一人の時間(一人じゃない)
斯くして、十数分後。
「では、あの……後ほど」
「あぁ、また後で」
優に千キロをオーバーする超長距離を悠々爆速……もとい星速にて簡単ひとっ飛び。常識であれば日帰りの距離ではない『エンドサークル』地帯から帰還した俺たちは、とりあえずのところ一時解散の流れとなっていた。
ほんと、サファイアさまさまである。
ともあれ然らばアーシェと別れ、ニアと別れ、舞い戻ってきた我が家でもソラさんに手を振れば一人きり。転移のそれと似たログアウトの光に包まれ仮想世界を去っていく相棒を見送って……うん。一人きり────
の、はずだったんだけどなぁと。
「……お前、俺の隙間時間探知センサーでも実装してんの?」
「そうだよ」
「っと、そうだよじゃねぇ当然の権利みたいな顔でハグしようとすんな」
振り返りつつ、今か今かと強襲タイミングを計っていた馬鹿者の首根っこを捕まえる。すると助走段階で突撃をカットされた青色ちみっこ……リィナはといえば。
「……んふ」
「無敵なのヤメロ。なにしても俺の負けじゃねぇかよ腹立たしい」
親に運ばれる子猫の如く宙ぶらりんになりながら、それはそれでという顔で表情薄くご満悦。俺の周囲に俺がメンタルで勝てるやつ少なすぎ問題である。
いやまあ、置いといて────
「えーと……悪いが、空いてるっちゃ空いてるのは正解なんだけども用事がないわけではなくてだな。またちょい出掛け────」
「そこ。悪いとは思ってくれるんだ、ね」
「空いてるっちゃ空いてるのは正解なんだけども用事がないわけではないから俺ちょっと出掛けます。じゃあなちみっこ健やかに暇を謳歌したまえよ」
「私も行く」
「あ?」
「私も行く」
「え?」
「私も行く」
「………………えぇ……」
────置いと……く、つもりだったのだが。
「私も行く」
「わ、わかったから。全く同じ声音でリピートやめろ怖い」
結局、一人きりにはなれないようだ。
◇◆◇◆◇
日帰りどころか半日帰りでサクッと工程を終えた遠征は、予想外のイベント邂逅もあれど無事目的を達成して了。夕方までに帰ってくることができた。
以前のような全個体攻略による特殊報酬が目当てではなく、今回は単純に『素材』が目当てであったため討伐は一体で十二分。目的の片割れことそっちに関しては「カグラさんと相談する」とか言ってたニアに任せてオーケーだろう。
改めての詳しい話は各々が夕飯を終えた後、再集合してからでいい。
で、もう半分の目的についても俺自身が納得できたので────
「…………………………うーん、まあ、うん。流石に、なぁ……」
現実時刻は夕方に差し掛かった頃合い。まだまだ今日はこっからってな具合で、最近では割かし貴重な一人の時間が降って湧いたなら即行動。
ほぼ常時、ありがたいことに賑やかな仲間に囲まれているからだろうか。我ながら口寂しいのか否か、一人になると多くなりがちな独り言を零しつつ……。
「俺も、今更コレが普通とは、全く思ってねぇよ、っと」
まさしく、もう一つの身体として馴染み切ったアバターを駆り縦横無尽。天高くへ続く尖塔の最中にて、共に躍るは無数に奔る紅の弾頭。
長い……といっても半年程度だが、密な付き合いを経て全ては『記憶』済み。
正直なところ目を瞑っても数秒はダンスできる自信があるので、今に至っては多少のハンデを抱えたところで五体爆散の憂き目に遭う確率は……。
まあ、限りなくゼロに近いだろう。
「っ────────」
だからこそ、気を抜いて集中する。
力まず自然体を意識して、身に宿り従えた力を丁寧に読み解き馴染ませていく。
獲得してからの今日。初の本格的な実戦運用で感じた違和感を確かめるように、床も壁も天井も宙も分け隔てなく舞台と成して踏み付けながら────
俺はそのまま、暫くの間。システム曰くの〝同族〟と戯れ続けた。
………………………………────然して、
「鬼畜、兄……っ…………」
「百回忠告したのに『平気』だって聞かなかったの誰だったかな???」
最低でも数十分、可能であれば一時間程度は続けようと思っていた自主練を数分で切り上げた俺は、塔の頂上にて自称妹から理不尽になじられていた。
なんのこっちゃといえば、
「………………頭の回転、反応速度、身体制御……他、いろいろ、全部、どうなってるの……? 一緒の視点で体感してわかった、お兄さんは本当におかしい」
「ったく、目ぇ閉じとけって言ったのに。言うこと聞かないからそうなるんだぞ」
と、そんな感じで。
俺と視点を共有したことで体感した【曲芸師】ジェットコースターで堪らずダウンしたリィナが、忠告無視の自業自得を棚上げにして怒っているだけである。
運搬スキル────もとい、絶対守護引率スキル《星月ノ護手》。
我ながらどうかと思う経歴だが、初期の頃から数限りなく相棒を抱き抱えつつ戦場を駆けてきたゆえだろう。物ではなく者に特化して進化を極めたユニークスキルが秘める力は、そのものズバリ『対象者一名の異空間隔離および同行』だ。
定員一名。能力適応要項を満たす対象者との口頭あるいは相互意思の承認を以って発動、物理的接触を最終条件として守護すべき者を己が領域へ招き入れる。
空間云々といえば『白座』の権能。まさしく能力の運用感的にはあんな感じで招き入れる時は瞬く間の消失といった具合だが、出てくる時の演出がバキンと派手かつ極めてファンタジーで気に入っている……と、それは置いといて。
コイツが俺の所持スキルの中でも上澄みのぶっ壊れへと台頭した所以は、一つ
対象者の〝完全な安全〟が、確約されるという点に他ならない。
《星月ノ護手》の異空間へと招かれたプレイヤーは、外界との物理的な繋がりが一切合切スッパリと断たれる。つまりは相互干渉不能、事実上の無敵化。
相互である以上は安全地帯からの有利行動もできないわけだが、大した問題ではないのは言わずもがな。一人限りとはいえ瞬時絶対の安全保障を確保できるのだから、非戦闘員の戦場同行を始めとして活用方法は多岐に亘るだろう。
加えて、仮に俺が同行者を抱えたまま落ちたとしても空間内は無事。戦場離脱は避けられないが、また俺のリスポーンに同行する形で〝死〟は免れる。
比喩なく、ガチで、正真正銘の無敵化というわけだ。
ついでに『同行中』は俺と視点を共有することで周囲状況の把握もバッチリ可能。慣れないか適性がない者は地獄のジェットコースター体験をすることになるが、見るか否かの選択権は同行者に委ねられている行き届きっぷりである。
つまるところ、
「俺は悪くない。これ絶対」
「鬼畜、兄……っ!」
「やめろそれ風評被害も甚だしいわ!」
塔の天頂────即ち、俺の知る限りは現状で四人しか辿り着いていなかったものと思われる【螺旋の紅塔】ゴール地点。紅一色の煌びやかな広間にて。
息も絶え絶えに転がっているのは、百パーちみっこの自己責任ということで。
駄妹化リィナちゃんかわよ。
Q.危ない場面あったけど、なんで遠征中ニアちゃんを仕舞っとかなかったの?
A.仲良しピクニックで一人だけ仲間外れにするような択がナンセンスだから
なんだかんだ言ってアーシェ以外の二人も実力に自信アリだからね。なにがあろうと対応して守れると思ってたからガチ焦りしてたのよ。