it is 部屋着
ガヤついた一幕もそこそこに、あの後は件の【兎短刀・刃螺紅楽群】に関して魔工師殿より直々の解説を頂戴。
それも一段落すると、カグラさんは「さて」と一人椅子から腰を上げた。
「そしたら、アタシは早速取り掛かるとするよ。一週間―――いや、慣らしも必要だろうから前日までに仕上げてやる。六日後にまたここで良いかい?」
「あぁ、よろしく頼みます。時間は?」
「渡すなら早い方が良いだろう、朝のうちに……そうだね、なら六時丁度で」
「現実時間だよな?了解した」
この身も明日からいよいよ大学生デビューな訳だが、初めの一週間くらいはガイダンスやら何やらがあるくらいでまだ多少の時間的余裕がある。
朝一で受け取っておけば、帰宅後すぐに慣らしに入れるだろうからありがたい。
「あ、ゴメン。ニアちゃんその日はログイン出来ないんだぁ」
と、ニアの方は予定が合わないようで、軽い調子で手を合わせてくる。
「というか、明日から結構イン時間まちまちになる予定だから……受け渡し、当日でも大丈夫?」
「大丈夫じゃないか?衣装アイテムって別に特殊な効果とか無いだろ?」
「えっ?」
「あ?」
why?
「……長引きそうだから、お先に失礼するよ?」
「あっはい、それじゃ六日後に」
改めて頭を下げつつ宜しくする俺に手を挙げて、ニアとも「んじゃね」「ばいばーい」と慣れ切った挨拶を交わしカグラさんは店を後にする。
後に残されたのは、いつまで経っても知識の足りないアホ一匹と、何だかそわついている藍色娘が一人。
「……悪い、説明頼んで良いか?」
「あっ、うんうん、大丈夫だよ?」
流れでサラッとこうなったが、一対一はこれが初めてか。
なにか勝手が違うのか若干ニアの様子が不審だが、受け答えは問題無いようなので続けさせてもらう。
「カグラさんにコレを譲ってもらった時に、衣装アイテムはステータス効果とか無いファッションアイテムだって聞かされたんだけど」
記憶に誤りはないはずなのだが、やはりニアは俺の言葉に首を傾げる。
「それ、多分その衣装について言っただけじゃないのかなぁ?そりゃあ部屋着に特別な効果なんて付けたりしないというか……」
「はい?部屋着?」
ニアの口から飛び出した言葉に、俺は思わず自身の身体を見下ろして困惑を深める。
部屋着?部屋着だと?こ、この洒落乙ファンタジーファッションが部屋着!?
「え、いや……どう見ても戦闘用じゃないのは分かるでしょ?」
「こんなにいっぱい謎のベルトとか付いてるのに!?」
「い、いいでしょそれは!可愛いじゃん!」
マジかよニアちゃん、部屋着にまでハイセンスを求める意識高い系デザイナーだったのか……?
というか、じゃあ俺は今まで当たり前のような顔して部屋着スタイルで戦闘に赴いてたの?過去を振り返ったら格好付けていたシーン全てに(笑)が付きそうなんだが???
「衣装アイテムというか、服装備だからね?そりゃあ良い素材を使えば、普通の防具と同じように特殊効果だって付きますよー」
「マジか……」
「あ、その代わり効果を付けたりすると正式に『装備』として判定されるから、重量は反映されるようになるよ。通常防具に比べたらずっと軽いけどね」
そこはまあ。正式にソラとパートナー契約を交わした事で、インベントリ共有化の恩恵を受けた俺の所持容量問題は既に解決したと言って良い。
ソラがもとより一割程度しか使っていなかったという衝撃的な発言と併せて、二人分の全体容量のうち九割近くを好きに使って良いと言われてしまっているのだ。
もちろん戦利品の確保スペースなども考えて、言われるままに九割占拠などする気は無い。しかしながら限界所持容量がいきなり倍近くに跳ね上がったのは事実なので、今のインベントリには十分な余裕がある。
「まぁ、重量については問題無い。その特殊効果ってのは?普通にステータス補正とかそんな感じ?」
「えっとねぇ、二者択一というか……ステータス補正か特殊な能力か、どっちかを選ぶみたいな。ユニーク品みたいな防具には両方付いてたりするんだけど、プレイヤーメイドだと大体そんな感じだね」
なるほどなぁ……
「どっちが主流とかある?」
「う、うーん…………素材による、としか。本当に有用な能力効果って限られてるから、そうじゃないなら素直にステータス補正を載せる人が多いと思うけど」
有用な能力を備えているなら特殊能力、そうでないならステータス補正って感じか。まあ当たり前っちゃ当たり前だな。
「そしたら、あの鳥の羽だとどうなるんだ?」
【幸運を運ぶ白輝鳥】なんて名前からして、どちらにしても幸運関係の効果なのは目に見えているが。
「アレはねぇ、服飾素材としてはけっっっこう良いモノなんだよー?」
「へぇ……なんか敵性エネミーじゃなかったみたいだし、一方的に狩れるもんだからレアモンスター(笑)くらいに思ってたんだけど」
「ねぇどんな狩り方したのかメッチャ気になるんですけど。煽り鳥ってそれこそ運任せくらいしか方法無いはずなんだけど?」
俺は「煽り鳥」とかいう面白ワードの方が気になるんだが?
