実家入り / 戦場入り
『はーい作戦会議を始めまーす』
「ニアーシェの並び。マジ今更で悪いけど和布団で大丈夫か? もしベッドじゃないと寝れないとかあれば、半年間ほど未使用ってことで俺の気配諸々が薄れてると思しき我が部屋を使ってもらっても最悪まあ構わないけども」
「大丈夫。野営でもなければ、どんな環境でも眠れる」
「お姫様の台詞ではないですね。ソラさんは大丈夫だよな、旅館で知ってる」
「はい、大丈夫です」
『作戦会議を始めまーす!!!!!』
そうこうして、三人娘を二階の客間に案内して一幕。押し入れにギッシリな未使用新品の布団セットを確認しつつ、例により賑やかなニアチャンへ目を向けた。
「その心は?」
おそらく適当な勢い百割と思われるテンションに対して思考ゼロの適当な反応を返してみれば、現実世界にて藍色ならぬ藍色娘は、
「…………………………」
えー……とぉ────なんて、やはり俺の返しと同じく無思考だったのだろうことを裏付ける幻聴を聞かせる様子で、五秒フリーズ。
んで、俺がパタリと静かに押し入れの戸を閉めた辺りで、
『お母さんメッチャ格好良くない???』
「……! わかります……!」
「素敵な人ね」
なにがどう作戦会議なのか不明な文言でもって、お喋りを開始した。
『あと、お父さんメッチャ優しそうってか雰囲気安心感ヤバ凄い』
「お前の語彙力もヤバ凄いことになってるぞ」
少なくとも、確定事情としてテンパってはいるのだろう。普段の超高速フリック入力シュタタタタタッッッが鳴りを潜め、しゅてててててっくらいにダウングレードしている辺りが如実に揺れるコンディションを示している。
さて、ここで父も母も普通に緊張している旨を伝えることも可能だが……。
「まあ、はい。自慢の両親だ。人柄は保証するから仲良くしてやってくれ」
「ん」
「が、頑張りますっ……!」
「いや頑張らなくていい。気楽にな、母上も言ってたけど」
馬鹿息子とて心はある。親の名誉を守るくらいの立ち回りはしてみせようぞ。
まあ……ぶっちゃけ心配はしていない。
諸々無敵なアーシェは勿論として、両親の前から場を移した途端にカチコチし始めたソラさんは無限の愛嬌で勝手に可愛がられることになるだろうし、ニアも持ち前の人懐こさが勝手に顔を出して気に入られるコースが目に見えている。
『そうは言ってもシチュエーション……ハチャメチャ緊張するんですよーだ』
────特に、ぶっちぎり自信なさげなコイツ。俺が父上に『共通点』を入れ知恵すれば、おそらく一発で仲良くなれることだろう。
とはいえ、ニアの言う通り特異極まる状況。各々で気持ちを落ち着けるというか家の空気に慣れる時間が必要だろうってなわけでね。
「じゃ、ちょっと休憩時間ということで。俺は物置挟んだ隣の隣の自室にいるか下にいるから、なんかあれば自由に出歩いて探してくれな」
『え、退場するんですか。そうですか』
「荷解きとかもするなら、男の目は邪魔だろうて」
帰省の日程は二泊三日。
そう荷物は多くないためキャリーケースまではいかないが、それぞれ旅行鞄は持参している程度。大袈裟な作業はないだろうが、女子はアレコレあるだろうから。
「ではでは」
ひらっと手を振り、サッパリ退場。
いつも通り穏やかな無表情で見送るアーシェ、健気に控え目に手を振り返してくれた我が天使、なにか文句を言いたげなジト目ニアを客間に残して……──
ガチャリ。
「…………………………物が少ねぇなー」
ドアを開ければ、半年前に都会へ旅立つ前のまま。
引っ越しに際して物を運び出したわけでもないというのに、殺風景を極めている自室へ入りながら。思いの外に薄い懐かしさを一人で笑った。
◇◆◇◆◇
「……────それじゃ、作戦会議を始めましょうか」
「ぇっ」
『ぇ意外。姫にしては珍しく茶目っ気な切り出し』
ご両親の面前を離れ、息子も去り、取り残されるは客人三名。
あれこれ言いつつ結局は気を遣っただけの男子が示した荷解きなど、一分と掛からず即終了。然らば出来上がった空白時間に、さてとアイリスが口を開いた。
「私たちだけじゃなく、当然ハルのご両親も緊張されてると思う」
「…………」
『まあ、そうでしょうとも』
「………………私たちのせい、でね?」
ジッと集う視線に返すは半眼。確かに知名度は突出して高いのかもしれないが、一般家庭に訪れるゲストとして考えればアイリスの他二名も大概だ。
確かにソラは『四谷の娘』という肩書きを現状では伏せているし、ニアに関しても本名を聞いた上で調べなければ一般人がハッと気づける類の有名人ではない。
────けれども、現実の事情など現代において関係ないのだ。
「ハルとは少し方向性が違うけど、二人も自覚が足りてない」
「う……」
『そんなことはー……なきにしもあらずー……』
仮想世界で名が売れている。その事実はリアルにも反映されるステータス。
かの【曲芸師】のパートナーおよび、現西陣営の序列六席【藍玉の妖精】。そこらの芸能人などよりも、一般人の心象としては間違いなく上の存在だろう。
「『好きな人の両親』は、私たちが圧力を感じて然るべき相手だけれど」
と、堂々たる『自分たちの好きな人』発言に揃って頬を赤らめる、今に至っても初々しく可愛らしい親友にして恋敵二人の様を眺め微笑を湛えつつ。
「私たちの方こそ、ハルのご両親に相当な圧を与えてしまう側。……だから、意図するしないに関わらず、三人で同時に掛かったりはしないよう気を付けましょう」
「それは……そうです、ね」
『さんせーい。ってか、りょうかーい、です』
「ん。それじゃ……改めて、それも含めて────」
それは、それとして。
「攻略作戦会議を、始めましょうか」
無敵の姫は、気遣いはすれども容赦はしないのだ。
春日家の明日はどっちだ。
まあ間違いなく、あっちだ。