絶対オーダー
────そんなこんな、ちょっとした一幕を挟んで夜。
「ソラちゃんソラちゃん。ちょっとコレ握ってみて?」
「ぇ、はい、えと……?」
各々、夕食を終えての再集合。
俺とソラとアーシェが足を運ぶ形で変わらぬ面子。ニアのアトリエにて四人顔を揃い合わせるや否や、工房主が何物かを取り出してソラへと差し出した。
「グッて。適当にグッてしちゃってくれたらオッケーだから」
「は、はぁ……」
それは見た目、なんの変哲もない真っ白な布片。ハンカチと言えるような立派なものではなく、本当に『ちょっと適当に切り出しました』くらいの端切れ。
パッと見は普通の『布』────けれども、よくよく見ると上手く言い表し難い不思議な光沢を放つ謎布をソラが受け取り、言われるがままグッとすれば……。
「っふぇ……!」
「「おー」」
本人はギリ悲鳴未満の驚きの声。傍らで見守っていた俺とアーシェに関しては、傍観者として諸々よくわからないままに気の抜けた歓声を上げさせられた。
然して、
「ふーむ、問題なさそ? 立ち上がりも快速だし形も安定してるし……」
布を握り込んだソラの右手────その周囲に顕現した光の帯を、ぶつぶつ独り言を呟きながらニアがコツコツ叩き硬い音を響かせた。
で、それを間近で観察すること数秒。
「…………これ」
「あぁ、多分、だな」
その光。つまり見覚えのある輝きから『布』に関して大体の正体を察した俺とアーシェは、傍観者のまま歓声を感心の声へと移行させるに至る。
っとに────次から次へと、大したもんだってな具合で。
「「αtiomart」」
「んぇっへへ、わーっかっちゃいますぅ?」
「………………」
示唆された『布』もとい『品』の正体を言い当てた俺たち、に対して得意気なドヤ顔を披露するニア、に対して至近距離からジト目を照射するソラさん。
更に、ジトり半眼はスライドして俺の顔面にも直撃した。
「……あの」
「はい」
「いつまで、サプライズの体を続けるんでしょうか、と……」
「それな」
といったところで、いい加減バレバレのバレだったアレを晒しとこうかと。
「ソラさんの装備更新。もう流石に旧装備がソラのスペックに追い付いてないってなことで、最低でもユニークレベルの新作を用意しようぜってな」
「……わかりますけど、なんで秘密にする必要があるんですか」
「それはまあ、焼き直し?」
「焼き直し? じゃありませんよ! ドッキリを定例化しないでくださいっ」
なんて、その焼き直し元も半年程度は前のこと。むしろよく今に至るまで目立った不都合が生じず来れたものと感心するばかりだが……そこはまあ、自然か。
元から【遊火人】&【藍玉の妖精】の手抜きナシ合作コーディネートだったわけで、初めからハイエンドスペックには違いなかったのだから。
────けれども、流石に。
「天衣の方は手直し程度でヨシとしても、手足の方がねぇ。カグラさんも『いつんなったら更新する気なんだか』とかとか前から言ってたし」
「そ、そう、なんですか……」
大体ニアの言う通りだ。
特殊能力諸々が俺の【白桜華織】ほぼ同様の【蒼空の天衣】……つまり本衣装は据え置きでいいとしても、手足の『流星蛇』シリーズは荷が爆勝ち状態。
装備を仕立てたカグラさんの腕は満点、しかし素材のグレードが不足している。
……とまあ、おおよその事情はそんな感じだったわけだが、けれども予想外ってか普通に驚かされた。まさかまさか……ってほどでもないのか?
「〝桜〟と来て〝雨〟……お次は?」
「んー? あー、それはねぇ」
よくよく考えりゃ、せっかく物にした技術を【遊火人】が出し惜しみするはずがない。気合入れて『面白いモノ』を作ろうとすれば何にでも組み込んで然り。
つまり、ソラさんの新装備へと行き着く『布』の正体は……。
「────太〝陽〟の涙、だってさ」
「た、太陽の……」
「……涙?」
「まーた訳のわからんブツが出てきたな……」
仮想世界の遥か過去を秘める時の漂流物。
『残響遺物』を内包する、魔力具現化武装の基礎段階だ。
◇◆◇◆◇
斯くして、十数分後。
「────そーんじゃまあ、諸々そんな感じかなぁ。ソラちゃんもオッケー?」
「はい、あの……お任せ、です。よろしくお願いします」
「お願いされましたー! 早速カグラさんと予定合わせて取り掛かるから待っててね。三日、四日で仕上がると思うからー……ま、お楽しみにぃっ!」
「は、はいっ」
新装備の詳細固めについて相談すること暫し。ちょいちょい横から俺やアーシェが口を挟んだりしつつ、まあ有意義な時間であったと言えよう。
なんかカグラさんとニアの共同制作になるっぽいとのことで、普通に楽しみだ。どうせアホみたいな代物が完成品としてお目見えするのだろうて────
と、いったところで。
「お楽しみにぃ…………ってなったら、今日は、以上……かなぁ……?」
「……ん。そう、ね」
ニアが切り出し、アーシェが頷く。なんというか、双方とも珍しい様子で。
