煌めく森に囲まれて
────さて。
遠路はるばる飛んできた上で暢気に散歩していれば、朝など瞬。然らば訪れるのは昼時であり、現実に生きるプレイヤーは栄養補給を要するのが当然である。
それに際して、即時に安全地帯への退去が望めない場合。
世界唯一の仮想空間完全没入型ゲームことアルカディアの遠征行では、如何なる方法で休憩を取るのか……──まあ、いつだか虎師弟との遠征で教わった通り。
番を立てての交代ログアウト。なんの捻りもない直球の策だ。
「「「──────」」」
「…………」
然して、俺の周囲に在る寝顔が三つ。
非安全地帯でのログアウト時にアバターが消えずフィールドに残る仕様は賛否あるだろうが、それに付随して見せ付けられる意味不明な技術力が否をぼかす。
意識────というか真実〝魂〟が抜け出ているというのに、まさしく『眠っている』としか思えない様は……言っちゃなんだが、ほんのり怖さも覚えて然り。
穏やかに上下する胸。耳を澄ませば聞き取れる小さな呼気。時折だが目蓋が震えるなんてのは流石に凝り過ぎだろうと、呆れ笑う他ないといったところだ。
静かな時、ぼんやりしている時。
こういった些細な異常を改めて見止める度、夢の世界に在って目が覚めるような感覚に襲われる。俺は一体、どこにいるのだろうかと────
「────……なぁにアンニュイしてんのー?」
「ッ、び…………っくりしたぁ」
不意に右隣至近から声を掛けられ、時間帯と食後のダブルパンチで微妙にふわついていた頭が恥の黄昏より急速浮上。横へと目を向ければ、
「へへ。レア表情」
パチリ目を覚ました藍色が、こっちもこっちで緊張感皆無のフワニア風味で俺を見ていた。然らば、とりあえず口にすべきは一つ。
「ねぇ君たち。なぜ当たり前のように人を枕にするのか」
男一匹先行しての迅速な昼休憩から帰ってきた折。さも当然かの如く次から次へ接近してきた女性陣が、俺に身体を預けてログアウトしていった件について。
右にニアなら、左にアーシェ。出遅れたソラさんは迷った末に膝の上。
マジで、全員、いい加減にしろ。十八歳青少年の理性を舐めんな紙っペラだぞ。
「ぇ、当たり前、だから……?」
「そんな当たり前は存在しない困惑した顔してんじゃねぇわ」
「りょうかーい」
「ニコニコしながら引っ付いてこいとも言ってねぇッ!」
「────……ただいま?」
「増えたし!!!」
そうこうしてたらアーシェ帰還、からの左腕まで持ってかれた。えぇいソックリなだけの抜け殻ならまだしも中身入り相手に気取ってられるかッ!
「あっ……──ねぇ、前々から思ってたけどソレ卑怯じゃない?」
「卑怯じゃないです」
「短距離とはいえ、純粋な転移スキルは物凄く稀少」
「なにを澄まし顔で流してんだ」
例によって《フラッシュ・トラベラー》による問答無用エスケープを発動したわけだが、こんな馬鹿みたいな用途ばかりに使っていると今度はスキルにまで嫌われそうだ。真面目な場面でも奥の手として頼ってる分で許していただきたい。
────とまあ、そんなところで。
「…………………………ん、……────へっ? ぇ、にゃ、なんっ……!?」
「ぁ、おかえりソラさん。よし全員揃ったな」
「自分こそ澄まし顔で流してんじゃん」
「ニア、あれは照れ隠し十割の澄まし顔」
「あたしも流石にわかりますぅー」
「全員揃ったな!!! じゃあ午後の部と参りましょうか!!!!!」
「あ、あのっ! まずっ……! 下ろしてくださいよっ……‼︎」
膝の上から落っことす訳にもいかず連れ抱いたソラさんも腕の中で目覚めたってなわけで、穏々たるリアル休憩はこれにて恙無く了……、
まあ、外敵からの襲撃に遭わなかったという意味においては平穏無事。
「ハル」
「なに」
「次、私」
「ぇ、そういう感じ? んじゃ次の次────」
「交代制じゃねぇんだわ」
「下ろしてくださいってば! もうっ!!!」
……了ってなわけで、冒険の再開と行きましょうや。
◇◆◇◆◇
