Welcome to 地元
都会ではない────中学、高校と六年弱を過ごすことで慣れ親しみ、今や俺にとっての地元となった街を称す言葉は実際その辺りが相応しいだろう。
首都東京などとは比べるべくもない、言うなれば『都市』には及ばぬ規模感。
これといった洒落乙スポットなど全国チェーンのカフェが精々。真新しい流行物なんて基本的に電波が運ぶ情報でしか訪れず、実物に触れる機会など早々ない。
かといって、ド田舎かといえば正直そこまででもなく。
近代的な暮らしを謳歌するために必要な施設等は駅前等の人口密集地限定ではあるが揃っているし、各種インフラサービスも充実しており家から一歩も外に出ずともギリ生きていける程度の環境は整っている。
海はなくとも城はあったりで観光客の数もそこそこ。呑み込まれるほどの喧騒が溢れるまではいかず、かといって人恋しくなるほど寂れてもいない。
本当に、そこそこ。
都会ではないがド田舎でもない、暮らし良い街である────
……ただ一点。今の俺にとって不都合ってか気まずい部分があるとすれば、
「………………………………ぉー……っと」
「……?」
娯楽施設やら便利施設やらが偏って在る街事情の都合、そこそこの人口も同じく一部にガッと偏りがち。つまるところ、駅なんかの賑いを歩けば……。
「今、知り合いと擦れ違った。ガン見されてた」
「ぇ、えっ……だ、大丈夫です?」
見知った顔と擦れ違うのは、大して珍しくもないことってなわけで────新幹線を降車して三分弱。これまた東京とは比べ物にならないほど小さな駅のホームを歩きながら、そんなあるあるに早速のこと遭遇した旨を小声で報告。
俺の独り言に首を傾げた黒髪モードお姫様に続き、隣を歩くお忍び御令嬢モードの相棒がこそっと辺りを見回す……のだけれども、
「いやまあ、ガン見されてたのはニアちゃんだけども」
「っ!?」
「流石に、どう足掻いても目立つよなぁ……」
重ねて、地元は割かし観光客が多い。それには外国人も含まれる。つまり住人も多少は街中を歩く異国の風に慣れてはいるのだが……流石に、流石にね。
誰かさんからの贈り物を忘れず装着して、おそらく他人の目からは別人に見えているはずの俺が認識特定される恐れはないとしても。
「………………」
視線を回して一、二、三。
アーシェは俺と同じく認識阻害の変装アイテム装備、ソラさんはアバターとの色味諸々による特大イメージギャップ、ニアはそもアバター素顔が非公開。
ゆえに、こちらも『仮想世界の有名人』との紐付けは……まあ、そうは起こり得ないと思ってはいるのだが────しかしながら、はい。
「…………やっぱ、せめて二人ずつ分かれといたほうが良かったな」
アーシェの変装Verが他人の目にどう見えているかは知る由もないが、ソラとニア。この二人の非一般人オーラだけで人目を引くには十二分。アーシェもアーシェで身のこなしが綺麗過ぎて所作だけで多くの視線を集めるのが平常運転。
都会の只中でも単身それぞれで注目を集めるほどなのだから、三人が集まって半田舎を歩いてりゃ足を止め目を向ける者が多発するのも無理はないのだろう。
帰省に際しての感情諸々へ暢気に浸っていたら、対処が抜けてコレこのザマである。現状一番目立っているであろうニアちゃんには申し訳ない限り────
『ちなみに知り合い is どなた? おんなのひとですか』
胸中撤回する。特に申し訳なさを感じる必要はなさそうだ。
はてさて、視線に晒されるまま駅中を進み暫し。目標地点まで推定おおよそ百メートルちょい。ついっと目前に差し込まれたスマホを押し退けつつ、ポケットから自前の端末を取り出しタっトっテっとタップタップタップ。
「……────ぁ、もしもし、母?」
『無視ですか。そうですか』
「男の人よ。私が取り違えていなければ」
「よ、よくわかりますね。結構な人数と擦れ違ってたのに……」
見られることに関しては、考えるまでもなく俺を遥かに超える経験値を蓄積していることだろう。一瞬ビビっていたものの即座に澄まし顔を取り繕ったニア含め、仲良し和やか美人可憐な三人娘の声を他所に通話続行。