基本、何を言うにしてもズバッとなりポロっとなり言ってから焦ったり困ったり狼狽えたり混乱したりするのがニアちゃんだ。言いながら言葉が途切れ途切れの歯切れ逆マックスというのは、無いではないが珍しい。
んでアーシェ。こっちはこっちで他人に進行を譲り頷くというのが珍しい。先程までの魔工作業云々のように自分を上回る専門家がいるならともかく、基本的に場を引っ張る癖がついているので……まあ、こういうのは言う側が常だ。
加えてラスト、もう一人。
「え、と……」
傍らにて、モニョモニョしている俺の相棒。三者三様ではあるが、心情を読み取るのはあまりにも容易い────なんせ、俺とて同じであるからして。
今日、
「楽しかったな」
ってさ。
「……だねぇ。へへ」
「ん……」
返事は言葉が二つの、
「…………」
手が、一つ。
無意識か否か、俺の裾を掴んだソラさんもニアとアーシェと似たり寄ったりの表情で────………………多分、きっと、おそらくだが。
俺の願望が、そこはかとなく混じっている可能性も低くはないのだが。
「…………はは」
今のこれは、一番近くにいたのが俺だったから、俺だったというだけで。
隣に居たのがニアでもアーシェでも、ソラは手を伸ばしたんじゃないかなって。
「………………スゥ────……はぁ」
笑みを零して、深呼吸などもして。あからさま『なにかありますよ』と言いたげな態度を取る俺に、自然と視線が集まった。
琥珀色、藍色、ガーネット。それぞれの色に、それぞれの思い。
見るも眩い瞳を三人分、受け止めながら……覚悟の用意は今更のこと。今日に求めたのはソレではなく確認だったから、足を止める余地はない。
────然らば、踏み出せ。
「……御三方に、ちょっと話があるんだが」
緊張は、流石に滲んでいたと思う。
それもあってか、切り出した瞬間に二人分の肩が震えた。
ソラと、ニアだ。
「………………………………ぁ、ぇ、っ……と」
正直、気持ちはわかる。逆の立場であれば俺もビビっただろう。だからこそ、か細い悲鳴にも聞こえてしまうニアの声音に笑みを返す。
「なにを察してんのか流石にわかるけど、違うから。落ち着け」
「ぁ、そなん、だ…………」
そう、違う。今は、そういうのじゃない。
けれども、
「落ち着いて、…………ぁー、でも、驚くであろうことは言うつもりだから、各々ちょっと構えてはいただきたいかもしれん。いいか?」
少なくとも、俺にとっては『気楽な話』ではないゆえに。
セーフティを設けるように言葉を立てれば……自然と三対一で俺の前に並んだ〝御三方〟は、三人で仲良く目を見合わせて。
「「「…………」」」
大人しく、聞く態勢に。
……構えてくれと言っといてなんだが、俺が勝手に感じている部分が大半なのだろうが、圧が凄くて気を抜くと変な笑いが顔面を占拠しそうだ。
なのでもう、最適解は溜めずに思い切って白状するのみだろう。
さぁ、いくぞ。さーん、にーい、いーち────ッ……‼︎
「では、ぇー…………ね、……………………………………………………」
いけオラ馬鹿野郎ビビってんのか。ハキハキ喋れやッ‼︎
「年末、までの、どこでも、いいんだが」
「「「…………」」」
「できれば。その、可能なら、な? 各々の予定、ってか、なんだ。こう……〝暇〟が合致すれば、しましたならばという、可能性の提案ってな話でして」
「「「………………?」」」
「………………………………────」
いやビビるだろ。常識的に考えれば正気の沙汰じゃねぇんだもの────そもそもの状況が半年前から正気の沙汰じゃねぇんだから当然だな!!!
然らば、男は度胸ッ!!!
「────…………おれ、じっか、きせい、する、んだけど」
「へ?」
「……ん?」
「なんて?」
「…………俺、年末までに、一度、実家へ、帰省する予定、なんですけれども」
「……実家へ」
「帰省」
「予定……」
「それで、ですね。結構、前? 母さん……つまり、俺の母上殿から、お嬢さん方に挨拶したいから一度、連れてくるようにと、言われてたりなかったり……で」
「お母さん……」
「お母様」
「母上殿て」
「その、なんだ……特殊な状況が過ぎるもんで、不肖の馬鹿息子がアレコレやらかして形成した混沌に関して、親としても謝罪をみたいなスタンスっつか……」
「「「…………」」」
「うちのオカン、こういうこと言い出すと、まず曲げなくて、ですね……。どうにかこうにかミッションを遂行しないと、おそらく俺は帰省してそのまま帰らぬ者に────いや、まあ、んなこたどうでもよくって、違くてだな……!」
「「「………………」」」
深呼吸。
今、伝えられる事実と、伝えられない思惑がある。
だからもう、あと言葉にできるのは一音くらいが限界だった。
「……………………………………………………来ま、す……?」
果たして、回答は。
「────っ、行きます」
「────行く」
「────ぇ、行くよね……」
「……………………はい。では、その、予定の合わせを……」
それぞれ、場の勢いに流されているところも、大いにあるのだろう。
あるのだろうが……まあ、予想通りのものであった。
さあ、第七節本番のカウントダウンだ。