春日家
一般的な基準に則ると、春日家は十分に裕福な家庭だと思われる。
両親共働きで母も家計を支えているというのもあるだろうし、父が建築士として優秀らしく仕事に困っていないというのもあるだろう。
自分のためだけのバイトに明け暮れていた俺も、それについては一度も小言など言われたことがなく。大学の学費諸々とて当たり前のように出してくれた。
基本的に、お金で困った経験というのは……少なくとも、息子の俺は感知したことがない。贔屓目なしにスペックの高い両親なのである。
堂々と一軒家まで構えてるしな。
父が自ら設計した春日邸は外観こそ非都会の街に溶け込み馴染んでいるが、内は割かし遠慮ナシやりたい放題────まあ、軽めの豪邸と呼んでも差し支えない。
流石に、小さくもガチな四谷邸や立派かつガチガチな四條邸とは比べるべくもない一般ラインの枠組みではある。けれども、十分に立派。
居間やら水場やら家族生活の基点となる部屋&両親の寝室が並ぶのが一階で、二階部分には俺の部屋。それだけならまあ普通だが、上下階それぞれに大きな物置部屋や『客間』まで用意されている家は珍しいことだろう。
────どんな未来にも対応できるよう、気合を入れて設計した。
とかなんとか、いつだか父上が言っていたものだが……。
まあ、まさかね。
「────春日凜。希の母です。よろしくね」
「────春日歩、希の父です。遠路はるばる……というほどでもないかもしれませんが、よくいらっしゃいました。どうぞ、くつろいでいってください」
こんな未来に対応することになろうとは、夢にも思わなかっただろう。
俺も思わなかったよ。当たり前だね。
「…………ということで、俺の母上と父上でございます」
片やラフに、片や丁寧に。リビングの卓へ並んで納まり挨拶を切り出した両親を手で指し示しながら、俺が反応を見やるは逆サイド。
対面席……流石に三人が横に並べるほどの過剰広々テーブルではないため、少々無理矢理気味に座っている客人こと三人娘────
まずソラさん。
ほんのり緊張は伺えるが、流石の四谷ご令嬢とでも言おうか貫禄の穏やかな微笑みを装備。見せ付けるは十五歳とは思えぬ安心感。
言うことはない。流石の斎さんプロデュースである。
次にニアちゃん。
わかりやすくメッチャ緊張していらっしゃる様子の本人には申し訳ないが、ある意味でニアが一番この場における正解。
ますらおが如く堂々としている母も、泰然自若の仮面を被っている父も、割と普通に内心で超絶緊張しているなんて俺の目にはバレバレだ。
おそらく現在進行形、二人の中で好感度が上がっていると思われる。
最後にアーシェ。
無敵。以上────ってなわけで、
「こちらが、……──そらさん。仮想世界の相棒という意味で、俺のパートナー」
「改めて、初めまして。よろしくお願いします」
一人目、紹介。ソラがペコリと淑やかに。
「んで、こちらがニア……リリアニア・ヴルーベリ嬢。一応の体裁だけだけど専属契約を結んでる職人様。リリアでもニアでも、好きに呼んでほしいとのことで」
「……っ!」
二人目、紹介。ニアが余裕なさげに一生懸命な礼をする。
「そして、アリシア・ホワイト様。説明不要の『お姫様』……でございます」
「──……」
三人目、紹介。アーシェが悠然と頭を下げた。
然らば……────
「「「「「「……………………………………………………」」」」」」
お見合い発生。まあ、そうなるな。
そんでもって数秒の後。一番最初に口を開くのは勿論のこと、
「────そらさん、リリアさん、アリシアさん。まずハッキリと、あなた達に、希の母として言っておくことがあります。心して聞いてちょうだい」
春日家における『強し』担当こと、我が母である。
斯くして、三者三様。僅かに緊張を強めたり頭からムシャムシャ食べられるのではくらいの慄き様を滲ませたり堂々無表情で迎え撃ったりの三人娘へ、
「………………────そこで惚けた顔してる馬鹿息子以上に、あなた達を歓迎するわ。どうぞ自分の家だと思って、気負わず楽に過ごしてね」
初手甘やかしから入るだろうとは、この息子バッチリ読めていたぞと。
「さて。それじゃ自己紹介はサッパリこんなもんでいいでしょう」
三人についての話は……世間が見る『天秤の乙女』やら【藍玉の妖精】やら【剣ノ女王】ではなく、一人の人間として正面から付き合った場合の三人が。
どんな人たちかについての話は、もう既に俺が散々っぱら口を割らされている。
ゆえ、俺が彼女たちへ向けている好感を共有している母と父に、緊張はあれども警戒は皆無。なればこそ、母は春日家を代表して、
「希、部屋に案内してあげなさい。そんで各自、少し休憩しましょうか」
「あいあいさー」
紛れもないVIP三人を、既知の友人のように気安く歓迎してみせた。
◇◆◇◆◇
……そうして、息子が二階の客間へ三人を連れて行き、
「────っ、ぶっは……」
「────……ぉお、ぅぉう…………」
しっかりと厚い壁越しに気配の感知が断たれた瞬間のこと。気張っていた母と父は揃ってテーブルに突っ伏し、片や勢いよく片や細々と息を吐き出した。
然して、その内心は、
「…………お父さん、感想」
「…………べ、別世界の、住人……?」
「あれはレベチね、三人とも。見惚れて鼻の下を伸ばしてたのも許すわ」
「勘弁してくれ。見惚れてはいたけど鼻の下は伸ばしてないよ……」
言うまでもなくの、大嵐。
「あの子たちが、希に、惚れてると……」
「流石の馬鹿息子ね……上京、えらいことになるとは予想してたけど」
「………………………………ある意味で、心底安心では、あるのかなぁ……?」
「そりゃまあ身分も人柄も折り紙付き、なんだろうけどねぇ……」
子が思うよりも、親は子を想っているもの。
そんな事実を知らせるつもりも押し付けるつもりも更々ないが、だからこそ。子を見る親は、無限に果てない『心配』というお節介を心に抱くもの。
信頼と心配は、共存するモノ。
「……お父さん」
「なんだい母さん」
ゆえに、つまるところ。
「どっしり構えて、余裕の演技を貫くわよ」
「…………親として、今こそ無茶のし時ってやつなのかなぁ」
「とりあえず、ファーストコンタクトで失神しなかったのは褒めてあげる」
「はは、それは気張った甲斐があったよ……」
世界有数の困った息子を持つ両親の戦いは、これからということである。
イケメン母と童顔気味の父。
容姿は母譲り笑顔は父譲り、心根は二人譲りの主人公。