同様に動揺中
「────んじゃ、まあ、今日のとこは、そういうことで……」
「ん。おつかれさま」
「お疲れ様でした。おやすみなさい」
挨拶各々、取り出されたる〝鍵〟は二種三つ。
序列持ちが保有する戦時拠点頂点への直通転移権、そしてクランに所属することで遍くプレイヤーが得られる組織拠点の家鍵。
「はーい、おつかっれーい」
然らば、南陣営の玉座と東陣営のクランホーム。それぞれの活動拠点へと転移の光に包まれて帰っていく三人を見送って……────
「………………」
一人。己がアトリエに残された藍色は、ヒラヒラと振っていた手を止める。
止めて、一秒、二秒、三秒……そして十数秒が経った頃合いで。
「…………──────ん゛んんん゛ん゛んんんんんんん……っ???」
その瞬間まで冷静を気取り保留にしていた感情が決壊。ニアは頭を抱え、奇妙な鳴き声を上げながら、その場に勢いよくしゃがみ込んだ。
────俺の実家、来る?
「や、や、いやいやいやっ……」
違う。台詞がメチャクチャ脚色されている。そんな女性をサラッと家に連れ込むフッ軽でアレでアレな男子めいた発言では諸々なかった。
ぶっちゃけオロオロあたふた極まっていてシンプルに可愛いだけだった。自覚しているのかしていないのか、稀に『姫』とも話すがああいうとこ卑怯────
「じゃなくてぇっ……!」
そんなことより、だ。
そんなことより、である。
「お母様……ッ!? ぇ、は、急……ッッッ!!!」
────ぇ、行くよね……。
誰へともなく白状すれば、完全に場の勢い。それから即座に意を決したように答えたソラと、ほぼほぼ動じず当然の如く頷いたアイリスに引き摺られただけ。
自分も同じく当たり前みたいな顔をして乗っかってしまったが、正直な胸の内を告白するなら一ミリも展開に付いていけてなどいなかった。
その後にチラッと話した予定合わせ云々とか既に記憶がない。混乱の極み。
────お母様……ぇっ、お母様ってか『母さん』だの『母上殿』だの『オカン』だの呼び方が安定しなさすぎとかそんなんどうでもよくて実家ご挨拶!? なんで!!? 謝罪ってなに謝罪したいのはむしろこっちですけど日々もう本当に息つく暇もないくらい息子さん困らせて至極ごめんなさいなんですけれども‼︎ えっお母様どんな人なんでしょうか「言い出したら曲げない」とか言ってたくらいだし気が強いタイプでいらっしゃるのでしょうか「帰らぬ者にされる」とかも言ってなかった? え? むしろ私は無事に帰ってこれる? え────
「こわい……ッッッ!!!」
混乱の極み、である。
いや、まだなにもわかっていない。なにも始まっていない。まだ見ぬ想い人の『母』……と、おそらく一緒に顔を合わせることになるのであろう『父』と。
勝手な幻影を思い描くまま怯えるなどと失礼千万。こんなメンタルでは戦いに臨めない。唐突過ぎて望んでも希んでもいないとか関係ないし逃げ場もない。
落ち着かなければ……──そう、思い至ったとあらば。
「 た す け て ひ よ ち ゃ ん ッ …… ! ! ! 」
藍色娘が呼ぶ名は、当然のこと一つであった。
◇◆◇◆◇
「────……」
もうかれこれ四年近くを以っての習慣付け。すっかり定位置になってしまった玉座へアバターを残し、仮想の夢から目覚めて暫し数十秒。
珍しく遅々として回らない……正確にはグルグルと無為に回っているがゆえ、思考処理タスクが進まない状態の頭を機械仕掛けの寝台へ置くままに。
「……………………ハルの、お母様」
パチリとガーネットを瞬かせて、仮想世界の姫は目覚めてなおも夢現。
行く────なんて、正直なところ先陣を切ったソラに引っ張られて、咄嗟に口から転がり落ちていた言葉に過ぎず。さしものアイリスことアリシア・ホワイトとて万能の予言者に非ず、予想外の出来事が飛び込んで来れば動揺もする。
本当に、突然のことで、驚いた。
……けれども、
「………………うん」
たどたどしく、つっかえつっかえで、いっそ愛らしいまでの様子……しかしながら、緊張を押して覚悟を秘めて懸命に言葉を紡いでいた『彼』の様子を思い出す。
突然でも、唐突でも、ない。
きっと、彼にとっては、ずっと一人で一生懸命に考えていた事柄なのだろうと。
それ、即ち。
「ん……」
他でもない、自分たちのために。
然らば────頬に灯る熱と、胸に宿る明かりを糧に、寝台から起き上がった無敵のお姫様がすべきことは……なにを置いても、一つだけ。
「……年末までの、どこか、ね」
いつもいつとて黒々とした、スケジュール表との睨めっこだ。
◇◆◇◆◇
「────えぇ、はい。承知しておりますよ?」
「しょうっ、ぇっ」
「少し前に、春日さんから確認の連絡をいただきまして。私個人の返答としましては『どこへなりと攫っていただいて結構です』と伝えてあります」
「なっ、にゃっ、攫っ……!?」
「勿論、ちゃんと私の元へ返却することは前提条件として示しましたが」
「返却っ!?」
「ちなみにですが、既に旦那様も了承済みのはずです。私への確認以前に『時間を設けて話をさせてもらった』と仰っていましたので」
「ハルっ……!!!」
仮想世界退去、からの現実起床、からの対メイド騒乱。
っ、行きます────なんて、ほとんど反射で返事をしてしまったのが数分前のこと。至極当然ながら動揺と困惑を極めるまま、どうせ諸々の許可取りや事情説明は必要だからと、目覚めて勢いそのまま斎に相談したらコレだ。
常々あの相棒は他人が浮かべる予想予測を蹴飛ばして突っ走るのを生業としているところがあるが、最近は恋愛方面すら輪を掛けて意表を突いてくる。
「ぇえぇぇえぇえぇ………………あの、いいん、です?」
「良いも悪いも、是も非も、ですねぇ。広い意味での安全面については……まあ、心配は無用ですし。あのアリシア様も同行するのであれば、より盤石ですし」
「…………」
別に、気にしてほしいわけでも止めてほしいわけでもない。過保護は困るし、待ったを掛けられても一人だけ『お留守番』なんて耐えられるはずがないから。
けれども、それはそれとして、ここまで清々しく放り投げられるのは如何なものかと。どれだけ自分たちは無責任な安心の元に見守られているのかと。
喜びよりも、やはり困惑先行────
「年末までの、どこか、ですね。改めて日程が決まったら教えてください。冬休みは間に合わないでしょうから、学校への手続きをしなくてはいけませんので」
「……はい。…………あの、はい」
狼狽えているのは自分だけかと、少女が頬を膨らませるのも自然であり、
「なんて、そんなことよりも……そら?」
「……はい?」
「ちゃんと張り切って、外堀を埋めてくるのよ?」
「物凄く面白がってる……!!! 斎さんなんて嫌いですっ……!」
そんな愛らしい様にあてられて、姉が妹を揶揄い始めるのも、また摂理である。
つまり一番の被害者=ひよこ。
ひよひよひよりんかわいそかわいい好き。