そんなこんなの梯子旅
「────────なんっっっっっっっっっっで、あたしだよ!!!!!」
割と魂の叫びだった。そんな風に他人事めいて感心しかできない言の葉を、遥かな空に向かって高らかに歌い上げる彼女に対する────
「やぁ、まあ……うん。まあ、そうなぁ」
「……流石に、こんなのは予想外、ね」
「その、ビックリ、ですね……?」
俺たちの反応は、まあ似たり寄ったりといった具合で。
件の【晶源の杜】……──つまるところ〝目ぼしい物〟を求めて足を運んだオーバーレイド級エリアを後にしてから十数分が経った頃。
時間を掛けて、ようやく特級イベントの消化が追い付いたのだろう。悠々と空を翔けるサファイアの背上、呆けていたニアは前触れなく荒ぶりだした。
「なにがどうなってそうなってこうなった!? そこソラちゃんにいこうよッ‼︎」
「ぇっ、いえ、あの……えと…………」
最早『悪だくみ』を胸に秘める思考さえゼロなのだろう。高らかに願望もとい理想的だった形を叫ぶニアの隣……というか、例によって腕の中。
ぎゅうと好きに抱かれるまま、俺の相棒も困った顔で困っていらっしゃるわ。
状況の原因は、そのものソラを半ばヤケクソみたいに抱き締めている彼女の右手首────玉石部分に新たな光を宿した【小紅兎の腕輪】である。
俺も経験ってか曲がりなりにも『魔工師』としての肩書きを得た今に至り、改めてということで検めさせてもらったが……まあ、その、なんだ。はい。
まず間違いなく、その存在が『語手武装』として成る前段階。つまりは素材としての容に変貌しているようで、本当にどうしてそうなったってな感じ。
かつて『世話になった礼』という名目で俺がニアを連れ出し、状況的にも物理的にも盛大に目を回させながら共に駆けることで贈った記念品。
他ならぬ元三大攻略不能ダンジョン【螺旋の紅塔】を攻略した者に贈与される、紛うことなきハイエンドアクセサリーが……重ねて、そんなこともあるものかと。
この世界は相変わらず、なんでもアリらしい────ん、で。
「んん゛ぇええぇぇえぇぇえええぇぇええぇぇっ…………いや、えぇええぇぇえぇぇぇえぇぇどうしろっての語手武装あたしのとこに来ても使い道がぁ……」
本来の目的から外れた思わぬイベントに遭遇した驚きは、俺たちも勿論のこと共有している。ゆえに当のニアの感情も理解はできるが……。
ぶっちゃけ、それはそれとして。
「…………ないかどうかは、制作後の出来栄えっつか能力次第じゃね?」
「専任魔工師が『担い手』になる例は初。どうなるにしても、とても楽しみ」
「……どんなモノになるかはわかりませんけど、語手武装になるんでしょうか?」
実際問題、大手を振って『楽しい』と言える類の予想外には違いない。
そしてそれを腹の中で押さえとく理由も特にないので……困惑に呑み込まれている本人には悪いが、周りの俺たちに関しては正直なとこネガティブ要素ナシ。
「うーん……まさかのニアちゃん戦闘デビューの可能性」
「やめてよ私そんなの現実に引き籠もりますからね……」
無意識か否か、稀も稀な素の一人称をポロリしているニア。流石に戦闘デビュー云々は冗談ではあるが、かねてより持つ〝眼〟に続いて如何なる力が宿るのか。
すぐそこに迫る未来によっては────
「「…………」」
チラリ、アーシェと目配せ。
鍵樹迷宮第百層に在る〝扉〟の先へ、共に飛び込むメンバーの選定に関わって来るやも……なんて、それはまあ、やはり出来上がるモノ次第か。
然らば軽い笑みを交わした後、更にチラリと視線を振って。
「ちなみに、どうするんだ?」
「んぇぃ、あにがー……」
言葉を投げ掛ければ、抱きすくめるソラにグデーっと身体を預けるままグデーっとした声を返してきたニアに苦笑しつつ。
「祝『担い手』様は確定したわけだが、自分で『紡ぎ手』も兼任すんの?」
「えぇえぇぇええぇぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇぇええぇ……???」
問いを具体的なものとすれば、更なるグデグデが返されて俺は最早ひどく素直に笑ってしまった。自分に自信はある癖に、それはそれとして褒めそやされることや目立つことが好きじゃない。矛盾しているようで、しっくりくるニアっぽさ。
こういうグダグダな地に足付いてる感が、俺は嫌いじゃないのだ。
「〝素体〟がソレなら、確実に行く先は宝飾装備。……なら、名高い【藍玉の妖精】が仰いで代行を任せるような宝石細工師を、少なくとも私は知らないけれど」
「今の西陣営序列持ちの方々だと、宝石関連のアクセサリー製作を専門としている方は【雨音一粒】さん……だけ、ですよね? いえ、でも……」
「ん、雫の製作するアクセサリーは少し特殊。正しく『装備品』として使う物を作る場合、現状のアルカディアではニアともう一人がトップでしょうね」
「その方は……」
「無期限活動休止中。いつか復帰するとは聞いているけれど」
そして、ニアのニアっぽさに慣れているのは俺だけではない。
好き勝手に抱き枕にされているソラさんも、相変わらず俺の肩に手を置いて立ち景色を眺めているアーシェも、グダついているニアに大して心配は向けていない。
それもこれも、
「なんなの皆してメッチャ持ち上げるじゃん……こわぃ…………」
こんなんでもコイツが、それだけの信を集めるに足る大物というだけの話だ。
────と、いうことで。
「ま、ニアが被弾した突発イベントは一旦置いといてだ」
「置いとかないでぇっ……!」
「置いといて、だ」
後で構ってやるからと視線を投げつつ、忘れず『本題』へと意識を戻す。
「あわよくばのプランA……というか突発先行予備プランは超幸運な結果に終わったけども、そしたらそしたで次だ次。張り切って行こうぜ」
「ん。もうすぐ」
先の【晶源の杜】はサヤカさんから情報を貰い予定に組み込んだわけだが、流石に未確定情報頼りのプラン一本に多忙なアーシェを引っ張り出したりはしない。
奇しくも求めていた〝光〟ってなことで期待はしていたが……空振りになったらなったで、安定択めいた大本命が後に待っているので問題ナシ。
さて、ルートこのまま。アーシェが言う通り次の目的地は既に近い。
目指すは風吹く空を一路、
「ちなみに、アーシェは攻略経験あるんだろ? どんな感じだった?」
「…………………………ピカピカ?」
「なにそれ。どこぞのニアチャンの真似?」
「どこぞとか言わないでくれますぅ……?」
「…………あの、ニアさん。私、いつまで抱き枕役、なんでしょう……?」
〝光〟から〝光〟への梯子旅。
【光懍の大精霊 アポロ】が棲まう領域が一つ────【輝照幻の球景】へと。
一応ですが補足しておきますと、アルカディアにおいて超越レイド級エリアの探索と半レイド級の『領域』攻略を同日に敢行することは常識的ではありません。
加えて、戦闘員三名構成のパーティは大規模戦闘適正攻略部隊ではありません。
知ってる。