四並穏々
「────もうほんと重々、理解してはいるんですけれどもぉ」
「うん?」
「ほんとキミたち逸脱っぷりがエグぃとゆーか、間近で見てると終わりなく常識が破壊されていくとゆーかで本当しんどい。驚かされっぱなしで心がクタクタ」
「うーん」
「なーにその反応。いい加減に自覚はしてんじゃなかったの?」
「してるけど、このゲーム『エグぃ逸脱者』は別に珍しくないというか……」
「姫。言っておやりなさい」
「? ん……ハル、アルカディアのアクティブユーザー数は?」
「え? ぁ、はい。三千万人そこらでしたか」
「西を除いて、戦闘を得意とする陣営の『序列持ち』の人数は?」
「三十人です」
「百万分の一は、世間一般的に『珍しくない』とは言わない」
「……いや、はい。んな子供に言い聞かせるようにしなくても理解はしてるぞ?」
「序列持ちだけで区切らず〝トップ層〟まで範囲を広げるなら、現状この世界で名前を知られるレベルのプレイヤーは……二千人以上、三千人未満、くらいかしら」
「言葉にすると結構な大勢だな……」
「これは流石に適当、仮の数字だけれど。……それでも、三千万に比して一万分の一よ。一般的な基準で言えば十分に稀有の範疇に────」
「わぁった、わかったから! わかってるから! 理解はしてんだっての!」
「えー? じぃーっ……」
「本当だっつの仕方ないだろ! 知識としては把握してても周りのアレ濃度がアレなせいで基準が侵食されてんだよ俺にとっての『普通』の基準がぁッ!」
「……ん。ずっと前と比べれば、これでも随分と正されてきた方」
「それはまあそう。……出会ったばっかの頃は本当に無知無知だったもんねぇ」
「ん。…………物凄く、思い上がった発言になってしまうけれど」
「ぇなにそーゆう前置き珍しい。どったの」
「……あの時。戦闘能力に関して以外、私のことを全く知らない人に会ったのは、冗談じゃなく三年以上ぶりくらいのことだった」
「あー……」
「今更だけれど、当時は少し戸惑った。…………ふふ」
「ぇなにそーゆう笑い方も珍しい。どったのさ」
「ううん、別に……。本当に、思い上がった『お姫様』の発言ねと思って」
「姫のソレは、思い上がりじゃなくて事実と常識問題の陳列だと思うんですケド」
「……自分で言い出してなんだけれど、私のプロフィールは常識問題なの?」
「え、はい。あたしの知る限り、現代では?」
「……………………そ、そう」
「ぇなに待ってレア表情連発すんじゃんどったの姫かわっ!」
「……そういうことを、家族以外の親しい人に面と向かって言われたら、私だって恥ずかしい思いくらいする。はしゃがないで────……ハル?」
「ぇなんすか」
「変な目で見ないで」
「目の前でイチャつきだしといて見るなは無理がある。あと変な目はしてねぇわ」
「親が子を見守るような微笑ましい目で見ないで」
「それは変な目ではなくね……?」
「私の方が年上」
「そんな姫より年上なのがニアちゃんでーっす!」
「っぇ……? ちょ────」
──────……
────……
──……
「…………………………」
とまあ、そんな具合で。
藍色が飛び付き青銀が押され、じゃれ合い始めた二人は置いとくとして……。
「────……さて」
大精霊討伐完了から場所を移さず、柔らかな光と天地無関係な無数の足場で満たされた球型広間の最中。空間中央から外周縦横三百六十度へ向かって重力が働いているがゆえ、天井という概念の存在しない極めて異常な環境の最中にて。
「ソラさん?」
「────ぇぅ……はぃ…………」
傍らで仲良しを謳歌しているアーシェとニアを他所に、視線を落として声を掛ける。然らば、俺の膝に頭を乗っけてダウンしている相棒が弱々しく鳴いた。
……一生懸命に頑張った結果がコレなのであるからして、笑ってはいけない。
のだが、
「重ね重ね、おつかれ。大丈夫か?」
「半笑いで気遣われましても……」
ソラさんがグデーっとしている様ってのは、ニアではないが割とレア表情。微笑ましいというべきか実に平和な気持ちが溢れてニヤついてしまうのも致し方なし。
「はは、わり……起きれそ?」
「…………もう、ちょっと」
甘えている、というのも確実にあるだろう。