「着いたけど、そっちは? いや別に、まだならどっか静かなとこで時間潰して────……あぁ、オーケーっす。ガッて乗り込むからドア開けといてくれる?」
然らば、意思疎通完了。電話を繋ぎつつ遠目に視線が合う、古今東西いつ如何なる時も誰が相手とて一定のムズ痒さを覚える一瞬を経て、
「「……────」」
駐車場の一画。ロータリー部分で注文通りドアを開け待ち構えてくれていた、やや懐かしくも感じる見慣れ親しんだ春日家備えの大型車の前。
「────いよっす。ただいま」
「────おかえり。どしたのアンタ、眼鏡なんか掛けて」
威風堂々仁王立ちしていた母と半年ぶり、電波を介さず声を交わした。
◇◆◇◆◇
────慌ただしく適当に済ませたくないから、自己紹介は落ち着いた後で。
そうサッパリ宣言した我が母の意向に則り、三人娘は『はじめまして』等々ファーストコンタクトを最低限の挨拶と会釈に留めて車に乗り込んだ。
三人揃って、後部座席。
でもって、俺は当然……。
「そういや言っても見せてもなかったっけ? 眼鏡、魔法の変装アイテム」
「アンタなに言ってんの? 大丈夫?」
「ですよねーそういう反応になりますよねーマジなんすけどねー」
助手席。母上の隣で話し相手。
そんでまあ、積もる話は勿論のこと無限大に違いないのだが、
「そだ、さっき駅で三浦さんと擦れ違ったよ」
「誰だっけ三浦さん」
「ほら、レストランの」
「…………あー、あれ。アンタが子守のバイト頼まれてたシングルファザー」
「そう、その三浦さん」
「……え? 大丈夫だったの、バレなかった?」
「眼鏡、魔法の変装アイテム」
「沸いたこと言ってんじゃないわよ。年寄りを揶揄うな」
「まだまだお若いじゃないっすか母上……」
「半笑いで舐めた口を利いてんじゃないよ馬鹿息子」
「躊躇いなく息子を罵倒するのはどうなんすか母上……」
口々にするのは、敢えての至極どうでもいい話ばかり。
意図は明白。華道の生徒さん方からは『イケメン』だの『スパダリ』だのと慕われている我が母は男勝りの気性の荒……もとい気の強さを常時その身に雰囲気として纏っているが、基本的には年若い女の子にダダ甘いゆえに。
「そうだ希。アンタ今日お父さんと二人で銭湯ね」
「へ?」
「今日というか、今日明日」
「お、おう?」
「本当は、お嬢様方にこそ広々とした温泉に行ってもらった方がいいんだろうけど……ほら、いろいろ、大変そうじゃない? 人目とか」
「はぁ、まあ、はい」
「なら、せめて気兼ねなくウチのを使ってもらわないとね。だから男は外」
「あー…………はい。仰る通り。了解っす」
「風呂上がりのコーヒー牛乳代も出したげるから」
「小学生を喜ばせるような文言付け足さなくていいです」
「あっそ。いらないのね」
「フルーツ牛乳でもよろしいでしょうか」
「お父さん共々、甘いの好きねぇ……」
とまあ、そんな風に。
「「「────…………」」」
後部座席にて大人しく親子の交流を見守っている客人へ、丁寧に人となりを見せているのだろう。後に回した自己紹介で、極力緊張しなくて済むように。
優しい。
恵まれたのが息子ばかりで、娘に憧れがあるってのは知ってるけどさ────
なんて、うん。そんな感じで。
「オトンは?」
「家で覚悟決めてる。……大丈夫、おそらく多分きっと気絶はしないと思うわ」
「不安だなぁ……」
好き勝手に喋る前部座席と、淑やか静かな後部座席。同空間にて真逆の様相ではあるが……不思議と、ほんのり漂う平和感に各々で安心や戸惑いを滲ませつつ。
我が母の運転するゴツい車に、俺たちは身を委ねるまま道を揺られていった。
ちなみに何度か『目を惹く珍しい集団』として野生のノンデリ星人にカメラを向けられているが、無敵の姫が物言わず絶妙な位置に立ってソラニアをガードしてる。
シャッターが切られ映っているのは、電子機器にも作用する認識阻害能力にてブレッブレボッケボケになった人相も様相も判別不能な評価点ゼロの写真のみ。
更にノンデリ極める動画勢は思い立った瞬間に機器が不調を患います。わぁ凄い。