キミがいい
さて。そんなこんなで、集合してから時間にすれば十数分程度。
サックリ装備の受け渡しからバッチリ各種具合の確認調整云々を経て、ちょうど夕食時ってなわけで解散各々ログアウトのタイミング。
「────ぁ、ソラちゃん。ちょっとごめんパートナー借りてもいい?」
「はい?」
例によって帰宅しようとする俺たちの……というか、俺の袖をニアが捕まえた。
そうして断りの言葉と共に藍色の瞳が向けられるのは我が相棒。然らば視線を受け止めつつ、パチクリと琥珀色を瞬かせたソラさんはといえば、
「どうぞです」
ニコリと、俺に笑んで、
「へへ、ありがと」
対するニアも、ソラへ礼を言いつつ俺に笑んだ。
「………………………………………………」
いや、ないんだけどね。
別に、こう、実際には〝圧〟とか、ないんだけどね。
俺が、勝手に、感じてるだけなんだろうけどね。
「「…………」」
「…………………………ぇ、と……あの…………」
挟まれるのは、未来永劫、慣れたりできないんだろうなと。
「ハル」
「はい」
唐突に訪れた冗談キツい〝弄り〟に身を固めていれば、名を呼ばれるのは相棒から。そのもの「冗談ですよ」とでも言うように……。
ソラは、今度は柔らかく微笑むと、
「今日は、このまま休もうと思うので……おやすみなさい。ニアさんも」
「うん。おやすみーソラちゃん」
「……あぁ、うん。おやすみ」
ちょいと、指先だけ。ニアが捕まえているのとは逆側。
俺の手を控え目に撫でると、転移の光に包まれてクランホームへ帰っていった。
「………………はぁ。ほんと天使。大変だぁ」
斯くして、二人。手の甲へ残された微熱に諸々やられている俺の隣で、パッと袖を離したニアが誰へともない言葉をぼやく。
きっと、俺への言葉でも自分への言葉でもあるのだろうて────
「────……で?」
そうしたならば、いじらしいパートナーを見送ったならば……切り替えて、今。
わざわざ俺だけが引き止められた心当たりもないゆえに、問いを皆まで口にする必要もないだろう。何故、如何を言いたまえと目を向ければ、
「んー……ゃー…………えーと、ねぇ……」
言いづらそうに……とは、違うか。
言葉を選ぶような仕草でもって。俺の前でふらふらと揺れるニアは、そのまま数秒ほど目を合わせたり逸らしたりしながら────寂しげな右手首を撫でて。
「……あの、さぁ」
「うん?」
「アレ。あたしの、なに? その……語手武装、さん」
「テラーさんて。うん」
「自分で作るか、誰かにお願いするか、急ぐ理由ないし、保留にしてたけど」
その辺りで、言葉やら仕草やら……どこか甘えるような声音やらなどなどの材料から薄っすらと勘が働き、顔を引き攣らせた俺に彼女は言う。
「………………キミは、だめ?」
まあ、そう言い出すとは思ってた。そんなことを。
「………………………………ぁー……」
あぁ、ぶっちゃけ予想は付いていたさ。だから驚きはしないが、いざ面と向かって言われると「マジかよ」という思いが甚だ強くて困るばかり。
なぜかと言えば、
「…………『語手武装』は、その馬鹿げた稀少性に由来して、誰が手を入れようとも最低限の品質は担保されているものと推測されるが」
「う、うん……」
「それでも、魔工師の……『紡ぎ手』の腕が確実に関わってくる」
「知ってる」
もう遥か昔にさえ思えてしまうような半年前の一幕。今や俺の左手に同化した語手武装が〝卵〟だった時代、カグラさんに言われた言葉ほぼそのまんま。
「つまり、下手な奴が扱えば『半端物』になるのは間違いない」
「そうだね。────でも、」
そのまんま、正論に頷いて、
「あたし、そんなのどうでもいいし」
しかし、ニアは気にした風もなく笑ってみせた。
「……キミからの、贈り物ですし。まだ、いろいろ曖昧だった頃だけどさ」
「…………」
「そりゃ私も、テンション上がって勝手にアレンジくらいはしましたけども」
「…………」
「私自身でも、他の人なんて、よっぽど」
『素体』と化したゆえの、装備不可状態。手首から外されている、青羽根の欠片があしらわれた紅緋の腕輪を掌に乗せて見つめ……ほんのり恥ずかしげに。
「キミ以外に作り替えられちゃうのは、ちょっと……嫌だなぁ、って」
とんでもなくズルい、笑みを撃ちやがるもので。
「……思うん、ですけども」
「お前さぁ」
無意識つい食い気味で言葉を被せれば、やや怯んだ様子のニアに罪悪感。
違う、別に責めるつもりなんてなく。
「甘え上手が過ぎて、俺はもう本当にどうすりゃいいんだよって……」
参ってしまうから、勘弁してくれと白旗乱舞なわけで。
「……ふ、んぇっへへ。恐縮ですねぇ」
照れ隠しの笑顔とて変わらず凶器。稀に出る謎の三下ムーブを披露するニアから目を逸らし、今度は俺の方がふらりと近場のソファへゆらりからのドサリ。
「ったく……目玉焼きが精々の小学生にフレンチ作らせるようなもんだぞ」
「全然いいじゃんソレ。唯一無二は間違いなくない?」
「消し炭あるいは謎物質しか残らんかもしれんですが」
「あっはは。そこはほら、ゲームですし。システムが最低保証はしてくれるから」
「いろんな意味で仮想世界中の魔工師から恨まれる可能性については」
「やーニアちゃん人気者だからなー困っちゃうなー」
「そこ冗談めかしていいのか。ガチ勘弁してって半泣きになる癖によ」
「やー……まあ、はい……大注目は勘弁してほしいですけどもぉー……」
然して、ストン。
俺が埋もれているソファの肘掛けに、しゃがみ込んだニアが頬杖を突く。
「……なんでもいいよ。どうせ大仰な物なんて手に入っても、困っちゃうしさ」
「…………」
「あたしが欲しいのは物凄い装備じゃなくて、結局は〝キミからの贈り物〟だし」
「………………」
「………………」
「……………………」
「…………………………」
────……ふと、腹減ったなとか、心底どうでもいいことを考えていた。
もう本当に、至極『今じゃねえだろ』とツッコミを入れざるを得ないことを。特別でもなんでもない、数限りなく日常の中で考えるようなことを。
「「………………──」」
もう、日常にあるのが当たり前になってしまった瞳と、見つめ合いながら。
「キミが、いいな。…………だめ?」
返答は────差し出された掌から、仄かな光を放つ〝紅〟を受け取って。
「…………………………ちょっと、待ってくれ。悪いけど、頼む」
言葉も添えて、
本当に、これに関しては、もう本当に様々な理由があって『待ってくれ』としか言えないから、今この場で伝えられるだけの言葉も添える。
「……わかった。ありがと」
「…………ほんと……礼は、まだ言ってくれるなって」
そうして、言葉なんかでは言い表せないくらい、優しい微笑みを見返しながら。
俺は、精一杯の〝保留〟を告げた。
さて。