いやまぁ確かに、アイツ決まって上空百メートルくらいに湧出してたからなぁ。俺でもファンタジー巨木の天辺から全力ジャンプでギリ届いたくらいだし、普通に狩ろうとすると大変なんだろうか。
「まぁ、君のメチャクチャ具合はそのうち見せてもらうとして……」
何とも言えない表情で好奇心を流しながら、ニアはインベントリから既に預託済みの【白輝鳥の真白羽】を一枚取り出して見せる。
いや分かっちゃいたがデカい。一枚で小柄なニアの身体が半分隠れてしまうほどだ。
「この羽が備えてる効果はねぇ、まずステータスの方はお察しの通り幸運補正だよ。上衣と下衣のコーディネートでLUC+60……んにゃぁ、50ってところかなぁ?」
「セットで、か。思ったより控え目?」
「はい非常識。君のおかしな指輪と髪飾りを基準にしたら絶対に駄目だからね?」
指をピシッと鼻先に突き付けられ、そんなお叱りを貰ってしまう。
「基本的に、一部位でステータス補正が50を超える装備なんてそうそう無いんだよ?30を超えてれば十分に一級品、100を超えるなんてそれこそ世界で一つのユニーク品だけなんだからねっ」
という事で、上下二部位でLUC:50相当というのもかなり上等なのだとか。
……それつまり、この藍色娘は細工師としてだけではなく仕立屋としても一流の職人って事?くっ……これで性格的にもお淑やかなお姉さんだったら……!
「ねぇ、失礼なこと考えてる顔」
「それで、能力的にはどんなもん?」
ジト目で覗き込んでくるニアをスルーして、彼女が手持ち無沙汰にフリフリ振っている羽をつつきながら説明を促す。
分かり易く膨れっ面を見せつけながらも、職人として振舞う時は基本的に真面目なニアは姿勢を正して―――
「むぅ……能力としてはねえ、プレイヤーのLUC値に応じて耐久力が上がるっていう―――」
「待て」
と、何の気なしにサラリと爆弾発言をかました藍色娘の肩を掴んで制止する。
「ひぇっ!?な、なんなな、なにっ……なに!?」
「あ……わ、悪い」
思いのほか動揺を見せたニアの様子に我を取り戻し、迫るように掴んでしまった肩から両手を離す。落ち着け俺、いかに相手がこのお調子者だろうと普通にセクハラだ。
「べ、別に良いけどさ……び、ビックリした」
「すまん、ちょっと聞き逃せない爆弾発言で……それ、具体的には?」
大きな羽を胸元に抱えてドギマギしている様子を見せられて、俺の方も若干ながら動揺を隠せない。見た目は良いだけに、あまり変に意識してしまうと碌な事にならないだろう。
おかしな空気が場に張り付く前に、真面目な方向へ舵を修正する。
「具体的にって言われても、そのままというか……普通なら防具を着たプレイヤーの総合的な防御力って、耐久の兼ね合いで算出されるのね?それがこの羽で編んだ服の場合は幸運を参照で計算されるの」
「なら、LUC:300とかだと相当頑丈になったりするのか?」
「あっはは!もしそんなに幸運ステ積んでたら、適当な攻撃が掠ったくらいじゃ傷も付かないんじゃないかなぁ」
ほう。
「戦闘系ビルドのLUC平均って100くらいだって聞くけど、それくらいなら薄めの革防具くらいの硬さにはなるかな?」
なるほど。
「だからまぁ、服装備としてはかなり頑丈な部類になるんだよね。動きやすくて軽くてそこそこ丈夫って感じで、服飾素材として結構理想的な……」
と、妙に機嫌良さそうに黙っている俺の様子に違和感を覚えたのだろう。つらつらと説明してくれていたニアは訝し気に口を止めて、
「君さぁ」
「なんだ?」
「いま、幸運にどれくらいポイント振ってるの?」