斯くして、結晶樹森の探索を再開して一時間ほどが経過した頃合いだった。
「ぁ……────見つけた、か、も…………?」
「マジでっ?」
以前までと比較にならないほど連続起動性および持続性が鍛えられたニアの〝眼〟によるナビゲーションで脅威を避けつつ、本命の目的たる『光り輝く獣』とやらを探しながら駄弁り重点のんびり散歩を楽しむまま。
無いこたないが何だかんだで四人揃って長い時間を過ごすことが珍しいのもあり、たとえ成果が転がり込んでこなくともコレはコレで……と思っていた折。
【藍玉の妖精】の双眼が、なにかを捉えた。
思わず小声で反応してしまうと同時に口を押さえ、足を止めて気配を消す。例によって斜め後ろ両サイドに続くソラとアーシェも同じく息を潜め……。
「あの、ごめん。まだかなり遠いから、多分そんな気を付けなくて大丈夫……」
「「「…………」」」
三人同時に息を吐き出し、三者三様ほんのり恥。
とまあ、そんな些事は置いといてだ。
「ん゛んッ……ぁー、どんな感じだ?」
今は、ニアが見止めた何者かの正体見極めが最優先事項。ゆえに問えば、物を透かして遥か遠くを見つめているのだろう一点に視線を固定したまま──
「どんな、感じ…………う、ん……んぇー、とぉ…………?」
なぜだか、彼女は途方に暮れたような声音を零して。
「────う………………………………さ、ぎ……???」
「そこまで果てしない疑問形ってある???」
完膚なきまで一切の自信が感じられない様子で、どんな感じかを口にした。
「え、えっと……あの、アレだよね? すっごいピカピカーって」
「まあ、うん。サヤカさん談『眩い光の獣』だそうで」
「こう、ピカピカーっとね?」
「うん、そう。とにかく光の塊みたいな獣とだけ聞いてるが」
「だから、はい。その……────ピカピカーっと……」
「他にないの???」
「ないんだもんっ!!! 知らない! なにアレあたしが聞きたいッ!!!」
「ごめんて怒んないで?」
とまあ、とにもかくにも言い表すことが困難なようで。
「……光の塊は、まあそう。でも〝獣〟……なのかなぁ? あたしには若干ほんのーり『兎』っぽく見えるってだけで、なんかユラユラしてるし…………」
「不定形ということ?」
「ん゛んー…………というか、輪郭が無い?」
とにもかくにも、言い表すことが困難なようだ。質問を挟んだアーシェも流石にそれだけでは思考を回すに至らないだろう、素直に首を傾げている。
「ぶっちゃけ、エネミーなのかどうかも自信ない……──聖女様って、アレとハッキリ『遭遇』した感じなの? 近くでバッタリ会って見たのかな?」
「あぁ、いや。遭遇したってより偶然チラッと遠くから見えた程度らしいが」
【晶源の杜】を大規模部隊で探索中に、という話だ。つまるところサヤカさん含む大人数が同時に目撃しているため、正体不明ながらも存在は確実というライン。
「んー……ま、プレイヤーって目いいもんね。ちゃんと目視したなら見間違いの線はないか…………────えと、どする? 近付いてみる?」
「あちらさんの動きは?」
「ジーッとしてる。見つけた時からピクリとも動いてない」
ユラユラはしてるけど、とのことで……そしたらまあ。
「寄ってみるか」
「んオッケー」
「二人もオーケー?」
「オーケー」
「ですっ」
とりあえずの、お目通りと参りますかね。
野生のゆらゆら(別種)は置いといて、
本日コミカライズの第一巻発売です。
なんかこう漫画に関しては私の手を離れている感が強いため書籍発売にも増して現実感が薄ッッッッッすいですが、発売してしまうそうです。凄いね!!!!!
それに際して作者ついXの方でも宣伝しております通り、コミカライズ担当のはせあおさんが没イラ扱いな幸福度高い二重の意味合いでのソラかわメイドを公開してくれております。さっさと見に行って網膜に焼き付けたまえよ。
あと応援したまえよアルカディアン諸君。
はせあお先生も重度のアルカディアンだよ即ち君らの同士だよ。
よろしくお願いしますねぇ!!!!!!!!!!