出会いは瞬きの如く
斯くして、数秒後。
「「「──────……」」」
光が瞬き動いて、数秒後。
つまりは、足で地を蹴ろうが手を伸ばそうが剣を振ろうが、正体不明の〝光の獣〟が何をしようとも……行動を妨げるには手遅れでしかなかった、数秒後。
「…………………………………………………………ぇ、え……っ」
一瞬で驚きと不覚と後悔に顔を染めかけた俺たちの見守る先────見守るしかなかった先で、無傷のニアは動けぬまま〝状況〟の中心で固まっていた。
彼女を取り囲むのは、前に置き去りにされた俺たち三人と、
『──────────』
相変わらず物言わず、再び先程までのようにピタリと動きを止めた光の塊。
そして、
『『────……』』
まるで、光が在るところに影は在るとでも言わんばかり。
目前の明らかに特異な存在に影響されてのことなのか、対応してのことなのか。わからないが────二人の影から、光速に劣らない速度で溢れ出でた星空の獣。
〝鼠〟と〝竜〟……つまり『主人』の肩に現れた鼠の王と、いつも主より命を受け識る『守るべき者』の背後に現れた竜の王が、光の獣を睨み止めていた。
然して、
「「「「………………」」」」
『『『………………』』』
ヒトが四の、それ以外が三。
声ある者も声なきモノも、等しく静寂を生み出す時間が十数秒ほど続いて──
「────……お」
「ぁ……」
「……ん」
「へぁ……」
自らだけではなく、周りの緊張をも解くように。
小さな小さな身体から力を抜いたヴィスがニアの肩上でコテンと寝そべり、巨躯を以って抱くように守護の意思を示していたサファイアが静かに大翼を畳んだ。
いや、わからないよ。
わからないが、こう……────なんとなく、どこか本能的に、全員が察した。
これは、おそらく誰かを傷付けるモノではないのだろう、と。
「……、…………」
視線が向けられる。発信者は藍色で、受信者は俺だ。
なにこれなんですかこれどうすりゃいいんですかと、恐怖は落ち着けども居残る困惑によって半泣きのニアから助けを求められているのが理解できる。
そりゃそうだ。なにかしらの被害を与えられたわけじゃないとはいえ……彼女の右手には、今も俺視点〝犬〟の鼻先が触れているのだから。
さて、然らば、俺ならば自分でどう動くかを考えて────
「……、……、……」
繰り出したのは、迫真のジェスチャー。
「っ……!? ……、……!?」
返ってきたのは、渾身の首振り往復連打。向きは勿論のこと、横である。
いやガン拒否されても他に案は浮かばねぇのよと。ヴィスとサファイアが警戒を解いた以上……──メタ的に考えて、普段と比較すれば有り得ない速度で顕現した俺たちの僕が、目前のコレに何かしらの関係性を示していることも併せて、
一応の安全が推理できてしまった以上、アクションで進行を促すくらいしか。
だから、ほら────
とりあえず、撫でてみ?
ニアがアーシェに視線を振る。【剣ノ女王】様は頷いた。
ニアがソラに視線を振る。天使は……その目に映る〝人〟が一体どのようにニアの手へ触れているのかは不明だが、しかし困ったように頷いた。
……恭しく手を取っているとでも思っておこう。精神衛生上な。
ともかく────静かに一歩。
「………………」
『────』
一歩。また一歩。進めども見つめども光の獣は動かない。そうするままに俺はニアの隣へ並び左手を取って、もう片方の空いた手を背中へ回した。
「大丈夫。今度は隣にいる」
「っ……ぅ…………」
二度と不覚は取らんという意思表示と共に言葉を送り────《アルテラ=ノーティス》起動およびに《鏡天眼通》金右開眼、思考倍率五倍速。
直感ならぬ直勘のスイッチを入れ、予兆を読み取るための意識を加速させる。
然して……──そうしている間も、やはり動く気配を見せなかった光の獣。それから隣に控え構える俺との間で何度か視線を彷徨わせた後に。
「………………っうぃ……!」
ほんのり謎な鳴き声と共に、ニアが右手の指先で軽く〝犬〟の鼻先を────彼女視点〝兎〟のどこかしらを、おっかなびっくりと撫で擦った。
その瞬間。
世界を埋め尽くした光に反応しようとしたモノは、全くのゼロ。
頭に……いや、もっと、どこか身体の奥底に奔った奇妙な理解と信頼に則り、俺はニアの身体を支えたまま動かずソレを受け流した。
そうして、また数秒後。
目蓋を閉じずとも目を焼くことなく、ただ柔らかに空間を抱いて満たした〝光〟が薄れていき────場に残されたモノたちは、数えて六。
即ち、ニアの右手に触れていた〝光の獣〟は跡形もなく消え去って。
残されたモノならぬ〝物〟は、その右手首に。
「………………………………………………………………ぇ」
アルカディアにおいて、基本的に『物』とは触れたら理解できるものである。
仮想世界を生み出す【Arcadia】十八番の脳内インストール技術。
詳細なプロパティを視覚的に確認するためにはタップからのウィンドウ表示が必要とはいえ、大抵の物は触れたならば刹那で大体が理解る。
だから、そう────身に着けたのならば当然。
というか、身に着けていたのであれば当然。
「ぇっ…………え゛ッ……!?」
アバターが触れているソレについて、彼女の理解が及ぶのは自然なこと。
つまるところ、意味も何もかも不明なまま、本人含めて俺たちが丸ごと置いてけぼりにされながら展開された、この一幕が齎した結果は一つ。
「んぇあッ!? こ、ぇ゛っ……!!?」
藍色が身に着ける紅色────かつて俺が贈った小紅兎の宝飾に、
「〝語────ッ……!!?!?」
新たな物語が、宿ったということだけであった。
どうだ、ビックリしただろう。