恐る恐るといった様子で尋ねてきた彼女に、渾身のドヤ顔を向けながら―――
掲げられた俺の三本指を見たニアは、言葉無く顔を引き攣らせたのだった。
「想像以上におかしなステータスしてた……」
「いやぁ、ハハ」
「褒めてない事は伝わってると思うんだけどなぁ」
この際もう構わんだろうという事で俺のステータスをニアに公開してから数分後。やたらげんなりした様子でカウンターに突っ伏す彼女は、藍色の瞳を呆れたように細めて俺を見やる。
「戦闘ビルドで耐久無振りの人とか初めて見たよ……」
「当たらなければなんとやらって言葉があってだな」
いやまあ……わりと被弾はしてるし、実のところかなりの頻度で死んではいるんだが。もうすっかりステータス一割減のデスペナにも慣れてしまった自分が物悲しい。
トータルで効率落ちるのは確かだから、気を付けてはいるんだけどなぁ……
「ええと、その数値だと軽鎧くらいの硬さにはなる……と思うよ」
ゆっくりと身体を起こしながら、眉間を揉みつつ難しい顔のニア。
「けど、VIT:0だと本体がお豆腐だから……いくら外側が頑丈になっても、総合的にそこまで丈夫にはならないからね?」
デカいのをクリーンヒットで貰ったらほぼ無意味という事だろう。その辺はしっかり理解しているので問題ない。
「掠り傷で瀕死って状況が抑えられるだけでも死ぬほど有難いから―――じゃあ、効果付けは特殊能力の方で頼む」
「掠り傷で瀕死に現実味あるのがホントにもう……ハイ、りょーかい。それではご依頼承りましたぁ」
抱えていた羽をひょいとインベントリに仕舞い込み、足をぷらぷらさせながら「さて」と表情を切り替える。
「デザインの相談に移ろっか。大まかでも良いから、何かご要望は?」
「ん-……まず、嵩張ったり動きの邪魔になるのは無し」
俺から機動力を取ったら単なる柔らかビックリ箱だからな。高速機動の妨げになるようなデザインは絶対にNGだ。
「当然だね。それはそれとして、動きの妨げにならないように長丈にしたりは出来るけど?」
ファンタジーと言えばロングコート剣士では?というニアの意見には大いに頷けるところだが、俺自身がそういう格好に憧れがあるかと言われたら……
「うーん」
「成程、微妙と。そしたら―――」
と、そんな感じでデザインに関する擦り合わせは進んでいき―――
「……こんなところかな?」
「だな。あとはニアのセンスに期待するよ」
真面目モードの細工師―――もとい仕立屋さんに素直に期待を掛けると、彼女もまた素直に嬉しそうな笑顔を見せた。
「そんな風に言われたら頑張るしかないなぁ。どうぞどうぞご期待あれ」
最後の最後で普段のわざとらしさを交えつつ、ニアがぴょんと背の高い椅子から飛び降りる。
「そしたらあたしも失礼するね。大事な依頼だから間に合わせないと大変だっ」
「なんか、悪いな。ほんとは忙しかったんだろ?」
これからログインがまちまちになると言っていたし、彼女も時期的に多忙だったりするのだろう。時間を推して俺の依頼に取り掛かってくれるというのだから、素直に感謝するしかない。
「大事な依頼だもん。あたし、君のこと結構好きだからね」
「……なら、素直に甘えさせてもらうよ」
もし常にニアがこんな感じだったら、きっと俺達はここまで砕けた関係にはなれなかったのだろう。
不意打ち気味な笑顔からつい視線を逸らしながら、言葉を返す。
慣れない事を言った藍色娘の頬が、髪や瞳と逆の色に染まっている事には―――気付かないままだった。
特に意味はないですけど、一目惚れって良いですよね。
字面も素敵だし、響きもなんだか可愛いし。
特に意味はないですけど。