が、しかしガチの疲労感に苛まれているであろうことも確実なる事実。その理解も併せて、俺は身体を起こそうとしない相棒をニヤつきながら見守るのみ。
ジトッと半眼で見上げてくる程度の元気は取り戻したようだが……そりゃまあ、疲れて然り。そんだけ大精霊攻略にあたって無茶苦茶をやったのだから。
【光懍の大精霊 アポロ】本来の推奨攻略パーティ編成は、過半数を魔法士に寄せる変則型。数を揃えた光魔法士が放つ〝明かり〟を束ねて暗闇に抗しつつ、じっくりと時間を掛けて挑む耐久型にも近いハーフレイド案件である。
そんな相手のギミック解除を、単身で。
戦闘終了まで、僅か二十分強の間に幾度も。
どんだけのぶっ飛び具合かなど、深く考えるまでもないだろう。
「前々から思ってたけど、ソラさん活舌メチャクチャいいよな」
「…………誰かさんの命名で、鍛えられているのもあるかと」
「《千々に灼き砕く蒼炎の大顎》! 《夜々に凍え睡る萌霜の抱擁》ッ!」
「いまだに意味がよくわかってません……」
とまあ、そんな活舌を存分に用いて何百回も矢継ぎ早に一つの詠唱を紡ぎ続けたこと然り、初級とはいえ何百回も『魔法』という集中の要するスキルをコントロールし続けたこと然り、並行して魔剣の操作も完璧にこなしたこと然り。
重ねて、そりゃ疲れるだろうさ。心の底からお疲れ様である。
「…………中々、追い付けませんね」
と、ポツリ呟き。
琥珀色の視線が向いているのは、俺だったりアーシェだったり。
「体力的な話? ソラも一般ラインと比べりゃ超上澄みって話する?」
「むぅ……でもそれ、数千人ラインですよね」
「おぉ…………我が相棒が、遂に贅沢なこと言い始めたな……」
「私の相棒に言われたくありませんっ」
なんの話かといえば、まあそんな感じ。
日々【剣聖】式『鬼ごっこ』なりで体力トレーニングは続けているものの、仮想世界におけるアバター運用のスタミナが伸び悩んでいるという話だ。
言った通り、現時点で冗談でもなんでもなく十二分なラインではあるんだけどな……と、俺は思っているのだがソラさんは納得がいっていないようで。
「スタイルの差がデカいんだから仕方ないって。何度も何度も何度も何度も言ってるけど、仮に俺が【剣製の円環】使うとすればソラと違って秒で沈むからな?」
「それは、わかってますけど……」
これも言葉通り何度も何度も何度も何度も言い続けているのだが、残念ながらというか頼もしいこってというか、こういうとこ俺の相棒殿は意外と頑固だ。
────まあ、
「特訓、また付き合ってくださいね」
「それは勿論。またというか未来永劫いつでもですけども」
「…………」
「今のはパートナーとしての真摯な発言です抓んないで。──ういさんも鍵樹攻略完了で予定空いてるだろうし、誘って久々に三竦みで遊ぼうか?」
「やです。私それ何もできないじゃないですか」
「前までの話だろ。お師匠様に成長を見せ付けてやろうぜ」
「……成長。最近では、ういさんが、私たちの中で一番とんでもない気が」
「それはそう。……やべぇまたボコられるかな」
「なんでもアリなら勝ち越せるようになってきましたけど、単純な技術だと……」
楽しみの延長で成長に貪欲という根本は、似た者同士ではあるので。
いつものことだ。互いに褒め合いながら驚き合いながら呆れ合いながら、並んで突っ走っていくのは────……と、そんなところで。
「────ねぇ、そろそろ襲撃掛けてもいいかな?」
「────いいんじゃないかしら。正面から行きましょう」
「……至近距離で襲撃計画を立てんな。ソラさん、そろそろ起きた方が良さげ」
「………………」
「ソラさん?」
「…………も、もうちょっと……」
「えぇ……そっちの成長も著し────どっ、ちょ、お前ら待ッやめ……!?」
オマケの一幕を挟みつつ、そろっと帰り支度の時間だぞと。
すっっっっっっっっっげ今更の話ですけども、
私、アルカディアは日本国内サービスオンリーとか一言も描いてないです。
事実の確定情報として描写してるとこがあれば求む報告。それは無意識ガバ。
日本オンリーでアクティブ三千万とか仮想世界ばりのファンタジーだからね。
ほなあるか。