありそうだもんねキミ」
……まあ、多分、おそらく、きっと。
眼鏡と腕輪の機能差に関しては大した理由じゃないので明かすか謎。
カボチャは父上がプリンにします。




