秋空は高く
「────…………おー」
居眠りこいてアーシェに起こされ、諸々を聞いて察して様子を見に来れば一階に広がっていたのは不思議光景。なにが不思議なのかといえば……。
「お母様、こちら終わりました」
「ぇっ早……ちょっと待って、本当に上手ね。私の方が手伝い側になってない?」
とか、
『────────』
「あぁ、うんうん。私もどちらかと言えばそっちが好きだよ。安定感があった」
『────────』
「ただ、個人的に続編は……今一というほどでもないけど、やっぱり無印の完成度が高過ぎたのかなぁ。どうもノリ切れなかったというか……」
『────────』
「あぁ、そう。そうなんだよ。主人公不在の期間が長かったのも────」
とか、とか。
「………………予想の三倍くらい馴染んでんなぁ……」
ソラと母。ニアと父。それぞれの組み合わせが、それぞれの空気感で、我が家の景色をバックに仲良くやっている日常的非日常光景。
諸々やたらと視覚的な現実感が薄く、受け止められないほどではないが軽率に脳がバグりそうになる光景にポカンとアホ面を晒すばかりだ。
まあ手堅い攻め手で母上に臨んだソラさんは予想できたとして……ニアもニアで、俺が二人それぞれにリークするまでもなく父上と『共通点』で盛り上がり中。
部屋の入口からはニアの言葉が見えないので会話の全容は把握できないまでも、少なくとも楽しげな父の表情を見るに交流は順調に進んでいるらしい────
で、
「…………」
チラッと見やるは、隣で大人しく場の様子を観察しているアーシェ。お姫様は何を考えているのやら、出遅れている事実を気にした風もなく穏やかな無表情だ。
……なんとなく察した。
「ありがとな」
「当然の配慮」
一言感謝に、一言返答。互いに長々とは語らず無粋は回避。
────単純な話、父と母に気を遣ってくれているというだけのことだろう。
三人の中ではどう足掻いてもアーシェの知名度諸々が突出しているため、避け得ぬ事実として俺の両親に限らず他人に与える精神的影響は群を抜いているはず。
だから、ソラとニアに先を譲ったわけではない。
父母のキャパがオーバーしないよう、先に二人と馴染むことで多少なり落ち着きや余裕を得た頃合いに、様子見しつつ自分もと考えているのだろうて。
アーシェの場合、それは『気遣い』ではない。
出遅れようと、なんとでもするという『自信』の顕れだ。
そして、俺が今に至る〝付き合い〟を以って彼女の内心を見透かすのであれば。
「あ、希。アンタ暇? 暇そうな顔してるし暇よね」
「なに言っても息子に『失礼』は適用されないと思ってる???」
キッチンと居間の二人ずつを眺めながらボケっと突っ立っている俺を見つけた母は、久方ぶりに帰還した息子へ遠慮のない言葉を投げ掛けつつ、
「ちょっと今の内に買い出し頼むわ。冷蔵庫パンパンにはしといたけど、六人で今日明日二日分ともなるとアレコレ追加しないと間に合わなさそうなのよ」
「あぁ、はい。そりゃま別にいいけども……」
一分少々。料理の手を止め、サラサラとペンを走らせ作成したメモを突き出し、
「ごめん、よろしく」
「あいよ」
手渡しの都合至近。
俺にだけ聴こえる小声で別件も頼み、ソラの隣へ戻っていった。
────つまるところ、
「……ってことで、アーシェ」
「……?」
母は母。〝年の功〟にて……なんて口にしたら張り倒されそうだが、その辺り昔っから勘が良いのはアーシェに遥か勝る付き合いの長さにて知っている。
ならば、息子の俺がすべきは一つ。
「地元案内ってほどじゃないけども、散歩。行くか?」
「ん……」
アーシェの気遣いも母の察しも全部まるっと把握した上で、それぞれの思惑が円滑に回るよう器用を気取って立ち回るだけだ。
まあ、勿論のこと。
「うん、行く」
薄く微笑んで頷いた無敵の姫もまた、親子のツーカーを見抜いているだろうが。
◇◆◇◆◇
「親子仲、良好ね」
「んー、まあ、大なり小なりの信頼感はある」
斯くして、外。
上着を引っ掻け財布とスマホをポケットに突っ込み、身軽で家を出て晩秋の空下。時期的に随分と気温が落ちてきたが、こっちは東京に増して肌寒い。
比較にならない人口差による熱分布のアレコレも影響……してるのかね、とか。
「………………」
「……なんすか」
「なんでも」
適当なことを考えつつ歩く、よくよく見知ったはずの道や景色は、知らない顔。
そう感じてしまう理由は明白だ。
「…………田舎景色が似合わないなぁ」
「そんなこと、ないと思うけれど」
隣を歩く、アーシェの存在────ではなくて。
ハッキリと、旅立つ前から俺の意識がアレコレ変わってしまっているから。
「…………」
……変わってしまっているから、ではないな。
今の俺に、変われたからこそ。
「アーシェ」
「ん。な…………に、………………どういう風の吹き回し、かしら」
「別に。────手袋してないし、寒くないかなと思って」
そんな冗談も、今は言えるし、手を差し出す勇気だって奮えるようになった。
元より周りに人はいないが、万一とて誰にも聞こえないような小声。名前を呼んだアーシェの珍しく驚いた顔が、ほんのりと浮ついた気分に心地よい。
なんて、
「…………」
「………………」
「……………………ねぇ」
「……はい」
「ほっぺ、赤い」
「いやぁやっぱりこういうのは俺に似合わねぇなぁと……」
浮つきで勘違いした些細な余裕など、片手を温もりが包むに至り容易に吹き飛ぶ程度のもの。流石にまあ、そういう根っこまでは簡単には変われない。
それでも、
「……言い忘れてたけど、スーパー。ぶっちゃけ徒歩だと三十分くらい掛かります。往復一時間は見所のない田舎景色観光を覚悟してくれよ」
「それは……ふふ。二時間でも三時間でも、構わないけれど」
「いや風邪引くっつの」
踏み出すことは躊躇わず、無様は見せても後悔はしない。
ここから旅立つ前よりも……普通と比して『問題』は多々あるのかもしれないが、僅かばかりでもマシになって帰ってこれたということは────
「地元デートね」
「お姫様の口から、えらい俗っぽい言葉が飛び出すもんだな……」
「二人に自慢できる。出遅れも帳消し」
「自慢は勘弁していただけますか後生だから」
────まあ一応は事実として、認めてもいいのではないかと。
それはそれとして自慢はします。




